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譲位①
兵団に追いつくなり、マリウスはリージュ公のもとを訪れた。天幕の下でリージュ公に迫る。
「リージュ公」
「何だ?!」
「大事な話がある」
「何だ?!」
マリウスがリージュ公に近寄ろうとすると、リージュ公はソファから立ち上がって、後ずさった。
「どうして逃げる?」
「怖いからだ」
「どうして怖がる?」
「お前のケツが出てるからだ」
「えっ?」
ところどころ破けていたマリウスの衣服は馬に乗っている間に、ほつれが大きくなり後ろへと飛んでいった。
そのときはじめて、マリウスはかろうじて下半身の前だけを隠していることに気づいた。
「どうりで尻が痛いと思った」
馬上で鞍に擦れたのだ。
しかし、尻がひりひりと痛むことなどマリウスにはどうでもいいことだった。
マリウスは構うことなくリージュ公に迫った。
「だから俺を誘うな」
「金輪際、それを言うな。それより皇帝を代わってくれ」
「は?」
「だから、皇帝を変わってくれ」
「マリウスよ。まずは、服をちゃんと着てこい。話はそれからだ」
「俺の尻なんかどうでもいいんだ!」
「そのどうでもいい尻を見せられる側の気持ちになってくれ」
マリウスは仕方なく服を着ることにした。
おろおろした顔で皇帝を取り巻いていた従者らはそれにほっとした。
改めてリージュ公のいる天幕に向かう。
マリウスはリージュ公に請うた。
「お前が皇帝になってくれ。そもそも俺は皇帝の器じゃない。ほら、兵団だって俺が指揮するよりも、お前が指揮したほうが良さそうだろ」
「確かにお前よりも俺が指揮したほうが兵列はビシッとしてるし、みなの顔つきもキリッとしているし、より勇ましく格好良い上に、頼もしさまで増してはいるが」
マリウスは額の青筋を軽く引くつかせながらも、リージュ公の弁にうなずいた。
「ああ、そうだろうとも。だから頼む」
リージュ公は即座に首を横に振る。
「いやだね、軍務大臣だって面倒なのに、皇帝なんて柄じゃねえし。第一、年上に譲位なんておかしいだろう」
「じゃあ、お前の息子に頼む。お前は摂政になればいい」
「俺の息子は、元嫁が連れて行っただろうが。元嫁に会うのはもう嫌よ、俺。ゴリラなんだぞ。顔会わす度、ぼこぼこやられんだぞ。息子を皇帝になんて言ったら、今度こそ殺される」
リージュ公はあと腐れなく遊び相手を見つけるために、既婚者のふりをしているが、離婚歴があるだけで独身だった。
「じゃあ、やっぱりお前が皇帝を」
「その前に理由を聞かせろ」
「俺はグレンを出てエルラントに移り住む」
マリウスは皇帝を降りた後、エルラントに住むことに決めていた。もちろん、身一つでエミーユの家に転がり込むつもりだ。
そもそもノルラントのエミーユの小屋に住み着くつもりだったほどなのだから、マリウスにとって家とは屋根さえあればいい。たとえ屋根がなくてもエミーユさえいればいいと思っている。
三人家族に新入りとして加わるにはいろいろと覚悟が必要だろうが、一番下っ端の心づもりでいくつもりだ。リベルと母親を攻め落とせば、エミーユも落ちてくれるだろう。
「へ?」
リージュ公はマリウスの言い出したことに驚きを禁じ得ない顔をしていたが、すぐに納得した。
「そうか、エミーユだな。ならば、グレンに連れて帰ればいいだろう。皇帝のやることに誰も文句はつけねえ」
マリウスが顔をさっと曇らせる。
「そ、それはできない。エミーユは女兵士のそばを離れたくないんだ」
「……?」
「皇帝は遠すぎるって言ってた。帝都は女兵士から遠すぎるんだ」
「?!」
リージュ公にはまだマリウスが勘違いをこじらせているのがわかったが、あえて指摘はしないことにした。
(めんどうくせえ、このままこじれてろ)
「ほう、そうか。とにかく、俺は皇帝になるのはいやだからな」
「頼む」
「お前にはウォルターがいるだろ。あいつにさせればいいだろ」
ウォルターというのはマリウスの異母弟である。賢く性質も良い。
マリウスは首を横に振った。
「ウォルターは駄目だ。皇帝になんかならせて怪我でもさせたらいけない。皇帝って、たまに命だって狙われるんだぞ。可哀そうだろ」
「じゃあ、俺は可哀そうじゃねえのかよ」
「あ.......」
リージュ公がムッとする。唇を突き出して言った。
「有事が終わり平和となった今、戦争でろくろく学を積まずに大人になった俺たちよりも、勉学に励んできたウォルターのほうが良くねえか?」
「でも、まだ子どもだ」
「もう18歳だろ。俺らなんか15歳から戦争に駆り出されてきたんだぞ。あいつはずっとぬくぬく育ってる。そろそろ苦労させてもよくねえか」
マリウスは少しばかり考えるとうなずいた。
「そうだな……。ぬくぬく育った方が良い皇帝になれるかもしれないな。よし、ウォルターになってもらおう」
「ともかく、俺たちで決められる話ではない。帰国したのち、議会にかける必要がある」
「それもそうだ」
マリウスの気は焦るばかりだったが、受け入れるしかなかった。
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