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黒②

長い一週間だった。 心も体も鉛のように重い。 俺は震える身体でなんとか服を着て、1週間ぶりに出社した。 久しぶりに外に出たら、青空がまぶしくて気持ちのいい空だった。 会社のビルの前で立ち止まって、そのまま上を見上げる。 スーツを着た自分と同じサラリーマンが、次々に通り過ぎていく。 恐ろしいぐらいに、いつも通りの日常だった。 足が少し震えている。心臓も痛いぐらいにうるさい。 本当は・・・怖くて怖くて仕方がない。でも出社しようと決心したのは、まだ会社を辞めたくなかったからだ。 仕事はやりがいがあって楽しいし、まだまだやりたいこともある。 会社には尊敬する上司や先輩、仲の良い同僚や慕ってくれる後輩もいる。皆の顔を思い浮かべたら少し勇気が出た。 皆がいれば大丈夫なはずだ。 大丈夫、大丈夫・・・ 言い聞かせてオフィスに入る。心臓がドクンと大きく動く。奥の席にあいつがいたのが一瞬見えた。 すぐに目をそらし、あいつを見ないようにして自分の席へ向かう。 何でよりにもよって隣の席なんだ・・・ 冷や汗をかきつつ、素早く席に着く。 あいつの気配を感じる、でも絶対に見ないようにした。心臓がとてもうるさい。 今にも叫びだして逃げ出したい衝動を抑え、震える手でPCを開く。 すると誰かが、近づいてきた。 同僚の白だ。少し遠慮がちに様子を窺いながら声をかける。 「なんか、久しぶり。体調大丈夫?」 「・・・うん、、何とか」 しゃがれた声で答えた。頑張って笑顔もつくろうとしたが、だいぶ強張ってしまった。 「あ、喉、大丈夫?」 「う、ん、ちょっと・・・まだ声変かな・・・」 「そっか、無理しないでね」 あまり話しかけるのも悪いと思ったのか、早々に会話を切り上げてくれた。 彼女と話してる間も、隣にいる赤の気配が痛かった。 その日は赤の様子が気になって、仕事に手が付かなかった。 同様に赤も仕事に手が付かず、こちらの様子を伺ってるのが分かる。 今日は一度も赤の顔を見ていない、あいつも俺の顔は一度も見ていない、それでもあいつの気配で分かる。 傍からみたら自分の仕事を各々淡々と行っているように見えただろう。 だが実際のところは、お互い必死になって、互いの気配を探って感じ取っていた。 どうにも落ち着かないので、個人ブースに移動した。 最近作業に集中できるようにと、会社が導入してくれた個人ブースは、少し狭くて圧迫感は多少あるものの、周りの音がなく静かに作業できる。ただ冷暖房が効かないので、利用している人は意外に少なく今日も空いていた。 ホッとして作業に取り掛かる。あいつの傍を離れた途端に、ようやく作業が進みだした。 よかった、今日中に何とか終わるかも。 と安堵した瞬間、個人ブースをノックされた。 大きく心臓がはねた。慌てて扉の方を向く。 一瞬赤かと思ったが、そこにいたのは直属の上司の|緑《りょく》さんだった。 「あ・・・」 「珍しいな、個人ブースで作業してるの」 扉を開けて話しかけてきた。 とっさにどう答えてよいか、頭が真っ白になって何も返せない。 緑さんが直属の上司になっても二年ほどになる。 俺はこの人をとても尊敬していた。緑さんも俺を信頼してくれるし、よく仕事の相談をしたりもしていた。 「・・・体調はどうだ?」 「・・・え、あ、大丈夫です。」 明らかにしゃがれた声になってしまったが、そう答えた。 「そうか、今日はもうあがれ」 時間はあと20分で定時の18時になろうとしていた。 「え?・・・と・・・でも、もう少しで報告書完成すると思うので」 「それ、急ぎじゃないから。明日やれ」 そんなことはないと思った。俺が一週間休んだことで色んなところで業務調整してくれてるはずだ。 これ以上迷惑もかけたくないし、むしろ残業したかった。 「あの、」 「まだ本調子じゃないだろ、これ命令だから」 ぶっきらぼうに答えて、返事も聞かず行ってしまった。 あそこまで言われると、もう帰るしかなかった。 せめてギリギリまで作業して、PCを自分のデスクに戻しに行った。 赤は席を外していて、かなりホッとした。 戻ってこないうちに素早くPCを引き出しに入れて、足早に帰った。

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