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溺れる鳥

 どうして相基とセックスをするような関係になってしまったのだろうか? それがどうしても分からない。紀怜(きさと)は彼のことを「カク」と呼んでいた。大学入学当初からの付き合いだが、たまにうっかりと本名を忘れてしまうくらい「カク」が沁みついている。  そして彼には「相基(あいき)」という恋人がいた。相基は彼もまた男性であり、つまり彼らはゲイカップルだった。  紀怜自信はヘテロセクシュアルだし、女性の恋人もいる。  彼らのカミングアウトに最初は驚きもしたが、それでも初々しさの残る付き合いをする二人には、ただ受け入れるどころか好ましさすら覚えていた。カクは相基のことを大事にしていたし、相基もいつも幸せそうに見えていた。  それなのに何故だろう? どうして自分は、相基とセックスをするような関係になってしまったのだろうか?  彼にはそれがどうしても分からない。  紀怜の方と言えば周りの友人知人から、 「紀怜は長続きしない」  なんて揶揄られることしょっちゅうだったし、確かに三ヶ月持てばいい方だって付き合いを繰り返してきた。  しかし、最近ではそれも一ヶ月程度にまで縮まってきてしまっていて、この間など1週間の最短記録を打ち立てたばかりだ。  自分から別れを告げることもあれば、相手から告げられることもある。彼女の浮気を見破ることがあっても黙っていてやったし、自分の浮気もバレたことは無いはずで。だからどっちが悪いとかそういうことでもないし、これは相性の問題だったのだろう。  相基と初めてセックスをしたのも、付き合っている彼女のいる時だった。  紀怜と彼の恋人との関係は、想い合い大事にしあうなんて理想まではいかなかったけれど、それでもそれなりに上手くいっているつもりだった。  別に性的に欲求不満だった訳でもなく、相基へ横恋慕していた訳でもない。むしろ今でも恋愛感情なんてものはないのだから。  ないはずだ。あったのだとしたらカクと別れるように言っていただろうし、別れて欲しいなどと思ったことはない。  紀怜の方は、むしろセックスだけの関係とはいえ相基とこうして繋がり続けていられる方が不思議なくらいで。しかし、相基がいるからこそ、女を切らす訳にはいかないと――何故だかそう思う紀怜がいる。これこそ遊びなのだから、と。  相基だけにするなどと、そんなことアリエナイと。そして彼女にする女と遊びで付き合うだけな女の違いは、単純に初めてセックスした時の紀怜に恋人が居るかいないか? の違いでしかなかった。  相基以外の男ともセックスをしてみたいと思ったことは――ないとは言わないが、試してみてもいいだろうか? くらいの好奇心なもので、試しに女性とのセックスでアナルを使ってみたらそれで一応は満足した。それでも、付き合っている彼女とアナルセックスをしたことはない。  ヴァギナとは違いアナルだから浮気では無い、なんて方便をたれる気はそもそもなかったが、どうして? と聞かれることがあったなら、きっと、 「なんとなく」  と答える。  事実、相基からも尋ねられたことがあったから、そう答えていた。  相基は不可解そうな顔もしていたけれど、 「そうなんですか」  と返しただけだった。  紀怜(きさと)相基(あいき)は余り話す方ではない。間にカクを挟んだら、両側から彼に話し掛ける言葉は幾らでも出てくるのに、彼が席を立ち二人きりにされるとほとんど無言だ。  大体そういう時はファミレスなんかで、カクがトイレに立ったとして、紀怜か相基のどちらかのグラスが空になっていたとしても、どちらも席を立ってドリンクバーに行こうとはしないのに、それでも喋ることもなく大抵どちらかがスマホをいじり出す。  カクの居ない時、完全な密室で二人きりの時もそうだ。セックスをすると分かっているのに、誰も何も言わない。  自室でもホテルでも、紀怜は音楽を付けるけどテレビをつけたことはないので、きっと相基には話し声をウルサイと思うタイプだと思われているかも知れない。  そうではないのだけれど、どうだって良かった。  相基は最初セックスに積極的ではなかった。恋人の友人、しかも相手にも恋人がいるのだから当然といえば当然だったのだろう。更に紀怜はノンケだというのだから。  けれども最終的には同意の上のセックスだった。自分で服を脱いだし、バスルームでは自分で準備をして、そして紀怜に抱かれた。  なかなか目を合わせようとしなかったし、声を堪えてなかなか聞かせようとはしなかったが、確かに感じていた。  泣き出した時にはさすがに紀怜をたじろがせたが、それも罪悪感や後悔などからではなく、興奮と快感から来る多幸感に震えて――だったと、紀怜に気付かれるのもすぐだった。  だから二人は何度も罪を重ねた。ふたりきり、何度も会って、セックスだけの関係になった。彼らは男同士だったから紀怜の恋人に怪しまれもしなかったし、ノンケの友人だったから相基の恋人に心配もされなかった。  そもそも、二人がこんなに近しい距離に居るところなど誰にも見せていない。その指が絡まるのも、唇が重なるのも、二人きりの部屋に居る時だけなのだから。  相基は本当はセックスが好きなのだ。だからもっと積極的に彼氏にも抱かれたいと思っていたけれど、彼氏の方はそうではなかった。  セックスはするけれど、温もりを分け合うような穏やかな触れ合いの方が好き。性的な行為だって、挿入を伴わない抜き行為中心が好きという、いわゆるバニラ男子。草食系。  キスは好きだけれど、唾液を飲まされたことなんて一度もない。舌の先を舐め合ったり絡めるだけで、舌の根まで吸われたことなんてない。  紀怜は見た目の通り、肉食系。相基が食べられてしまう! と震えるようなガツガツさで、理性も何もかも壊されるまで犯される。  紀怜とのセックスは大抵の場合後背位からで、それは主に相基が望んだことだった。顔を見ないでいる方が、例えほんの僅かなことであっても罪悪感が薄れるかも知れないってこと。それから、出来ることならキスを重ねたくないから、ってこと。  キスは好きな人としかしたくない、なんて今さら何も知らない処女みたいなことは言わないけれど、それでもキスは嫌がった。  それを知っていて、唾液をドロリと注ぎ込んで来る紀怜に、相基はいつも、 「イヤ」  と言いながらも蕩けた顔で服従する。  彼氏とのセックスではちゃんと射精できるのに、紀怜とのセックスで射精できるのは、せいぜい最初の一、二回。  それからはずっとメスイキさせられ続け、泣き叫びながら許しを乞う。快楽地獄という言葉を聞いた時、まさしくそれだと相基は思った。  けれどその地獄の縁にまた叩き堕とされたくて、相基は紀怜に誘われれば幾らでもついて行った。彼がその気を見せないと、自分から上になってまで欲しがることも覚えた。 「カクにはそンなのしたことねーだろ?」  と聞かれ、 「無いです」  と消え入りそうな声で答えながらもビクビクと甘イキして、荒馬に責められるよう下から突き上げられた。  紀怜(きさと)相基(あいき)自身の知らない領域まで犯し尽くした。  彼はカクのペニスが勃起したサイズなど知らなかったが、きっと自分の方がより『届いて』しまったのだろうという直感に、気まずさと喜びが混じり合った。  カクの知らない、恐らく相基自身ですら知らなかった相基を、どんどんと暴いた。  もっと……もっと、と欲しがりながらくねらせる腰の動きが、まごうことなくメスのものになって行くのに興奮した。  それでも取り立てて優越感などはない。興奮だけだ。  相基は決して、 「欲しい」  とは言わないし、 「もっと」  とも言わない。  けれど、その身体は正直過ぎるほど、欲望に正直だった。 「カクとセックスしてる?」  尋ねた時、相基は興奮していた。  最初は彼の存在を匂わせるだけでも拒絶していたのに、近頃ではもう、そうして責められたり、説教臭くボヤかれたりするのさえ興奮して見せる。  穢れも何も知らないようなキラキラとした目をして、だけどこちらには真っ直ぐに向けない目で快楽をねだる。  相基とのセックスは大抵の場合長時間続くから、その間どちらのスマホにもメッセージなり通話なりが着信する。  最初は気にしながらも無視していたけれど、余りにも連絡がとれないでいると怪しまれるかという気持ちもあって、時々休憩を挟むようにしてメッセージアプリを確認する。  大抵の場合、紀怜のスマホにはその彼女からのメッセ、相基のスマホにはカクからのメッセ。  紀怜は簡潔な言葉やスタンプしか返さないのですぐに終わるが、相基は長文でいつまでもメッセージを入力しているから、いつも痺れを切らした紀怜に再び怒張を挿入されてしまう。  音声通話をしている訳ではないのだからバレる恐れはないのだとけれども、ゆるゆるとピストンされながら理性的かつ恋人のいつものテンションを保った文章を考え入力することが相基の理性をバグらせる。  シーツの上に四つ這いになり、喘ぎながらも必死でメッセージを入力しつつ、 「カクくん……カクくんッッ~~~~ッッ♡♡」  彼氏の名前を呼びながら砕けた腰を震わせる。  獣のように声を濁らせ、開いた足を膝で突っ張っり、潮を吹くのも紀怜とのセックスの時だけだ。  興奮に乱した息をハーッ♡ ハーッ♡ と弾ませて、涎を垂らして、 「んおっ♡ うおっ♡」  と品の無い喘ぎを漏らす。  震える手がやっと送信をタップするなり、愛の囁きはしばらくお預けだとでも言うように、相基の手からスマホが放り投げられる。  ベッドの端に飛んだスマホは、紀怜の腰が叩きつけられる度に揺れるスプリングの動きでそのまま床に落ちた。  相基(あいき)が生でセックスをするのも、紀怜(きさと)とだけで。紀怜も避妊をおろそかにするつもりは無いので、相基とだけだ。  今日も何度も何度も注ぎ込まれた。さっき恋人へのメッセージを送っていた時だって、既に注ぎ込まれていた精液がトロトロと零れ落ちた。  最初は嫌がったが、今はもう嫌ではないらしい。 「カクくんはそこまでしてくれないから」  だから紀怜さんにしてもらう?  相基の思考は淫らに聞こえもするが、きっとそうなるまで快楽漬けにしてその味を覚えさせたのは紀怜だ。  ――ピーンポーン  インターホンの音に相基の尻がピクッと震え、自ら怒張を抜き差しするようゆるゆると振られていた動きが止まった。  パシンと軽く叩く手のひらに促されても、再び動く気配はない。その動きは欲望のままディルドを抜き差しするごとく、やっと速くなりそうだったのに。  ――ピーンポーン  二回目のインターホン。ガチャガチャとドアノブを回す音。けれど鍵を開けて入って来る様子はない。 「誰?」  と聞くまでもなく、この部屋は紀怜の部屋なのだから、そんなことをするのは彼の彼女くらいだろう。 「紀怜……さん」  相基の声。セックスの最中に名を呼ばれることなんて珍しく、それだけで紀怜のペニスはまた一段と充血を増したような気がした。  何も言わず、ゆっくりゆっくりと腰を揺らし始めた紀怜に、相基は慌てたように手を後ろに伸ばし、その腰を止めようとする。  けれど紀怜の腰は強く、むしろその両手首を掴まれ、後ろからガツガツと腰を叩きつけられた。 「ヒッ~~ッッ!! ぁうあああああッッ!!」  激しい突きに身を起こし、相基は反り返りながら悲鳴を上げた。  突き上げる動きでスライドするのを止めようとしても、逃げようとしても、後ろ手を取られ引き寄せられ、 「種でどろどろのマンコ吸い付いて来てンぞ?」  耳元で囁かれるのにビクンビクンと震える。 「相基くん、ここ擦られながら突かれンの好きだもんなァ? おら、カクにも教えてやれよ!」  紀怜の顔が肩越しに覗き込むよう頬を寄せ言うと、促すようにして顎をしゃくって見せた。  もちろんそこには誰も居ない。ただそのドアの先、短い廊下が玄関へと繋がっているだけ。  相基(あいき)は泣き出しそうな声を震わせながらも、高まる興奮には抗えなかったのか、そのままイッた。 「あああああーーッッ!! イッ……ぢゃ、イッ、イク、イク、イグッッ~~ッッ!!」  イキながらも更にイクと訴えて、開いたまま膝立ちになった足を強張らせながら紀怜(きさと)の肩へと頭を押し付けるようにして反り返りイキ続ける。 「イク、イク、ひぁぁ……イク、あっ、あっ、イクイク」  腕は後ろで拘束されたまま、突き上げられる雄膣がペニスに絡みつき、締め付け、吸い付き、引かれた拍子に引きずられる感覚にダミ声を漏らし、ずちゅっずちゅっと突かれながら離された手は、獣のポーズで後ろから堀り続けられる。 「ンな声じゃあ、カクも自分の可愛い彼氏だって分かンねーよ、相基くん」  紀怜は更に容赦なく後ろから攻め、必死でシーツを掴みながら喘ぎまくる相基の中からズルリとペニスを抜いた。 「やっ、やあっ――抜いちゃダメえっ」  そして初めて自分からペニスを求める言葉で縋った相基を押し倒し、今度は前から深々と挿入し、腰を抱え上げた。 「ああーーっ!! ああーーっ!!」  声を上げながら勃起した乳首を上に向け、勃ちっぱなしのペニスが揺れるたびにカウパーをまき散らす相基に、 「なァ、声に呆れて帰っちまったンじゃねーの? カク」  そう言いながら相基のペニスを掴んだ紀怜は手コキしてやる。 「こんなアクメ声、聴かせてやってねーだろ?」  愉悦を交えたその声が、相基の性感をゾクゾクと擽った。  擽るだけではなく逆なで、嬲り、強烈な欲望を熾し、堕としていく。足を抱えられ、折り曲げられて、紀怜のペニスの先が腹の奥まで達した。  ハクハクと息を吸うことも忘れた相基の唇が、獣の舌と唇に犯される。  唇が離れるなり、 「ハアッ!」  と息を継ぎ、次にキスをされた時にはドクッドクッと射精しながら自分からヒクヒクと舌を差し出していた。 「紀怜さん……紀怜さん……」  どこか覚束ないような甘えた声で紀怜を呼び、 「相基」  応えるように名を呼ばれたのに、ギュウギュウと締め付けたのは相基の腹の奥。  締め付けて、吸い付いて。紀怜のペニスの先が、ジュプ♡ ジュプ♡ と奥を嬲るのに、相基の舌が彼の舌をペロペロと舐める。 「もうカクくんじゃ、らめだよおぉ……」  相基はトロリとした目と舌で言うと、自分で足を抱え上げ、 「紀怜さぁん、もっと、いっぱい、エッチ、くらしゃい」  舌を縺れさせながら言い、紀怜の唇を啄むようなキスをした。  そのとき初めて、相基を返したくないと思った彼は、もう堕ちて行くしかない深淵に微笑み返し溺れることにしたのだ。

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