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第1話
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『狐火の境』
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夏祭りの夜。
人混みの波に揉まれ、輝は気づけば両親の姿を見失っていた。
境内を抜ける細い裏道を進むと、空気が一変する。
頭上には逆さに吊られた提灯が揺れ、屋台には宙を泳ぐ金魚や淡く光る飴細工が並んでいた。
その奥に、朱色の鳥居。暗がりの中で、青白い狐火がゆらりと揺れている。
胸が高鳴る。
吸い寄せられるように、一歩踏み出した。鳥居をくぐった瞬間、夏祭りのざわめきは遠くへ消えた。
そこは、静謐で不思議な夜祭りだった。
金魚すくいの水面には星空が映り、綿あめは手のひらで淡く光を放つ。
ふと背後から声がした。
「……迷子か?」
振り返ると、黒髪の毛先が紅から金へと染まる少年が立っていた。
頭には斜め掛けの狐面、淡く光る瞳。
「俺は紅(くれない)。……君は特別だ」
差し出された手を取ると、温もりが指先を包んだ。
紅は金魚すくいや射的を案内しながら、ときおり輝をじっと見つめる。
その視線に胸がざわめく。
夜の終わり、紅は鳥居の前で足を止めた。
「また迎えに来る」
額に触れる柔らかな口づけ。瞬きをした次の瞬間、輝は境内に立っていた。
両親が駆け寄ってくる。記憶は霞んでいたが、紅の瞳だけは鮮明に残っていた。
──それから数年。輝は高校二年になっていた。
友人と訪れた夏祭り。境内の奥で、あの朱の鳥居を見つける。
懐かしさと微かな恐怖に足が止まる。
友人の声が遠のき、周囲の景色が滲む。
再び現れた、異界の夜祭り。
「……やっと来たな」
振り返れば、あの時の少年が高校生の姿で立っていた。
紅だ。
「約束通り、迎えに来た」
差し伸べられた手を握ると、熱が掌に染み込んでいく。
歩きながら、紅は静かに語る。
「俺は昔、生贄としてここに来た。……君が来れば、俺は解放される」
笑みは穏やかだが、その奥に渦巻く執着は隠せない。
祭りの光が歪み、闇が濃くなる。遠くで狐火が瞬き、鳥居の輪郭が浮かび上がる。
鳥居の前、紅が輝の手を引き寄せた。
「次は、帰さない」
息が触れる距離まで迫り、輝の背に手を回す。
唇が重なり、熱が深く入り込んでくる。
舌先がかすかに触れ、甘さと不安が入り混じる。
全身が紅の温度に包まれ、足元の狐火が強く燃え上がった。
──眩しい光。
気づけば輝は境内に立っていた。紅の姿はなく、夜店のざわめきだけが響く。
掌には、あの夜と同じ紅い紐。
そして夏の夜風に紛れ、耳元で声が囁く。
──「また迎えに行く」
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「ここまで読んでくださりありがとうございました。
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