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第1話

     大人になっても、君の隣で 「社会人になっても、心臓はあの日のまま。五年前に想いを隠した先輩と、再び隣同士になった。」 ⸻  朝のオフィスは、まだ夏の熱気と冷房の風が入り混じっていた。  人事異動で新しく配属されたその席の隣に、彼はいた。  五年前、大学でただ一度だけ恋をした先輩――遠野慎二。 ⸻ 「今日からこちらの部署に配属になりました、中村博史です。よろしくお願いします」  緊張で少し硬い声。けれど耳に届いた瞬間、記憶がざわめいた。  名前を聞くだけで胸の奥が熱くなるなんて、思いもしなかった。  慎二は表情を変えず、いつも通りの低い声で言った。 「隣の席だ。分からないことがあれば聞け」  本当は、もっと言いたいことがあった。  でも唇は固く結ばれ、喉がひどく乾いていた。 ⸻  午前中、博史は新しいシステムに戸惑っていた。  パソコンの画面を前に、真剣に眉を寄せる姿は昔のまま。  けれど少し日焼けした横顔には、大人びた影が差している。 「……すみません、遠野さん。この数字、どこに入力すれば」  差し出された声に、慎二は椅子を引き寄せた。  指先を伸ばした瞬間、ふと触れ合う。  一秒にも満たない触れ合いなのに、心臓が鋭く跳ねる。 「ここだ。セルを選んで、オートサムを押せ」  淡々と答えながら、視線を逸らすしかできなかった。 「……ありがとうございます」  小さな笑みの奥に、拗ねた影が見えた気がして、胸がざわついた。 ⸻  残業を切り上げ、静まり返ったオフィスを出る。  エレベーターの中、二人きり。  階数表示の数字が、やけに大きな音を立てて減っていく。  沈黙を破ったのは慎二だった。 「……運命なんて、くだらないと思ってた」  唐突な言葉に、博史は驚いたように目を見開く。 「でも──またお前と同じ部署で、しかも隣の席になるなんてな」  赤く染まった横顔が、暗がりに浮かぶ。  博史は唇を震わせて、結局うつむいた。 「ほんと、偶然ですよ」  声は掠れて、笑みは無理に作ったように見えた。 「そうか?」  視線を逸らさず、距離を詰める。  低く落とされた声が、鼓膜に焼き付く。 「……逃げるなよ、後輩」  その一言で、心臓がどうしようもなく暴れ出す。  博史は真っ赤な顔を俯け、扉が開いた瞬間、空気だけが先に流れ出ていった。  背後で小さく笑う声がして、それが余計に胸を熱くした。

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