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第26話 一足飛びの提案

氷岬が朝起きると、煌誠は風呂に入れたり水を飲ませたりして甲斐甲斐しくお世話をした。 そして落ち着いたあと、薄い紙を一枚テーブルの上に置いて「結婚するぞ、氷岬」と告げる。 「……本気ですか?」 子どもが生まれる家族形成は男同士でも女同士でも普通だが、子どもを望めないパートナー同士の結婚はごく僅かだ。 結婚の多様性が認められるようになった最近では、出来ないわけではないが珍しいことに変わりはない。 煌誠がこうした冗談を言わないことは理解しているつもりだが、それでも思わず確認してしまう。 「煌誠さんは、若頭として跡取りを」 「俺が親父から言われてるのは、結婚しろってことだけだ。子どもを作れなんて、言われていない」 「そうかも、しれませんが」 言われていないからといって、期待されていないわけではないだろう。 「実際親父だって、βの男同士で結婚してるだろ。俺だけが駄目だと言われる義理はねぇ」 「それは……確かに、そうですね」 組長はβの女性と一度結婚したものの、夫婦生活が上手くいかず、跡取りを作る前に離婚した。 そして、前組長が死んで跡を継いた時、βの男性と再婚したのだ。 「わかったら、さっさとサインしろ」 「因みに、拒否権は」 「あるわけねぇだろ」 「ですよね」 煌誠の暴君ぶりは相変わらずだ。 しかし、それを憎めないのは、なぜだろう。 氷岬は煌誠から差し出されたペンを受け取って婚姻届を眺め、証人欄を見てとっくに組内の了承を得ていたことを知る。 証人欄には、組長の名前とオジキの名前が記載されていたのだ。 「後悔はして欲しくないので、うかがいますが。これを出したところで、これから先、煌誠さんに好きな人が出来たら、どうするつもりですか?」 これだけ組に資金を提供した自分を、邪魔になったからという理由で殺すことはないだろうが、念の為氷岬は煌誠に尋ねた。 離婚しろと言われればするつもりだし、万が一にも殺されるくらいなら、今のままのほうがお互いのためにも断然いいだろう。 氷岬の問いに、煌誠は開いた口がふさがらない、とでも言うかのように目を見開いて固まった。 「煌誠さん?」 「お前……いや、マジでわかってねぇのか?」 「何をですか?」 「鈍いにもほどがあるだろ……いや、肝心なところで氷岬が抜けてるのはいつものことだが」 「ちょっと酷くないですか、煌誠さん。仮にも組の稼ぎ頭に向かって」 難しいことは氷岬に丸投げの若頭に言われたくはないと、氷岬は口を尖らせる。 煌誠はそんな氷岬の後頭部に手をかけて自分の顔に寄せると、ちゅ、と唇を合わせるだけのキスをした。 「煌誠さん?」 「氷岬。俺はお前が好きだから、結婚するんだ」 「……え?」 煌誠は俯いて、自分の髪をくしゃくしゃと掻き混ぜた。 それは煌誠が照れた時の仕草だと、氷岬は知っている。 「俺が人生をかけて傍にいたいと思った相手は、お前だけだ、氷岬」 「……煌誠さん……」 顔を上げた煌誠は真剣な顔をしていた。

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