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10-3 思い出を下さい (3) 灰色の城壁の中で

王都を発ち、二日目の街道。 馬の蹄が土を叩き、乾いた風が頬を撫でていく。 レオンハルトは馬上で伸びをしながら、のんびりと空を見上げていた。 「……しかし、久しぶりだな。王都の外に出るのは」 隣で馬を進めるロイが視線を向ける。 「戦場ではなく、外交の旅というのは不思議なものですね、レオン様」 「ああ、俺には似合わねぇよ。国を出る時は戦であってほしいなぁ」 レオンハルトは笑って肩をすくめた。 「そうですね、私も剣を振るっている方が性に合っています」 そんな軽口に、二人は苦笑した。 「でも、今回はレオン様の存在こそが交渉の鍵になります。……隣国は“聖者”が目的なのだから」 「聖者ねぇ」 レオンハルトは鼻で笑う。 「拳しか取り柄のねぇ俺を、持ち上げすぎだろ」 「それでも、レオン様は英雄です。少なくとも、国にとっても、私にとっても」 ロイは静かに言い切った。 そして、ちらっとレオンハルトの顔色を伺う。 レオンハルトは「そうか?」ととぼけたように答え、すぐに前を見据えた。 **** 三日後。 二人は隣国シュタイン帝国の城門前に到着した。 灰色の城壁は高くそびえ、兵士たちの目は鋭い。 「……歓迎してる雰囲気じゃねぇな」 レオンハルトが低く呟く。 兵士たちは無言のまま槍を構え、入国の手続きを進めた。 形式上は礼儀を尽くしているが、そこには露骨な敵意がにじんでいた。 「ようこそ、聖者殿」 やがて姿を現したのは、金糸の刺繍をまとった青年だった。 その笑みは柔らかいが、瞳は冷たい。 「私は宰相、ディートハルトと申します。遠路はるばる、お疲れでしょう」 ロイが一歩前に出て、礼を取る。 「アルビオン王国より参りました。ご挨拶を賜り光栄です」 ディートハルトは微笑んだまま、視線をレオンハルトへ移した。 「そして……噂の聖者殿。あなたにお目にかかれることを、我が国の栄誉といたしましょう」 「……へぇ」 レオンハルトは口の端を上げる。 「歓迎って割には、槍がやたらとこっち向いてんじゃねぇか」 一瞬、場が凍りつく。 ロイがすかさず割って入り、空気を和らげた。 「お気を悪くなさらず。道中の警戒が続いているだけでしょう」 ディートハルトは笑みを崩さず、手を振った。 「その通り。魔族の影が迫っているのです。……どうか、お気を悪くされませぬよう」 その声音は礼儀正しい。 だが、どこか底知れぬ意図を含んでいた。 **** 夜。 用意された客室に入ったレオンハルトは、窓辺に腰を下ろした。 街を見下ろす視線は険しい。 「……やっぱり怪しいな。この国のやつらは」 ロイは椅子に座り、書簡を広げていた。 「同感ですね。表面上は友好を装っているが……警戒が強すぎる」 「歓迎じゃなく監視だな」 レオンハルトは苦笑し、拳を握る。 「いざとなりゃ、拳でぶち破ればいい」 ロイは溜息をついた。 「外交の場ですよ、レオン様。もう少し自重してください」 「ははは。そうだな」 しかしその口調には、わずかに笑みが混じっていた。 二人の間に流れる空気は張り詰めていながらも、不思議と心地よい。 **** その頃。 隣国の奥深く、豪奢な部屋の奥で、ディートハルトは一人呟いた。 「……聖者。確かに力はある。だが、愚直な拳では世界は変えられまい」 その瞳には、薄い狂気の光が宿っていた。

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