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勇敢さの証②
マリウスは目が覚めると惨めな気持ちでベッドの上にいた。室内は白く、どうやら病院にいるらしい。
(俺、助かったんだ)
マリウスは口も開けないほどに情けなくなった。
皇帝である自分に関わる人間は、誰かに狙われる可能性がある。そのためにエミーユにもその家族にも、本人らに悟られることなく護衛をつけていた。
なのに防げなかった。犠牲が出てしまった。その犠牲が自分一人で済むはずだったのに、なぜか自分は生き延びている。
エミーユに怪我を引き取らせたからであることはわかっていた。
意識を失う前にエミーユの声を耳にしていたので、エミーユが無事であることは確信していたが、それでも、エミーユに怪我を移したことが情けなかった。
そしておそらくエミーユだけではない、他の妖人にも怪我を引き取らせなければいけなかったはずだ。
(俺は妖人をゴミ入れにしたんだ)
それを思えば絶望的な気持ちになった。
おそらく側近が違法に妖人を用意したのだ。
(どうして、俺を助けた)
「陛下、お気が付かれましたか!」
部屋をバタバタと出て行く足音が、廊下を遠ざかった。
あまりに惨めすぎて、誰の顔も見たくない。
マリウスはもう一度目をつむった。
何度か入れ代わり立ち代わり人が入ってきて、声をかけられたが、マリウスは目を開けなかった。
やがて、気配でエミーユがやってきたのがわかった。
マリウスは目を開けた。
「マリウス……!」
「エ、エミ……。怪我は?」
「私のはかすり傷です。それより自分の心配をしてください」
「そんなの、できないよ……」
エミーユに頭を撫でられれば、目からぽろぽろと涙があふれてしまった。
「お、おれ、何てことを。ごめ、ごめん、エミーユ……、怪我のゴミ入れにしてごめん……」
エミーユは首を横に振った。
「私は怪我のゴミ入れになったわけじゃない。マリウス、あなたは私の息子を守ってくれた。同じように、私はあなたを守りたかった。あなたは迷いもなく私の息子を守った。私もあなたを守るのに迷いはなかった」
「でも、もともとは俺のせいで撃たれたんだ。俺が巻き込んだだけだ。リベルは無事なの?」
「はい、かすり傷ひとつ負っていません」
「いろいろ怖がってない?」
「あの子の父親は怖がりですけど、あの子は怖がりじゃないから大丈夫です」
「俺は、情けない、自分が情けないんだ。俺は前皇帝と同じ外道だ」
「違います。あなたは立派です。前皇帝の罪は戦争を起こしたこと、いやがる妖人に無理に怪我を引き受けさせたことです。怪我を無理に引き受けさせるのと、自分から引き受けるのとは違います」
「でも俺は、あなた以外にも怪我を押し付けたはずだ。他の人たちにも」
「いいえ、あなたは誰にも押し付けていません」
エミーユはそう言うマリウスを子どもを宥めるような目で見つめた。
「マリウス、あなたが怪我を負ったことを口づてに知った人々は病院に集まってくれたのです。みな、進んであなたの役に立ちたいと来てくれたんです。怪我を引き受けた妖人もいれば、血液を差し出した人もいます。みな、あなたの役に立ちたいと自ら来てくれたのです。窓の外を見てください」
マリウスはよろよろと起き上がった。起き上がってみると、立ち上がれるほどに怪我は回復していた。窓辺に立つ。
そこには多くの人々が集っていた。
ロウソクを手に皇帝の無事を祈る人々の姿があった。
マリウスが窓に姿を現すと、どっと歓声が上がった。
エミーユはシャツの胸、銃痕のあるあたりに手を当てた。
「怪我を引き受けた私たちはあなたとお揃いの怪我を持って誇りに思っています。誰かを守って怪我することも、怪我を引き受けることも、どちらも勇敢でなければできません。この怪我は勇敢さの証なのです」
マリウスはそれを聞いても納得できないのか、黙ったままだった。
しかし、窓を開けると、人々に向けて手を振った。
「ありがとう! 俺のためにありがとう! あなた方の勇気に、俺は助けられた!」
一段と歓声は高まった。そのうち、平和の歌の合唱が聞こえてきた。
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