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第1話

そいつは特別声がよかったわけじゃない、熱心にいつもアドバイスを聞き、役に憑依していた。誰かが言った。あいつは本当になるかもしれない、だって天才だから。 高校の頃、声優という授業があった。 実際に有名なアニメの声を当ててる大御所の声優が指導してくれることになって、俺たちは高揚した。ホンモノの声優を前にして、圧倒された。普通のおばさんなのにオーラがあって、マイクを持つと一回り膨らんだように見えた。これがプロか。 それは初めて経験するような不思議な感覚だった。声優を目指してる男子も女子もその人の前では気取った声を出した。声を高くしたり低くしたりして、自己陶酔していたように映った。俺もそうだった。なんとか目をかけて欲しい、でもその先生がアドバイスしたのはあいつだけだった。 実際に声優になりたい人はどれだけいる?   そして、最初にこんなことを聞いた。半分くらいが手を挙げた。背筋を伸ばして、手を真っ直ぐ伸ばしてる少年の後ろ姿が目に入った。この授業を取るとは思えないクラス一軍の羽田だった。意外だと思った。スポーツ狩りの髪に高身長で優秀な成績。誰にでも気さくに話しかけていて、三軍の俺らの中にも鮮烈な憧憬を抱くやつもいた。すごくモテるわけじゃない、でも、言葉選びとかぶっきらぼうな話し方とか、コアなファンが多かった。なんかハタってよくない?あたし、狙っちゃおうかな。女子同士の会話で牽制する場面を見たことがあった。 「キャンキャン」 アニメの犬の声を当てた時、みんなが恥ずかしがっていたのにハタだけは真面目な顔で、ワントーン上げて声を作った。くすくすと笑い声が混じる。 「今笑った人、出てって。彼は上手いわ」 お礼を言って、ハタは照れくさそうに顔を上気させていた。 セリフ合わせの時にハタと俺は親友の役を演じた。結果的に俺が足を引っ張った。自然体ではなかった。次の週も同じ2人で演じてくださいと、先生に言われた。授業終わりにハタに謝った。 「俺が足引っ張った」 「んなことねぇよ。でも、気にしてんならさ。ちょっと親友ごっこしようぜ」 俺はなんのアニメ見るの?と言われた。俺は逡巡して答える。 「スポーツアニメはかなり好き。なんか、自分がスポーツ出来ないから、自己投影してる感あるかも。他のも見るよ。ハタは何のアニメ見るの?」 本当はもっと、違うアニメも言いたかった。引かれると思って抑えた。 「スポーツアニメいいよな。俺の姉貴が腐女子だから、色々教えてくれる。この間は異世界ハーレム物を見たな。チートなしで剣の腕だけで、成り上がってくるストーリーなんだけど引いた?」 「お、俺それ見てる!すげぇ面白いよな!剣の描写がリアルで、原作も読んだ!」 「あれ、アニメだとマリサ出てこないの、許せん」 「わ!わかる!」 「すげぇ、こんなん話せんの春川くらいだわ」 ハタが笑った。俺はその笑顔に見惚れた。 何かが始まる、そんな予感がした。 共通の趣味で一気に距離が縮まった経験、ありませんか?

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