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第1話

 あたり一帯に強い風が吹いた。  暴風という言葉では表せないほどに、強い風だ。 「――ノアム、ノアム!」  身体をがくがく揺らされて、俺は目を開ける。 (あれ、なんだこれ……)  なんか異様に身体が小さい気がする。というか、わき腹が焼けるように痛い。 「やだ、死なないで! ねぇ、ノアム!」  だったらせめて身体を揺らさないでほしい――という俺の願いは言葉にならない。  顔に落ちてくる水滴。焼けるように熱いわき腹。  意識が遠のいていく。俺は――どうしたのだろうか。  ◇  平凡な大学生だった。趣味はゲームで、いつも携帯ゲーム機を持ち歩いていた。  俺の友人もみんな似たようなゲーマーで、似たようなやつらばかり。互いに好きなゲームの布教をしたり、逆に布教されたり。  ただ唯一、俺は友人に言えなかったことがある。  ――俺が腐男子だということだ。  俺には五つ上の姉がいた。姉はいつもキラキラしていて、人に囲まれていた。一見すると一軍女子の姉は――超が付く腐女子だったのだ。 「|永遠《とわ》、これおすすめの新刊ね!」 「姉ちゃん、ありがと」  姉と俺の趣味は近く、いつもおすすめのマンガや小説を交換していた。  大学生になって一人暮らしを始めた俺の元に、姉は月一で訪れておすすめの新刊を持ってくる。  普段は渡して終わり――だったのに。どうしてかその日は思いついたようにスマホの画面を見せてきた。 「そういや、最近私の界隈で話題になってるゲームがあるんだ。永遠、やってみなよ」 「……公式サイトのリンクかなにか送っといて」  とまぁ、こんな感じで姉のおすすめのゲームをやることになった俺は――めちゃくちゃ後悔した。  だって、まさか十八禁のBLゲームだなんて思わなかったから。 「見た目はギャルゲーとか乙女ゲーっぽい?」  ダウンロード版を購入して、立ち上げた。  タイトルは【星をちりばめた恋】。中世ヨーロッパ風の異世界が舞台らしい。  主人公のリュリュは貧乏貴族の次男。家のために婚活をしていて、その中で四人の攻略対象と愛をはぐくんでいくという内容だ。  俺はギャルゲーや乙女ゲーも何度かやっている。だから恋愛ゲームは経験済み。しかし、十八禁、それもBLゲームは初体験だった。 「……とにかく、一人攻略したら終わろう」  意を決して、俺はマウスをクリックした。  あれから三日後。俺はゲームを完全クリアしていた。  ――というか、はまった。  攻略対象ごとの個性的なシナリオ。美麗でエロいスチル。音楽もとてもよく、臨場感があった。  とにかく――よかった。ここ最近プレイしたゲームのどれよりも良かった。 (特にキャラクターがいいんだよなぁ)  主人公のリュリュをはじめ、幼馴染のエリート騎士やおじさま魔法使い。ヤンデレ従者など。  個性的なキャラクターの中で俺が最も好きになったのは――ルドヴィック・トゥラチエだった。  ルドヴィックはメイン攻略対象で、伯爵家の長男。幼少期の『とある出来事』がトラウマで、誰も信じることができない。  リュリュに対してもはじめは警戒心たっぷりで接していたのに、どんどんほだされていく。だけど、あるとき勘違いからリュリュに逃げられたと思い――強引に押し倒すのだ。あのスチルは鼻血ものだった。うん。 (あぁ、続編がプレイしたい!)  なんて思いつつ横断歩道を渡る。目の前の信号が点滅しはじめて、少し急ごうと駆け足になったとき。  勢いよく乗用車が突っ込んでくるのが見えた。  周囲の悲鳴が聞こえる。俺の身体に大きな衝撃が襲い掛かって――跳ね飛ばされた。  頭を地面に強くぶつける。周囲の喧騒が遠のいていく。 (なんだよ、この終わり方……!)  神さまがいるなら抗議したい!  俺はこんな終わり方望んでいなかった!  ◇  重たい瞼を開けると、真っ白な天井が見えた。  俺はずきずきと痛む頭を押さえ、起き上がる。  すると頭の中に『二人分の記憶』が流れ込んできた。  もう一つは大学生の永遠としての記憶。そして、もう一つは――。 「ノアム・カンブリーヴ……!」  それは、今回の俺の名前だった。  カンブリーヴ伯爵家の長男。小さなころは身体が弱くて、ベッドの上が世界のすべてだった。  そんな俺には大好きな幼馴染がいる。それこそ、ルドヴィック・トゥラチエ。  【星をちりばめた恋】の攻略対象の一人だ。 「ってことは、俺って――ルドヴィックのトラウマ!?」  顔からサーっと血の気が引いた。倒れこもうとして、部屋の扉が開く。顔のぞかせたメイドが、血相を変えて飛んでくる。 「坊ちゃま! 目を覚まされてよろしゅうございました!」  あまりの必死さに、俺は頬をひきつらせた。そんな俺に気づかずに、メイドは泣いている。 「あぁ、旦那さまや奥さまにもお知らせしなくては。少々お待ちくださいませ!」  とんでもないスピードでかけていくメイドを見送って、俺は呆然とした。  どうやら俺は、推しのトラウマに転生してしまったらしい。

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