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04-1 好きになったかも(1) 民の怒り、王の決意

王城の執務室には、昼だというのに重苦しい空気が満ちていた。 窓の外からは、民衆の叫び声や騒音がわずかに響いてくる。 ユリウスは机に並ぶ文書に目を落とすが、指先は小刻みに震えていた。 城下が騒乱に包まれている。 反国王派の貴族たちが民衆を扇動し、税の不満や王族への不信を煽っているのだ。 「……民が剣を取るなど、あってはならないことだ」 低く呟いた声は、震えを帯びていた。 そんな彼の背後から、朗らかな声が割り込んだ。 「心配するな、ユリウス。俺が出れば一発で静まる」 レオンハルトである。 豪胆な笑みを浮かべ、机に肘をつきながらユリウスを見つめていた。 「お前は……すぐに力に頼ろうとする」 「頼れる力があるんだ、使わなきゃ損だろ?」 「馬鹿を言うな! 相手は民だぞ! 剣で討てば、国が壊れる!」 感情を露わにするユリウスに、レオンハルトは肩をすくめた。 「討つんじゃねぇ。従わせるんだよ」 「……!」 あまりにも自信に満ちたその言葉に、反論が喉に詰まる。 そこで、後ろに控えていた副官のロイが一歩進み出て口を開いた。 「恐れながら殿下、レオン様の言うことは一理あります。無秩序な反乱は、いずれ自らをも滅ぼす。民にそれを知らしめるのは、時に力かと」 「ロイ……お前まで……」 ユリウスの声が震える。 その時、扉が叩かれた。 「失礼いたします」 側近のルカが入室し、深刻な面持ちで報告する。 「城下で反乱が拡大しております。市民が集会を開き、反国王派の貴族に扇動され、王族への不満を叫びながら城門へと押し寄せております」 「な……!」 ユリウスは立ち上がり、思わず窓の外を覗いた。 遠くに見える広場には、人々の群れ。旗を掲げる者、石を投げる者。その熱気は、もはや収まりそうにない。 「……民が……こんな……」 唇が震える。 その肩に、大きな手がそっと置かれた。 「大丈夫だ、ユリウス」 レオンハルトの声は驚くほど落ち着いていた。 「俺が行く。民を敵に回すんじゃなく、正気に戻させりゃいいんだ」 振り向いたユリウスの瞳に、彼の笑みが映る。 余裕と、揺るがぬ自信。そして――どこか優しさを含んだ眼差し。 「……本当に、出来るのか?」 「出来るさ。俺はこの国の聖者だ。……それに」 レオンハルトはふっと顔を近づけ、耳元で囁いた。 「お前の国だからな。俺が守ってやる」 その低い声に、ユリウスの心臓が跳ねた。 「ば……っ、馬鹿を言うな! 守るのは国だ! 私じゃない!」 「そうか? でも俺にとっちゃ、お前を守ることが国を守ることと同じだぜ?」 さらりと言い切るその姿に、ユリウスは言葉を失った。 「……も、もう……勝手にしろ……」 小声で吐き捨てると、レオンハルトは楽しそうに笑った。 「了解。じゃ、出発するぞ」

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