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俺はレイチェルの顔を見ながら、一瞬体が固まった。
優成の友情は、俺と同じような気持ちじゃなかった?
当たり前に隣に居て、バカやって笑いあって……。
たとえ優成が恋愛感情を持っていたとしても、それが俺たち幼馴染の関係性だと思っていた。
──優成はそう思ってなかったのか?
「優成が長年片思いをしていた気持ちなら、俺も少しは想像できるよ。
でも、その気持ちが失われたっていう意味はまだわからないんだ」
俺はぐるぐるする頭を落ち着かせようと額に手を当てた。
でもいくら考えても俺には“友情は失われた”という事実を理解できなかった。
「友情が恋に変わった、ってことじゃないの?
俺はずっと、そういうもんだと思ってたんだけど……」
ちらりとレイチェルに視線を向けながら、俺の考えを投げた。
するとレイチェルは、表情を崩すことなく優しく俺を見つめた。
そしてそのまま口を開いた。
「優成の友情は恋に変わってないよ。
そもそも、優成の一番の願いは世利さんと恋人になることじゃなかったんだよ」
「……え?」
レイチェルの言葉に、俺は間の抜けた声が出た。
優成は、俺と恋人になりたくてレイチェルに相談してたんだよな?
でも、それは一番の願いじゃなかった?
すると俺たちの間に一筋の風が吹いた。
それはレイチェルの髪をさらい、吹き抜けていった。
レイチェルは長い髪を耳にかけ直し、口を開いた。
「優成の一番の願いは、世利さんの隣にいることだよ」
──俺の隣にいること?
訳がわからず眉間にしわが寄った。
「それは……えっと?
恋人としてじゃなくってこと?」
俺の問いに、レイチェルは迷わず口を開いた。
「恋人になれるならなりたかったんだよ。
でも、優成はそれを諦めていたんだ。
だから、友人として世利さんの隣にいられればいいって……本気で思ってたんだよ」
その答えに、俺はようやくレイチェルの言葉の意味が理解できた。
優成は、俺の隣にいることを選んでいた。
たとえそれが──恋人じゃなくても。
優成の思いを想像した瞬間、喉が締め付けられるように感じた。
俺が早く気づいていれば、優成は苦しい気持ちにならなかったんじゃないか?
……いや、そうじゃない。
優成は俺が気づかないように、振る舞っていたんだ。
──俺の隣にいるために、ずっと
優成はどれほど悲しい思いを背負ってきたんだろう。
ビルの隙間から、さっきよりも強い風がビューっと吹き抜けた。
9月の夜の生ぬるい風が、俺の胸を湿っぽく変えていく。
俺は視線を下に向けて口を開いた。
「優成は、“俺の隣にいるための友情”が失われているんだね」
「そうだよ」
レイチェルの答えは簡潔だった。
俺は視線をレイチェルに向けて、一番知りたいことを聞いた。
「もし、俺たちが別れを選んだら……優成は俺の隣にいられなくなるの?」
俺の言葉にレイチェルは一瞬目を見開いた。
レイチェルから視線を外さず、俺は次の言葉を待った。
「あたしが言えるのは……」
レイチェルは少しためらい、そしてはっきりと答えた。
「優成が大切にしていた関係は失われたってこと」
その曖昧な答えが俺の胸をざわつかせる。
やっぱり、俺たちには一生代償がつきまとうのか……。
俺はあからさまに肩を落とした。
「でも……」
落ち込む俺を見つめながら、レイチェルは話を続けた。
「世利さんなら違った答えを見つけられるかもしれないよ」
「俺なら?どうして?」
その僅かな希望に、俺は身を乗りだすようにレイチェルの言葉を待った。
「それは、世利さんは友情が失われた実感がないからだよ」
レイチェルの言葉を聞いた瞬間、目の前が眩しくなった気がした。
その閃光のような言葉が、俺の心を明るく照らす。
俺は深く息を吸い込み、目を瞑りながらゆっくりと息を吐いた。
「俺は……優成との10年間を失っていない」
その事実が、俺の胸の中で小さな灯火になったのがわかった。
レイチェルは小さく頷き、そして口を開いた。
「世利さんなら……。
ううん、世利さんにしか優成の10年間を“違う形”に変えられない」
「レイチェルが占いへの想いを、“違う形”で存在させてるように?」
俺の言葉に、レイチェルはただ大きく頷いた。
俺が優成の10年間の想いを変える?
それが呪いの代償から、俺たちの関係を守る唯一の方法なのかもしれない……。
でも実際何をどうすればいいか、今の俺には想像もできていなかった。
漠然とした道筋だけが俺の目の前に現れただけで、ゴールなんていうものは全く見えないような状態だ。
俺は不安になってレイチェルを見つめ、口を開こうとした、その瞬間。
──カチャ
小さく扉が開かれる音がして、振り返ると扉の隙間からトモロウが顔を覗かせていた。
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