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第1話 甘くて危険な君の隣
side 一ノ瀬 遥(いちのせ はる)
布団の中で拓実に抱き寄せられ、耳元に落ちる声と体温に心地よさを覚えていた。
いつもみたいにクールで強引なのに、今はどこか優しくて……気づけば、俺は素直に彼の胸に甘えていた。
「……拓実」
「ん?」
「……なんか、落ち着く」
「だろ? 俺もだよ」
そう言って、拓実は俺の頭をぽんぽんと軽く撫でる。
その仕草がやけに愛しくて、胸がじわっと温かくなった。
「……もう、こうしてると眠くなる」
「いいよ。寝ろよ。お前も疲れてるだろうし、俺の体もまだ万全じゃねえしな」
低く落ちた声に、思わず顔が熱くなる。
「そ、そうだな……」
「はは、何? 期待してたの?」
布団の中で体をきゅっと引き寄せられる。
拓実の胸にすっぽり収まって、鼓動が耳に響く。
その音が心地よくて、安心できて、抵抗する気持ちはもうなかった。
「……拓実、ほんと……ズルいな」
「俺はお前の彼氏だからな。甘えさせて、期待もさせて、全部俺の役目」
耳元に落ちる声が甘すぎて、瞼がじわじわ重くなる。
意識が遠のいていく中、最後に聞こえたのは――
「……おやすみ、遥」
その囁きと体温に包まれながら、俺は静かに目を閉じた。
*
――朝。
ふと目を開けると、やけに重い。動こうとしても……動けない。
「……え?」
視線を落とすと、拓実の腕が俺の胸の上と腰にしっかり絡みついている。完全にホールド状態。
……おい。
しかも顔を近づけると、無防備な寝顔でぐっすり眠っていた。
「……ちょ……拓実……重い」
声を潜めて呟いてみても、拓実はびくともしない。
苦笑しながらも、その寝顔をじっと見つめると――やっぱり、かっこいい。
寝てても整った横顔で、まつ毛長くて、息づかいも穏やかで。
「……ずりぃなぁ」
普段は男らしくて俺を振り回すくせに、今は腕にぎゅっと抱え込んで離さない。
そのギャップがあまりに可愛くて、胸がドキドキして仕方がなかった。
「……かっこいいし、可愛いし……やば……」
俺は完全に、拓実に負けっぱなしだ。
でも――それでもいいけどな。
布団の中で密着したまま、拓実の寝息を聞きながら、俺はまた小さな笑みを零した。
がっちりホールドされたままどうにもできずにいると、腕の中の拓実が小さく息を吐いた。
まぶたがゆっくり開いて、眠そうな瞳が俺を捉える。
「……ん……遥?」
「っ……お、おはよ」
思わずどぎまぎして返すと、拓実はぼんやりしたまま、俺をさらに抱き寄せた。
「ふあ……なんだ、夢かと思った。……本当に隣にいる」
「な、何言ってんだよ」
「はは……可愛い」
寝起きの声は低くて少しかすれていて、それだけで妙に色っぽい。しかもその顔で「可愛い」とか言うし。
「……離してくれねぇと、動けないんだけど」
「んー……やだ。まだ寝てたい」
「子どもかよ……」
呆れたふりをしながらも、心は嬉しがってる。
「……遥、あったけー。……ずっとこうしてたい」
「っ……」
耳元で囁かれて、思わず目を逸らす。
なのに、拓実は俺の頬を指でなぞりながらゆるく笑った。
「遥の顔、真っ赤。……なあ」
「な、なんだよ」
「キスしていい?」
不意打ちに言葉を失った瞬間、拓実の唇が俺の唇に触れる。
柔らかく、深く、じわじわ甘さを重ねてくる。
「……ん……っ……」
朝日が差し込む部屋で、まだ眠気の残る体に、熱が広がっていく。
唇が離れた時、拓実はにやりと笑った。
「……俺の“おはよ”は、これから毎日これな」
「なっ……バカ……!」
顔が一気に熱くなる。けど、胸の奥はもう抗えないくらい満たされていた。
「……俺、やっぱり拓実に勝てねぇわ」
「勝たなくていいじゃん。俺が全部守ってやるから」
拓実の腕の中で、また唇を奪われる。
俺は結局、彼に甘く絡め取られて――気づけば笑ってた。
少し沈黙して、拓実がそっと腕を離し立ち上がる。
まだドキドキしながら、俺はキッチンに向かう後ろ姿をぼんやり見ていた。
鼻歌をうたいながら、フライパンを手に器用に食材を返す姿。
寝起きの顔のままのラフさと、ちょっと色っぽい手つきに、思わず目が離せなかった。
「……ほら、卵焼きできたぞ」
さっきのキスで散々からかわれた俺は、まだ火照った顔のまま椅子に腰を下ろす。
香ばしい匂いが部屋に広がって、朝の空気と一緒にちょっと落ち着きを取り戻す。
拓実は振り返らずに、手際よく皿に卵焼きを盛りつける。その背中をぼんやり眺めながら、俺は小さく息をついた。
「……え、拓実が作るとか、未だに信じられねぇ」
「ふふ、昨日も言っただろ。ほら、食べてみ?」
差し出された皿の卵焼きをひと口。
ほんのり甘くて、口に入れた瞬間ほっとする味が広がった。
「……うまい」
「だろ。俺、お前を朝から元気にさせるプロだから」
「なんだそれ……」
くだらないやり取りなのに、胸の奥がふわっと温かくなる。
こうして一緒に食卓を囲むだけで、なんだかすごく幸せだ。
食器を片づけ終えると、拓実がジャケットを羽織り、玄関に向かおうとした。
振り返ったその目が、まっすぐ俺に向く。
「じゃあ、今日はクライアントと打ち合わせだから……」
言った瞬間、拓実の表情が曇る。
「拓実、どした?」
「……いや」
低く落ちた声に、胸がざわつく。
「なんでもないよ」
けれど、拓実は言葉を切って背を向けた。
……何かがある。
そう確信したけど、問いただす勇気が出なかった。
――ドアノブに手をかける彼の背中が、妙に遠く見えた。
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