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Remember-me-not 僕を思い出さないで

(1)天馬&逝田side/「深夜の廃墟」で登場人物が「選ぶ」、「時計」という単語を使ったお話  時計が深夜二時をさす。  廃墟の一室で、長身に黒いスーツを着た死神代理の逝田(いくた)が言った。  「選んだ道に悔いはないですね?」  天馬(てんま)は「はい」と頷く。  水晶玉に映った(りく)の寝顔。  「陸、幸せそうに寝てる」  「幸せですよ、彼は。君のことは全部忘れてしまえたわけだから」  天馬は微笑み、再び「はい」と頷いた。 (2)陸side/「昼の廃墟」で登場人物が「ときめく」、「噂」という単語を使ったお話  陸が友達と廃墟の前を通りかかると、午後の陽射しに何かが光った。  拾ってみると、それはキーケースと数個の鍵だった。  「陸知ってる? ここ幽霊が出るって噂」  へえ……と頷きながら、じつは上の空だった。  ――誕生日プレゼント  微かなときめきと共に浮かんだワード。  誰かの笑顔が一瞬頭を掠めて、消えた。 (3)天馬&逝田side/「深夜の屋上」で登場人物が「寂しがる」、「手袋」という単語を使ったお話  死神代理の逝田がぼやいている。  「ねえ、まだですか? 夜中の屋上なんてクソ寒くて」  天馬は舗道を見下ろしていた。  そこには陸が佇み、鞄の奥にあった見知らぬ手袋に首を傾げている。  「陸、寂しがってないかな」  「ないですよ、忘れてるんだから」  逝田の投げやりな返答に天馬は笑った。  寂しい笑顔だった。 (4)天馬&逝田side/「朝の屋上」で登場人物が「告白する」、「星」という単語を使ったお話  逝田が派手なくしゃみをした。  「ねえ、逝田さん」  天馬がぽつりと言う。  「星って本当は、夜が明けても消えてなんかないんですよね」  屋上のコンクリートに座り、朝の空を眺めて告げる。  「俺、陸が好きでした」  もう君からは見えないけれど。  「だから見守っててやりたいです」  ここからそっと。  君の幸せを。 (5)陸side/「朝のエレベーター」で登場人物が「噛み付く」、「眼鏡」という単語を使ったお話  陸がエレベーターめがけて朝の廊下を走ってくる。  片手に持ったパンに噛み付き、ボタンを連打。  「遅刻! 遅刻!」  機械をせかして、箱に乗り込みざま隣に叫んだ。  「駅までダッシュだよ、天ちゃん!」  扉が閉まる。  下降する箱の中で一人きり、ずれた眼鏡も直さずに陸は立ちすくんだ。  「天ちゃんて……誰?」 (6)陸side/「夜の遊歩道」で登場人物が「約束を破る」、「星」という単語を使ったお話  夜の遊歩道で陸は痴話喧嘩に遭遇した。  「嘘つき! 約束したのに!」  そのわきを足早に通り過ぎる。  ――約束したのに  そんな歌があった気がする。  ――今年も海へ行くって あなた約束したじゃない  空に目をやると四角い星座が見えた。  途端に涙が滲むが、なぜそうなるのかわからない。  近頃の自分がわからない。 (7)陸side/「夕方の水族館」で登場人物が「抱きしめる」、「ラーメン」という単語を使ったお話  巨大水槽の前で友達に話した。  「魚とはハグできないのが寂しいよ」  人も動物も、抱きしめることで愛は深まるんだと説くと、友達は笑った。  「陸、このあと晩ご飯どこ行く?」  「そうだなあ……」  ――天ちゃん、俺ラーメン!  また幻覚だ。  自分は狂い始めているのか?  陸は震える自分の体を抱きしめ、耐えた。 (8)陸~天馬&逝田side/「夜のベランダ」で登場人物が「騙される」、「ケーキ」という単語を使ったお話  ケーキを買った。  一口食べると、キッチンに並んでケーキを作る二人の人影が見えかけて、すぐに消えた。  幻覚なんかじゃない、騙されるなと心が叫ぶ。  なぜ記憶がないのかわからないけれど、その人は必ずいる。  探し出すんだ。  暗いベランダでは、そんな陸を見つめる二人がいた。  天馬が青ざめて逝田を見た。 (9)陸side/「夜のプラネタリウム」で登場人物が「貪る」、「鳥」という単語を使ったお話  星のない夜、プラネタリウムを訪ねた。  人工の夜空は華やかな白鳥座の夏を過ぎ、秋になった。  『南の空には、大きな四角形が見えます』  秋の夜空を案内するように光る大四辺形。  アンドロメダ座の二等星と、ペガスス座の三つの星。  溢れる感情が何かもわからないまま、陸は天翔ける馬を貪るように見つめた。 (10)天馬&逝田side/「夕方の遊園地」で登場人物が「溺れる」、「落ち葉」という単語を使ったお話  夕暮れの遊園地を陸が歩いてくる。  陸の行く手に天馬が立っていたけれど、陸は音もなく天馬を透り抜けた。  「逝田さん」  天馬が言う。  逝田は黙ってベンチに座っていた。  「もし陸が転んでも溺れても、俺はもうあいつの手を掴んで助けてやることはできません」  舞い散る落ち葉が一枚、天馬の胸を透り抜けた。 (11)陸side/「昼の駅」で登場人物が「手を繋ぐ」、「マフラー」という単語を使ったお話  陸は疲れていた。  見知らぬ『天ちゃん』を探し、昨日は遊園地にいた。  一緒に行った気がするのに、やはり思い出せない。  午後の駅の階段で木枯らしが吹いて、マフラーに顔を埋めたとき、足元がふらついた。  落ちる、と思った瞬間、誰かが手を掴んでくれた。  「大丈夫ですか?」  黒い服を着た、長身の人だった。 (12)天馬&逝田side/「深夜の車内」で登場人物が「探す」、「湯たんぽ」という単語を使ったお話  終電車の車両の隅で逝田は紙袋を抱えていた。  「逝田さんて本当寒がりですね。湯たんぽ買っちゃうなんて」  逝田は答えない。  天馬の姿は人には見えないから、返事をすれば皆を怖がらせてしまう。  「陸のやつ、こんな時間まで俺を探し歩いて……」  天馬が唇を噛んだ。  陸はぽつんと一人、暗い車窓を見ていた。 (13)陸&逝田side/「夕方の神社」で登場人物が「すれ違う」、「湯たんぽ」という単語を使ったお話  日没前の神社はぐんと気温が下がった。  湯たんぽを抱えて歩く逝田と、拝殿から戻ってくる陸。  石畳ですれ違ったとき、陸が声をかけた。  「僕に何か用ですか」  逝田が足を止めて、その背中に陸は続けた。  「駅の階段で助けてくださってから、毎日僕の後をつけてますよね」  逝田はゆっくりと、陸を振り向いた。 (14)陸&逝田side/「夜のレストラン」で登場人物が「逃げる」、「手紙」という単語を使ったお話  「そんな話……信じろって言うんですか」  夕飯時で賑わうガスト。  陸と逝田の前には紅茶だけが置かれている。  逝田が一通の手紙を取り出した。  「君が彼に送った手紙です。二人の間柄がわかるかと」  自分の字だった。  手紙を読む陸の手が震え、便箋を逝田に突き返した。  「嘘だ」  陸は逃げるように席を立った。 (15)陸&逝田side/「夜のコンビニ」で登場人物が「振られる」、「人形」という単語を使ったお話  混乱したまま駅前通りを走った。  夜の街を彩る音楽。カーネル人形が上機嫌で笑っている。  振られた経験はないけれど、今の精神状態は恐らくそれよりも酷い。  コンビニの前に来たとき、足が止まった。  そこに逝田がいた。  まるで魔法で現れたかのように。  「忘れてほしいんです。もう一度」  逝田はそう言った。 (16)陸side/「朝の教会」で登場人物が「逃げる」、「手品」という単語を使ったお話  陸は再び走った。  怖かった。とにかく逃げたかった。手品のように一瞬でどこかに隠れて――  『陸』  その光景は唐突に蘇った。  『陸、目瞑って』  朝の光がステンドグラスを透過して祭壇に降っている。  『1、2、3』  彼の手のひらには手品のように合鍵がのっていて、それを受け取る自分は、とても幸福だった。 (17)陸side/「夕方の公園」で登場人物が「逃げる」、「鳥」という単語を使ったお話  それが弾みとなり、記憶の断片が脳裏を駆け巡る。  『陸に逃げられたらどうしよ』  冗談ぽく言って空を指差す。  その手が白い。夕焼けの砂場が赤い。  『鳥みたいに飛んでくなよ?』  笑うと少年のような顔になった。  「よく言うよ……」  思い出した。  「飛んでったのは……天ちゃんだろ」  堪えきれず、顔を覆った。 (18)陸~天馬&逝田side/「昼のコンビニ」で登場人物が「あたためる」、「靴」という単語を使ったお話  昼食を買いに逝田がコンビニへ入る。  弁当の棚には先客がいて、その隣に逝田の黒靴が並んだ。  目が合ったが、先客はすぐに視線を外した。  知らない人に対する、ごく自然な態度だった。  「温めますか?」  店員が尋ね、陸がレジを済ませて店を出て行く。  それをじっと見送る天馬の姿は、逝田だけに見えていた。 (19)天馬&逝田side/「早朝の公園」で登場人物が「共有する」、「手品」という単語を使ったお話  まだ薄暗く、誰もいない公園。  天馬が木の葉の夜露を弾いて遊ぶ。  人が見れば水滴が勝手に跳ねていると驚くだろう。まるで手品だ。  『逝田さん、百万回生きたねこって知ってます?』  あの日、天馬はそう言って少し泣いた。  今は跳ねる滴に笑っている。  早朝の公園で、逝田は天馬と最後の時間を共有していた。 (20)逝田side/「早朝の神社」で登場人物が「震える」、「星座」という単語を使ったお話  天馬と別れて逝田は歩いた。  神社を通る。  早朝の空はまだ星座が見えていた。  「百万回生きたねこ、ね」  陸は壊れる寸前だった。  二度の記憶操作は転生資格の喪失が条件なのに、それでも天馬は望んだ。  『陸と出会ったこの一生が、俺の百万一回目だから』  逝田は震える陸に手を伸ばし、すべての記憶を消した。 (21)逝田side/「朝の路地裏」で登場人物が「耽る」、「落ち葉」という単語を使ったお話  あの廃墟へ戻るため、朝の路地裏を逝田は歩く。  落ち葉の横で猫が思索に耽っていた。  「君は百万回生きたねこ?」  猫は聞き流した。  「陸君も、記憶があれば同じ事を言うんでしょう」  ――二人が出会ったこの一生が、僕らの百万一回目です  記憶のない彼は新しい道を行く。  幸多かれと逝田は祈り、空を仰いだ。 【あとがき】  最後まで読んでくださってありがとうございました!  1話ごとに視点が変わって読みづらくなかったでしょうか。  140字では書き切れなかったこともたくさんありますが、どうにかこうにか、このお話はおしまいです。  毎回何が出るかわからないお題。  無茶ぶりも何度か!  でもがんばった!  長らくのお付き合いありがとうございました!!  この下に後日談があります。 (後日談)天馬&陸side/再会した元恋人同士を登場させて「昼の月」「スプリング」の単語を使用したおとぎ話を1ツイートで書き、読んだ人の涙を誘いなさい  友達と並んで石碑の歌詞を読んだ。  ≪春は名のみの……≫  英訳すればアーリースプリングだろうか。  ふと、目の前を柔らかな風がよぎる。  そのまま風を目で追った。  まるで、大好きな人に再び会えたような懐かしさを感じるのは、この歌と昼の月のせいだろう。  何もないその空間を、少しの間微笑んで見つめた。  ありがとうございました。  石碑に刻まれているのは、大正二年に発表された「早春賦」という日本の唱歌です。

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