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第8話

翌日、輝明は部屋にいた。時間は8時半ぴったり。 想い人に待っていてと言われた。 輝明は待つ以外の選択肢が思い浮かばなかった。 否、思い浮かんでいた。それでも、この場に居たいと思った。 彼の言葉を聞きたい。小さく赤い唇が紡ぐ言葉を。 少し鼻にかかったような可愛い声、沢山の荷物を運ぶから逞しくなったのであろう腕、小麦色の肌。 額から首筋に伝う艶めかしい汗、ハッキリとした二重と澄んだ瞳ダークブラウンの瞳。 黒い髪はサラサラで、きっと手触りが良く通りも良いのだろう。 作業服のブイネックから覗く鎖骨は、骨ばっていて汗ばんでいるのが分かる。 それらを見るのが好きだった。 玄関を開け、挨拶とサインを求められる声と、手袋越しに伝わる熱にさり気なく触れて、荷物を受け取り、少しだけ話して、その後ろ姿を見つめて扉を閉める。 ただそれだけの関係だった。 それで良かった。……いや、嘘だ。 我慢出来なかった。分かって欲しかった。 颯だから、分かって欲しかった。 輝明が拒絶され続けた人生を、ゲイだからという理由で居場所を追い出された事を、颯に分かって欲しかった。 軽い気持ちで打ち明けた訳ではなかった。 己の手の震えを輝明は無視した。 気付かないふりをした。 期待していた、颯に認めて欲しくて、期待した。 (格好つけたオッサンは、全然格好良くないんだ、颯……。なんて言ったら、颯はまた、怒ってくれるかな……) ハハ、と乾いた笑いを吐き捨て、輝明は煙草を取ろうと手を伸ばした。 その時、ピンポンとチャイム音が響いた。 輝明の身体は反射的に揺れる。 何を言われるのか、予想がつきそうでつかない、それがまた怖い。 輝明は立ち上がりゆっくりと、いつものように玄関を開けた。 「……輝明さんっ……!」 少しだけ切れた息を整えるように、颯は肩で息をしていた。いつもはバイトの制服だけど今日は違った。 赤いチェックのレイヤード風フードがパッと目を引く灰色基調な七分袖のパーカー。 スリムな黒のパンツと黒のワークブーツでボトムを締めてカジュアルになり過ぎないコーデがまた、颯の可愛さを惹き立てていた。 「良かった、居てくれて……」 ニコッと笑いかけられ輝明は「ああ、上がれ」と返し、部屋へと案内した。 「何飲むか?一応、オレンジジュースと酒とお茶とか買っといたんだけど」 輝明は冷蔵庫を開けながら颯に話しかける。 すると輝明は横から自分に影が出来たことに気づき、顔を上げた。 「颯?」 「て、輝明さんっ!」 見上げた先に居た颯の顔は真っ赤で、耳も赤かった。

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