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10-1
──コトン。
「ココア?ありがとう」
俺は、雨の中待っていてくれたレイチェルを家に招き、温かいココアを二人分用意した。
部屋の中に甘い香りが漂う。
ソファに座るレイチェルは、両手でカップを持ちフーフーと冷ましながら、ココアに恐る恐る口をつけている。
俺は濡れた頭をタオルで拭きながら、その様子を眺めていた。
朝も思ったけど、普通の女の子にしか見えないな。
「優成なんだけど、今夜は来れないんだ」
俺の言葉に一瞬だけ視線を向けて、レイチェルはまたココアを飲み始めた。
「うん、そうなるとは思ってた」
レイチェルの返事に、何か得体の知れない怖さを感じ、ゾクッと背中を震わせた。
「……と、ところで君は何歳なの?
こんな夜に独身男性の部屋に入っても大丈夫なの?」
俺は最低限のマナーを確認した。
「大丈夫、もう20歳だから」
そう言ってレイチェルは白い歯を見せて余裕の笑みを浮かべる。
それとは対照的に、俺は7つも年下の女の子を部屋に上げてしまい、体の動きがカチコチになってしまった。
20歳か……ハタチ……。
なんか、ギリギリアウトな気もする……。
俺がチラチラとレイチェルを盗み見ながらベッドに腰を下ろすと、レイチェルはカップを置き、こちらを真っ直ぐに見た。
「今朝は突然来ちゃってごめんなさい。
でも、トモロウから世利さんの話を聞いて、あなたには、あたしの口から直接言わなきゃと思って来たの」
トモロウから……?
あの人に俺の体のことは、何も話していないはずなのに……。
俺たちのこと、どれくらい分かってるんだろう。
「あたしがここに来たのは、世利さんの体に起こってる現象について話すためだよ」
「つまり……この性転換は、君が原因なの?」
俺は、ついに確信に触れようとしていた。
レイチェルは小さく頷いた。
「うん、あたしだよ。それと、優成……あの男もね」
──あの男
俺はレイチェルのその言葉遣いに、僅かな違和感を覚えた。
レイチェルは悪びれる様子もなく話を続ける。
「あたしね…………見習い魔法使いなの」
突然、摩訶不思議な方向へ話が曲がった。
「え?……あ、占い師のときの名前でしょ?」
「そう、あの肩書は本当なの」
「…………」
レイチェルのあまりに真剣そうな表情に、俺は何も言えなくなっていた。
──魔法使い?何言ってんの?……若さか?
正直、この子の話に価値があるのかわからなくなってきた。
俺は落ち着きを取り戻すために、一口ココアを飲んだ。
「信じてくれない?」
「…………まぁね。
まぁ……でも実際に俺の体は変なことになってるんだよね」
俺は、説明できない現象を思い出して、静かにため息をついた。
「……信じるよ、とりあえずは」
俺の言葉に、レイチェルは安堵したような顔を見せた。
「世利さんの体の変化は、あたしの未熟な呪いのせいなの」
──呪い
また新しいワードが出てきたな……。
俺は一瞬白目を剥いて現実逃避した。
「呪いの内容は…………。
契約上、あの男の相談内容を話すわけにはいかないから、詳しくは言えないんだけど……」
それには心当たりがあった。
「もしかして、その内容って『優成が俺に長年片思いしてた』って話じゃない?」
「……そう、そうだよ。
もしかしてあの男、あなたに告白でもしたの?」
「うん……されたよ」
俺は年甲斐もなく動揺して頬を少し赤らめてしまった。
レイチェルは俺の表情を見て、一瞬何かを躊躇ったような顔をした。
「世利さんは、まだ返事をしていないんだね」
「…………どうして、わかったの」
「それはね……」
レイチェルの言葉の続きに緊張して、俺は喉を大きく鳴らした。
「世利さんが答えを出せば呪いが解けるからだよ」
その言葉と同時に、部屋の空気がピタリと止まり、俺は呼吸すらできなかった。
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