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第48話 消えた侍女

 バルテルシーの一言に、ここにいた全員が目配せをして同じ疑問を抱いた。  それを一番に口にしたのはエリペールだった。 「バルテルシー伯爵がマリユスを探していたというのは、どういうことですか? 貴方がマリユスを奴隷商に売ったのではないのですか?」 「奴隷商ですって!?」  驚きのあまりエリペールの言葉に、更に声を荒げた。 「マリユスは、奴隷商に売り飛ばされていたのでしょうか?」  視線が彷徨っている。  本当に知らなかったのだと伝わってくるほど、指先まで震えていた。 「約二八年……私がマリユスを忘れたことはありません。突然姿を消してから二十八年間ですよ? 普通なら諦めるでしょう。けれど、どこかで必ず生きていると信じて探し続けていました。イレーネが他界した後、どうにかマリユスを我が手で育てられないかと、グラディスに頼んでいたんです。別邸で侍女と二人の生活は不便もあるでしょうし、何よりも私の側で育てたかった。しかしマリユスはイレーネと瓜二つ。グラディスが首を縦に振るわけもなく、話し合いは拗れていました」  バルテルシーは、イレーネが亡くなった頃を思い出しながら話し始めた。  グラディスとの間にはなかなか子宝に恵まれず、それもあってバルテルシーはマリユスを後継者として育てたかった。けれどもどう見ても伯爵夫妻のどちらにも似ていない。  その上グラディスからしてみれば、イレーネのせいで婚約破棄の危機に追い込まれた。その女との子供を受け入れるなど、許さないのも頷ける。 「それで、マリユスを探していたというのは拐われたのでしょうか?」エリペールが訊ねる。  バルテルシーは頭を頼りなく左右に振った。 「拐われたのか……どうなのか……別邸は荒らされた形跡もなく、侍女の手入れも行き届いておりました。しかし、その侍女もマリユスと共に姿を眩ませたのです。なので侍女がマリユスを連れ去ったとも一時期は疑っていました」  彼の様子は終始感傷的であった。  いっそのこと侍女がマリユスを連れ去り、我が子として育ててくれていれば、どんなにか良かっただろうかと悔しそうに語る。 「その侍女も、のちに死亡が確認されました。マリユスは一緒にはいませんでした」 「なっ……!?」  誰もが言葉を失った。  侍女はマリユスを探す最後の望みだったとバルテルシーは言った。その侍女すらも、通り魔に襲われ殺害された。  幼い子供の目撃情報はなかったそうだ。 「その時、すでにマリユスは奴隷商に売られていたということか」  エリペールとゴーティエが確認するように顔を合わせると、バルテルシーから質問された。 「すみませんが、マリユスは本当に奴隷商に売られていたのでしょうか。実は、私もいくつかの奴隷商を訪ねたのです。でも、どこにもそんな名前の男児は記録にないと言われました。孤児院も、しらみ潰しに当たりましたが、誰も知らないと言うのです」  記録……という言葉で、バルテルシーが探して回った場所はおおよその検討がついた。 「貴方はきっと、貴族奴隷の施設を探したのでしょう? そういう場所なら、買われた先まで記録している書類がある。しかし、マリユスはそんな上級の奴隷商ではなく、最下級の牢屋のような場所に売られていたのです」  ゴーティエがマリユスを買った時の話を全て聞かせた。  バルテルシーは顔色を失い「まさかそんな場所に、一体誰が……」僕に目を向け、人目も憚らず大粒の涙を流した。 「僕が売られたのは二歳になって直ぐです。勿論、一切記憶にはありませんが、バルテルシー伯爵様のお話を伺っていると、その侍女が僕が二歳になるのを待って売ったのではないでしょうか」 「まさか……エレノアが……」 「エレノア!?」  バルテルシーが呟いたのは、あの書類に書かれていた名前だった。  ゴーティエは例の書類を見せる。  そして身元人の名前を指さした。 「これは……エレノアの筆跡で間違いありません」 「侍女の筆跡まで把握しているのですか?」  思わず僕から訪ねてしまった。伯爵家ともなれば沢山の従者がいるはず。なのに、一人の筆跡を見ただけで判別できるのかと、単純に感心してしまったのだ。 「エレノアは、マリユスに自分の作った物語をよく聞かせてくれていたんです。わざわざ本を作ってね。彼女自身は独身を貫いて出産を経験しなかった分、マリユスをとても可愛がってくれてました。子守唄や、手遊びも上手だった。エレノアはその日あった出来事を記録して見せてくれていました。だから、彼女の筆跡だけは忘れません」  懐かしむ表情に、少しの間だけ顔を綻ばせたが、また直ぐに憂いた表情に戻ってしまった。  バルテルシーの気持ちを全員が共有している。  少なからず自分が愛されていたと知り、体の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。  けれども本当にそんな人が、何故マリユスを最下級の奴隷商へ売り飛ばしたのだろうか。  闇は深まる一方だった……。

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