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第1話

俺には中学からつきあいがある、不釣りあいな幼なじみがいる。 同い年のカケルとシズクだ。 大雑把に乱暴な分類をすると、俺は陰キャ、二人は陽キャ。 二人とも容姿も中身も月並み以上、多くの人を敬い多くの人に敬われ、社会の一員として胸を張って生き、家族思いであり、他人にも情をかけ親切。 それらのほぼ真逆といっていい俺は、彼ら以外にまともに話せる人がいない。 にも関わらず、彼らが数えきれない友人知人の誘いを断って俺に会いたがるのは、共通の趣味があってのこと。 俺らは高名なホラー漫画家の巨匠を崇拝しているのだ。 ホラー漫画家の第一人者といっていい先生は、十代でデビュー、それから五十年、今に至るまで精力的に描きつづけている。 少女漫画のタッチを劇画調にしたような奇抜な絵柄、現実を舞台にしながらもSFチックなおどろおどろしい独特の世界観、人間の深層心理を隠喩する描写がちりばめられた複雑怪奇な内容。 夜に眠れなくなっても読むのがやめられないような、いやらしい中毒性があり、熱狂的ファンは多いが、俺ら世代はあまり。 生まれる三十年前の漫画となれば、興味を持ちにくく、そもそもお目にかかる機会もほとんどないだろう。 せいぜい「名前は聞いたことがあるような」ていどの認識が当たり前だったから中学のころ、クラスに三人もファンがいる状況となり、出会えることになったのは奇跡といっていい。 生まれてこの方、同世代のファンが一切いなかっただけに俺らは磁石同士が激突するように惹かれあって、今まで仲間に飢えてきた分をとりもどすように漫画について時間を忘れ、熱中して語りあったもので。 どれだけ話しても飽きなかったとはいえ、まあ俺はたまに我にかえるようなことがあり「ホラー漫画のつながりがなければ、きっと二人に見向きにされなかったろうな」とほんのり切なさを噛みしめることも。 同世代の稀有なファンはもちろんありがたい存在だったが「友人の多い二人だから、いつ俺から離れていってもおかしくない」といつも身がまえていた。 加えて、もっとユニークで気が利いて魅力がある友人がいるだろうに、彼らを差し置いて自分が二人と過ごしていることに罪悪感を覚えたり。 根暗で難儀な性分な俺は二人と会ってるとき心から笑えないところがあり、そういった不安を常に抱えて「いっそ、容赦なく俺を捨ててくれたほうが気が楽かもしれない」とまで考えてしまう。 そのくせ自分から距離を置く勇気はないのだから、我ながらみみっちく面倒くさい人間だ。 友だちなんて、ましてやホラー漫画を愛好する同士なんて一生、見つからないと思いっていたから、二人と過ごす時間は夢のようだったとはいえ、実際に寝て見る夢は忌まわしいものばかり。 カケルとシズクとつきあうようになって、ホラー漫画の同じ場面を悪夢として頻繁に見るように。 学校が地底に落下し、そこに住む未知の獰猛な生物と攻防しながら、中学生たちが協力したり裏切り裏切られたり狂いそうになりながらサバイバルするという内容のもの。 はじめのほう発狂して学校をとびだした女子が、化け物じみた地底人に捕まり、生きたまま手足を引きちぎられて食べられるシーン。 俺がその女子のように拘束されて「手と足とどっちがいい?」と聞かれて「どっちもいやだああ!」と泣き叫ぶのにかまわず、手足にはじまり、体の部位をどんどん引きちぎられて食べられていき、最後に「やめろおおお!」と絶叫する顔が地底人の口のなかに放られ、頭蓋骨が噛み砕かれ、脳が潰される音を聞きながら死んでいくという。 起きたら全身汗だくになっているほど、むごたらしい悪夢とはいえ「どっちもいやだ!」の発言にはカケルとシズクへの依存ぶりが反映しているように思えて、余計に気が重くなる。 複雑な心情をどこまでもこじらせていく俺を、二人がどう受けとめているのか分からないとはいえ、コアなファンが身近にいて感想や意見を交換できるだけで満足であり、こちらの人間性をあまり気にしていないようだった。 五十年もほぼ休まず先生は漫画を描きつづけて、膨大なその作品をすべて語るには一生かかりそうで、語らうだけで忙しかったし。 ただ高校三年になって、三人とも同じ大学を志望し、見事合格したところで変化が到来。 カケルがシズクと結ばれたのだ。 まわりが手放しに祝福するようなお似合いの二人だったし、べつに俺はシズクに恋をしていなかったし、心から「よかった」と。 どこかほっとしたのは、ずっと引け目を覚えながらも、自分から決別できないジレンマからやっと解放されると思ってのこと。 オタクが恋をすると、なにごとも恋人優先になって、趣味には見向きもしなくなるというのは、あるあるな話。 カーストの天辺にいるようなカケルとシズクが、気まぐれに最下層の俺にかまっただけで、ほんらいのリア充の輝かしい世界へと舞いもどっていくのだろう、そう思っていたのだが。 二人が交際しだして、むしろ三人の関係はより親密になったような。 えんりょするのを二人はかまわず引きずりだし、前のように漫画の談義に花を咲かせ、その間、いちゃついたり惚気けたりせず、むしろ俺にやたらと話しかけ、話を聞きたがり「分かる分かる、そうだよなあ」としきりに、うなずいてくれるカケル「わたしだって死ね!って思うことあるよ」と卑下するのを慰めてくれるシズク。 信頼と善意に溢れる世界でまっすぐ生きるのが似合う二人が、どうして裏切りと悪意にまみれたホラー漫画を好きになったのか。 カップルを交えて変にバランスがとれているような三人の関係になり、あらためて疑問を抱くように。 陰キャの俺はありきたりなもので現実逃避、もっと突っこんで説明するなら、この世で生きにくい理由や原因を、建前を剥ぎとった、あけすけないホラー漫画の世界に探していたように思う。 一方でカケルもシズクも逃避する必要がないほど、充実した日々を送り、現実で満たされている以上のなにを求めていたのやら。 二人の交際をきっかけに、そのことがみょうに気になったとはいえ、なんとなく聞けずじまいで、共通の趣味がある恋人同士プラスおまけで、天辺が見えないほど積みあがるホラー漫画の談義に花を咲かせる日々をずるずると。 大学生になっても三人の関係性もつきあい方も色気皆無で相かわらずだったが、やはり恋人同士となると、代わり映えない日常を送るのは物足りないのだろう。 「俺の友だちの留学生、そいつの故郷にこないかって誘われたから三人で行かね?」 夏休みにはいるすこし前の突拍子もないカケルのお誘い。 今まで三人で旅行したことがないというのに。 陰キャで引きこもりがちな俺は、生粋のオタクでも聖地巡礼などには興味がないし、外出する時間があるなら漫画や関連資料を読み漁りたいと思ってしまうタイプ。 陽キャでリア充の二人は、知人友人、家族たちと遠出をしているようだったが、俺が極度の出不精なのを承知で「聖地巡礼しよう!」と家から引きずりだそうとはせず。 「急にどうして?というかカップルなんだから二人で行けばいいのに・・・」と首をひねりつつ、これはいい機会かもしれないと。 常々「いつか見捨てられるに決まっているし、二人とは距離を置いたほうがいいのでは?」と考えながらも行動に移せなかったのを、勇気をふりしぼって「いや俺はお盆、親戚の集いがあるから」と告げた。 家族とも親戚とも折り合いがよくない俺は、生まれてこの方、お盆に帰省したことがない。 これまでの夏休み、ほぼ毎日、三人で会い、お盆もおかまいなしだったから、カケルとシズクに疑われるかと思ったが「そっか!残念だけど親戚づきあいも大切だしね!」「べつに俺のことは気にしなくていいから、お前もたのしんでこいよ!」とどこかうれしそうに。 聡い二人だけに、俺の家族の関係が冷めているのを察していて、だから親戚づきあいに交じれるほど改善したものと考え、祝福しているのか。 そうだとしたら申し訳ないとはいえ「いつまで現状に甘えているつもりだ!」と自分を叱咤して嘘を通して、飛行場で二人をお見送り。 なんどもふりかえって「既読スルーしないでよ!」「ストーカーみたいに連絡するからな!」と喚くのに、手をふりながらも、ほっとしたような、でもやっぱり寂しいような。 「俺がいないほうが二人は気がねなく、いちゃついて、はしゃげるのではないか」「帰国したら、三人でいるのが煩わしくなって俺を切り捨てるのではないか」と悶々としながらも、二人がいないならいないで、まわりの目を気にして萎縮したり、自意識過剰になって思い悩むことなく、解放感のようなものを味わい、我ながら身勝手で薄情なものだと呆れる。 そんな疚しさを噛みしめる暇なく、ほんとうにストーカー並みにどしどし連絡してくるのに応じるのに忙しく、まあ、なんだかんだ二人のことで頭がいっぱいに。 「これじゃあ、二人が旅行しても心理的な距離がとれないな・・・」と諦めつつ、連絡の 猛攻撃を受けていたのが、一通りの観光をすませ、いよいよ留学生の故郷、異国の地の田舎に辿りついたところで、ぱったりと音信不通。 はじめは「電波が届かないのかな?」と心配しなかったものの、翌日、その地から離れた時刻になっても連絡はなし。 胸騒ぎがして一応「飛行場に迎えにいく」と連絡してから、待ちつづけたところで最終便が着いた、がらんどうの薄暗いフロアに二人は現れず。 二人の実家に電話すれば、やはり帰っていなく、家族のほうも二日前から連絡がとれていないという。 政治体制が不安定で治安がよろしくない異国の地で行方不明になった可能性が高そうとなれば、えらいこっちゃで、二人の家族はもちろん警察に相談したし、国の政府機関にコンタクトをとったよう。 とはいえ、その異国の地は政治的に敵対的であり、日本と比べようがないほど警察機関や司法があてにならず、現状は絶望的。 犯罪の底が知れない異国の地で事件や事故に巻きこまれたとは考えたくなく、二人がこっそり帰国して駆け落ちしたものと想像するほうが、ずっと安心だ。 ただ、まわりから仲を認められ祝福され、両家の関係も良好だったとなれば、駆け落ちする必要があると思えず、どう考えても最悪の事態になったとしか。 自国の働きかけに期待できない、異国の地での調査や捜索にはもっと期待ができない、無類のホラー漫画好きなけであって、なんの権限も発言力もコネもない自分にはお手あげ。

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