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第7話「最高に幸せ」

 シャワーを借りて、クロムが貸してくれた柔らかい布地の寝間着を着る。  新しそう だけど、クロムの匂いがする気がする。大きいし。なんだか、胸が、ドキドキうるさい。  髪を拭きながらバスルームを出ると、クロムが水を差しだしてくれた。お父さんは気を使ったのか、早々に寝室に消えたので、二人きりだ。 「リンがここに泊まるの、いつぶりかな」 「んー……十年とか?」  水を飲みながら、考えてそう答えた。 「それくらいかもね」  そう言って穏やかに笑いながら、クロムはオレを見つめた。 「仕事放り出してきたから、すごい連絡入ってた。――結婚するって伝えたらますます凄そうだから、まだ言ってない。帰ったら、ちゃんと話すね」 「うん……それがいいと思う」  クロムが結婚、なんて。多分、こっちも王都も、大騒ぎになると思う。  まして、相手がオレみたいな普通の奴、と分かったら……?  うーん……大丈夫、かなあ……。  なんだかすごく、そわそわする。 「リン、今は体、落ち着いてる?」 「うん」 「一緒に寝ても平気そう?」 「分かんないけど、いまのところは平気そう」  そう言うと、クロムに手を取られて、クロムの部屋に連れていかれる。  暗めの明かりだけつけて、その雰囲気に、わー、とドキドキしていると。  すぽ、と抱き締められた。 「今日は――このまま、寝よっか。一日のなかで、いろいろありすぎたでしょ」  くすくす笑うクロムの、体の揺れが直に伝わってくる。  あったかいし。優しいし。――嬉しい。  背中に手をまわして、きゅ、としがみつくと。 「――リン……」  ゆっくり大事そうに名前を呼ばれる。  ああ、なんか……久しぶりに、クロムの声で呼ばれて、めちゃくちゃ嬉しい。 「クロム……」  オレも、めいっぱい大事に、クロムの名前を呼んだ。  ふ、と笑うクロムの気配。  そのままひょい、と抱き上げられて、ベッドに降ろされて――。  ちゅ、と頬にキスされた。ドキドキしすぎて、心臓がもたないような。緊張したまま、クロムを見つめていると、クロムがそっと、手を差し出した。 「手、つないで寝ようか」 「うん」  とっさに頷くと、クロムがふわ、と笑う。  二人でベッドに横になって、向かい合う。そっと手を取られた。 「――」  めちゃくちゃドキドキして、何も言えずにいると、オレと同じように黙っていたクロムが、はぁ、と息を吐いた。 「二年ぶり、なんだよね、リン」  きゅ、と手を握られる。 「……ほんと、会いたかった」  繋いだ手と反対の手で、抱き寄せられて、すっぽりとクロムの腕の中。  オレも、すごくすごく、会いたかった。 「リンと話したいこと、たくさんあるけど……今日は、もう寝よ? 明日、リンの体調が良かったら、一緒にリンの働いてる店に行きたいんだよね」 「オレの店? 何で?」 「これからどうするかとか、話した方がいいだろうから」 「……うん。そだね。いいの? 一緒に行ってもらって」 「行きたいから」 「ありがと」  と。いうことで。  その夜は、そのまま目を閉じて、クロムとくっついたまま眠った。  ほっこり優しい夢をずーーっと、見ていたような気がする。  翌朝。クロムのお父さんと三人で朝食を取ってから、抑制剤がきいている間にと家を出て、オレの働いていた店に向かった。まあ抑制剤が効いているのか、まだそんなにちゃんとしたヒートでもないのか、そこらへんはよく分からないのだけれど。  こんなにはっきりしない状態で、仕事のこれからとか話せるかなと、ドキドキしていた。昨日の段階では、今後の様子を見てからということになったと、クロムにも伝えたうえで来たのだけど。  そもそもクロムが働くのは王都だし、オレはどうしたらいいんだろう。  クロムとオレが店に入った時、店内にはまあまあお客さんが居たのだけれど。  会計をしていた以外の皆が、会計の後ろのスペースに集まってしまった。というのも――。  クロムは、地元では本当に有名で――顔を出しただけで驚かれて、なのに、オレと結婚するなんて言ってしまったら、もう皆が大騒ぎで、次々集まってきちゃったのだった。  オレがΩだったから仕事を休むかも、ってところまでは皆知ってたんだけど。  昨日の今日で、結婚とか言い出したわけで、もうほんとに皆、驚いていた。ていうか、一番びっくりしてるのは、オレな気がするけど。 「あのね、クロムとは幼馴染だったんだけど……結婚、することになって」  揃った皆に、改めて報告すると、店の女の子たちなんて、いいなあって、すごい騒ぎだした。 「クロムさんと結婚できるなんて、もう最高ですね!」  オレにそう言った女の子に、クロムが「それは違うかも」と首を振った。  皆が、違うって? とクロムを見る。 「リンと結婚できるオレが、最高に幸せなので」  一瞬の静寂の後、きゃあきゃあ騒ぎ出した皆。オレは真っ赤だし、クロムは、らしくないと思うくらい、ニコニコしている。  お客さんまでが「なんだなんだ」と周りを取り囲んできて、その人達もクロムを知ってる人が多くて、改めてびっくり。  狭い町の、優秀過ぎるカッコよすぎなαなんて、なんなら町長の顔より知られているかも……。  分かってはいたんだけど、予想以上だったのを思い知る。

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