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メリー

 大学からの帰り、家の前の歩道に山となって積もった雪に、弟が埋れていた。  否、弟は雪にうつ伏せに寝転がっていた。毛糸のマフラーと帽子をして、手袋にダウンのジャケット、スキーウェアみたいなズボンに長靴を履いて、防寒はばっちりのようだ。 「なにしてんだ」  弟の後ろに立って、声をかける。生活時間が違うし、歳も9つ離れている。最近はほとんど交わすことのなかった、兄弟の会話だ。 「死体ごっこ」  高校生にもなって、そんなバカなことを。呆れてものもいえない。しかし、弟は依然として動く気がないようだ。 「ほら、中入るぞ。寒いだろ、そんなことして」 「…」  そうですか、無視ですか。微動だにしない弟の肩を掴み、雪から引っ張り起こす。  壁にへばりついた虫みたいに、引き剥がした弟の顔を見て驚いた。弟の目は泣き腫らしたように赤くなっていた。  そんな俺の視線に気付いたのか、弟はばつが悪そうに目をそらした。 「…なんだよ、クリスマスに彼女が出来なくて泣いてんのか」 「そんなんじゃないし、兄貴だって彼女いないくせに」  図星だったので、俺は何も言えない。 「じゃあなんだよ?ほら、言ってみろよ。虐められたか?」 「違うってば!!いいからほっといてよ!」  手を振り払い、弟は声を上げた。今にも泣きそうな顔は、とても放っておいて欲しいようには見えない。  それでも、ドラマや本のように上手に、弟にかけてやる言葉なんて見当たらなかったから、俺は何も言えず立ち尽くすだけだった。 「…」 「…」 「…はぁ」  埒が明かないので、俺は弟にヘッドロックをかまし、無理やり家に引きずり込むことにした。年の差、身長差、体重差は俺の方が勝っているので、今のところ力技で弟に負けることはない。  弟もほとんど抵抗なく引きずられていくので、多分、これでよかったのだろう。  玄関口で弟はつまらなそうな顔をしたまま、完全防寒スタイルを一つずつ外していく。雪に埋れていたくせに平気な顔をしていたのは、体中に貼り付けたカイロのお陰だったようだ。  そんな弟をよそに、リビングに行くと置き手紙を見つける。母親からの手紙は、仕事で今日は帰れないという旨のものだった。  壁に掛けられたカレンダーには、父親がこの先年明けまで不在だということを告げている。  一方俺も、大学が休暇に入ったら実家に戻っただけで、普段は一人暮らしの悠々自適な生活を送っていた。  ああ、そうか。  弟が長袖シャツとスウェットに着替えてリビングに入ってきたのを見て、やっと気付いた。 「…ケーキとか、買ってくるか」 「…は?男二人でケーキとか、寒すぎんじゃん」  弟は憎まれ口を叩いたが、それでも嫌とは思っていないらしい。  何をするわけでもないが、弟はリビングのソファに座って、ぼーっとした。 「そう言えば小さいツリーあったろ、あれ飾ろうか」 「…」  弟が答えるのを待たずに、俺は収納の中を探す。最後に飾り付けをしたのは、弟がまだ小学生の頃だ。それでも捨てずにとってあったそれは、ほこりを被っていただけで、箱ごときれいに保管してあった。  赤や黄色の飾りをつけていると、弟も何も言わず、静かに飾りをつけ始める。何か言うのはなんとなく照れくさい。二人で黙々と作業をした。  飾り付けを終えた後、俺はスーパーに駆け込み売れ残りのクリスマスオードブルやチキン、小さいケーキを買い込んだ。  クリスマスを諸手を挙げて喜ぶような年ではないし、弟もそうだ。  けれど、俺は弟を見て思い出した。弟が生まれてくる前、俺もクリスマスを一人きりで過ごした事を。  冷蔵庫にケーキやチキンはあったし、プレゼントも置いてあった。けれど、部屋には俺一人きりだった。本当に欲しかったものを知った俺は、時が経ってその大切なものを忘れてしまったらしい。  だから今日は、弟と二人だけれどクリスマスを楽しむことにする。家族と過ごす、クリスマスを。 Merry X'mas!

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