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第1話

「言葉って火に似てると思うんだ。精魂込めて書いた文字が野火のように広がって、炎上する。俺なんて昔付き合ってた料理人と別れた時に|鮪《まぐろ》って書いた文字が一気に拡散されて、超怒られた」 意味のわかった生徒たちは笑いながら、「それ、祭李先生が悪いって」と詰った。 秋島祭李(あきしままつり)は一文字うん万円もする著名な書道家だ。母校に貢献したいと週に一度、筆を持つ。達筆で、流麗な文字を書く。最初の線は力強く、平仮名は小さくバランスを考えて、止めると跳ねるはメリハリをつけて、そう教えてもらっても同じようにはならない。でも、それでいいと先生は肯定する。 「言葉って、たまに魂が乗るんだ。そんな時はチート!俺すげぇって何枚も書く。だから、お前らもたくさん書け、今に上達する感覚がわかる」 「先生、言葉の選択が若い」 「アラサー舐めんなよ」   この時間はみんな身体が弛緩していて、緊張を解いている。祭李先生の良くも悪くも豪放磊落さが、生徒たちの心を掴んでいた。 「菱田は龍か、チャレンジャーだな。ここ……筆持ってみろ」 僕が書いた龍という文字を手直ししてくれる。僕の手を上から握る、すっぽりと覆い隠す。手が大きくて、赤い墨汁が付いていた。祭李の荒削りだが、端正な顔立ちが近づいて、心臓が拍動した。すっと、顔が遠のく。 「女子はなしな。いま、セクハラだって言う親もいるから」 「男子だけズルい」 僕は暫く顔があげられなかった。顔が紅潮してるのがわかる。 先生のことが好き、教室に忘れ物をした時にそんな声がして立ち止まった。 「ありがとうな。でも、俺で青春を棒に振ってはダメだよ」 それは僕にも言われているようで、すっと火のように燃えていた心臓が熾火のようになり、小さくなった。それは諦念ではなくて、抑制だった。 それから卒業後、再び会う機会があった。 先生の個展に招待された。 「祭李先生、個展おめでとうございます」 クラス委員長が代表して、花束を渡す。万雷の拍手が起きる。隣のクラスも殆どの生徒が来ていた。祭李はふっと目尻を和らげて、優しく微笑んだ。 「おお、ありがとう。みんな逞しくなっていて、嬉しいよ」 「お気に入りの一枚はどれですか?」 祭李先生が歩いていく。それに着いて行くと「龍」という文字が威厳のある姿で、僕らを、僕を見つめていた。 「ある生徒が言ったんだよ。先生の文字は面白いって。綺麗とか厳かとか、そういう言葉は言われたことがある。なのに、常に言葉と向き合っているのが伝わってきて誠実な人だと思う、俺はその生徒から金言を貰ったんだ」 一泊置くと、先生は僕を見た。   「そんなこと、誰にも言われたことない」 そこには確かに火があった。

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