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ヴァイゼ、おまえは心根が美しすぎる。いまの私はおまえをまっすぐみつめることができない。おまえの言葉に従えばよかったと思った時はもう手遅れだった。せめて生きてくれ。私の宰相。
これが王の最後の言葉だった。
俺は努力したつもりだった。ひたすら尽くしてこの身を捧げた。王のために、国のために。善良だったからではない。ただそうするべきだと信じていたからだ。
このやみくもな信念が邪魔をして重要なことが見えていなかったと気づいたのは、何もかも手遅れになってからだった。俺は王に捨てられ、故郷を追放されたにもかかわらず王を助けようとした愚か者だったが、結局なにひとつうまくいかなかった。俺には運と力がなく、この身を捧げたはずの王も死に、いまや荒野にひとりでいる。
この土地には身一つで放浪するよそ者を暖かくむかえる人間などいない。貧しい村は俺を警戒し、裕福な町は冷たくあしらった。俺はそれも当然の罰だと思ったが、死ねないというだけの理由で放浪を続けていると、物乞いの老婆が俺をあわれんで堅くなったパンをくれた。
俺は遠くに森の影が見える道を歩いて行った。夜明けの白い光のなか朝日がのぼり、青空を横切って午後の黄色い光を放ち、地平線に近づいていく。このあたりはとてもゆたかな土地なのに、この道の一帯は見捨てられていた。耕されることもなく、一頭の家畜も放されていない。
ところがずっと歩いていくと、斜めに落ちていく日差しの中で、きらりと光るものがあった。近づくにつれてそれは人の姿になった。きらびやかなマントを着てベールをまとった娘だった。
「こんなところで何をしている?」
娘はこわばった顔で俺をみつめ、泣き出した。しゃくりあげながら彼女が話したのは、森の手前の岩場に眠る魔物のことだった。
それは十二年に一度目覚め、人をひとり食うまでは村を襲いつづけます。とても豊かなこの土地に潜む唯一の汚点です。
村の人々はこれまで、魔物が目覚める時をみはからって若い娘を差し出してきた。娘は貧しい家の生まれだったが、春に村を出て町へ行った若者と恋人同士だった。若者から手紙が来て町で一緒に暮らそうといわれた矢先、父親はいけにえとして村長に娘を売ったのだ。
「魔物はこのマントとベールを目印にしているのです」
「俺にそれをくれ。かわってやるから町へ行くといい」
娘は驚いた顔で俺を見返したが、黙ってマントとベールを脱いで足元の地面に落とした。ごくふつうの容姿の娘で、俺は早く行けと手を振った。娘が荒野を駆けだすとマントを拾って羽織った。金糸と銀糸の刺繍が夕日に照り映えている。
俺は岩場に向かって歩きはじめた。魔物と戦える武器はなかったし、そもそも俺は兵士ではない。今は宰相の頃のように策略をめぐらす気力もなかった。ただ、若くて待つ人のいる娘の未来を思うと自分が代わる方がましだと思ったのだ。
だが、もし魔物が俺で満足しなかったらどうなるだろう? 村人は娘が逃げたと知り、町へ探しに行くかもしれない。しかしそのとき俺はもういないのだから、あとは彼らの問題だ――そんなことを思ったとき、目の前に巨大な影が落ちた。
こいつが魔物か。
それはてらてらした黒い異形で、一度は尖った耳と尾をのばした獣のようにみえたが、俺がまばたきすると醜い巨人のようにみえ、またまばたきすると今度は鱗と棘のある竜のようにみえた。その肩がパカッと開いたと思うと、白いうねうねした触手が飛び出して俺のベールとマントをはぎ取った。俺は思わず目を閉じて、怪物がいまどんな姿をしているのかわからないまま、早く終われと心で念じた。
ところが終わりはこなかった。そのかわりつんつんと首筋をつつかれ、服の下にぬるりと何かが入りこんでくる。
目をあけると白い触手が首や脇や服の裾から入りこんで俺の肌を撫でていた。俺はぶるっと体をふるわせた。異形に撫でられているというのに、それが呼び起こしたのは快感にほかならなかった。しかもそれは昔の――王が俺を信じていたころのことを思い出させた。
「くっ……どうせならひと息に……あっ……」
胴に熱いぬめりをおびたものが巻き付いた。異形の長い舌が俺の体をもちあげたのだ。そのあいだも白い触手は俺の体のあちこちを、ずっと忘れていた快楽を感じる穴を弄りまわした。生暖かい、みょうに甘い息が顔にかかる。尻の奥に入ってくるものを感じたとたん、俺はたまらず異形の魔物に抱きついた。
いつのまにか体はべとべとに濡れている。太く熱いものが俺の中をずくりと突くと、ずっと忘れていた真っ白い快楽が脳天をつらぬいた。そのまま何度もずくずくと突かれながら、胸や口の中、脇の下と、感じる場所を執拗になぶられ続ける。すでに何の自制もきかず、俺は王にも聞かせたことのないはしたない声をあげていた。ついにひときわ強く奥を突かれ、熱いものがはじける。
「ああっ、あ、ああああああ―――」
快楽のあまり涙がこぼれた。このまま喰われるのならむしろ幸せだ、そう思ったときだ。
どさりと地面に投げ出されて、俺は愕然とした。魔物の影がずりずりと岩山の方へあとずさり、だんだん薄くなった。しまいに溶けるように消えてしまって、残ったのは全身を粘液まみれにされた俺ひとり。
騙されたような気分だった。魔物は人を喰うのではなかったのか。俺はこんなありさまで、まだ――
俺はよろめきながら立ち上がり、ぼろぼろになった服の上にマントを羽織って、ベールを首にまきつけた。魔物の岩山の向こうには森がある。頭はまだ快楽の余韻でぼうっとして、まともにものを考えられないし、火照った体の奥が甘く疼く。
どうにかしてこれを冷まさなければ、と思ったのもつかのまだった。黒く汚れた手が背後から俺の口をふさいだ。
「こんなところで何をしてるんだ、お嬢ちゃん?」
横から誰かがはやすような声がした。盗賊にちがいない。このマントとベールのせいだ。俺はもがき、二人組の髭面の盗賊を振り払おうとした。
「おや? こいつおとこ――」
髭面のなかで男たちの目が光った。こんどこそ終わるのかと俺は思い、そのとたん抵抗する気を失くして力をぬいた。いつ、いや、もっと早くこのときが来てもよかったのだ。
地面にうつぶせに倒され、盗賊がのしかかってくる。服がびりっと破れて、魔物の粘液で敏感になったところを探られる。
「あっ」
ほてった体がびくんと反応し、頭の芯がぼうっとしてくる。のしかかった男の荒い息が首筋にかかると、俺は襲われているのか自分から尻を差し出しているのかわからなくなった。
きっとさっきの魔物のせいで俺はおかしくなってしまったのだ。今はここに挿れてほしくて、それだけしか考えられない――
「はぐぅっ」
背中で盗賊が妙な声を出し、ふいに拘束がとけた。
「大丈夫か?」
盗賊どもとはちがう知性を感じる声が響いた。パサっと何かが背中にかけられ、俺はなんとか体を起こす。そこにいたのは革の胴着をきた騎士で、紋章付きのマントを羽織っていた。兵士がふたり、俺を襲った盗賊たちを引き立てていく。
「間に合ってよかった。歩けるか?」
俺はうなずいて立ち上がる。森の奥からかすかに煙の匂いがして、大股で歩く騎士についていくと橙色の焚火を囲む野営地があらわれた。騎士が率いる小隊で盗賊退治の最中だという。野営番の兵士が温かいスープとパンを出してくれた。
「食事をして休むといい。いったいどうしてこんなところに?」
俺は迷ったが、帰る国がなくなってさまよっていること、魔物のいけにえにされそうな娘に代わってやったことを話した。
「奇特な人だな。それで魔物には遭遇したのか?」
「あ、ああ。喰われるのかと思ったが、なぜか放り出されて……」
「ああ、だからか」
何が「だから」なのだと俺は思った。見ると騎士と兵士たちが俺をじろじろ見ている。
おなじような視線を向けられたことはこれまでもあった。宰相の任を解かれ、王の庇護を失ったあと、何人かの男はこんな目で俺を見るようになったのだ。だから俺はあわてて王城を逃げ出すことになったのだが……。
「おまえは魔物とつがったのだ。魔物の体液は誘惑香になる。だからおまえは……」
騎士が低い声でささやく。俺は立ち上がろうとしたが、遅かった。あっという間に毛布をはぎとられて、その上に転がされていたのだ。
魔物の粘液にまみれた下着をずるりと下ろされると、俺の頭もさっき盗賊に襲われたときのようにぼうっとしはじめた。兵士のひとりがデザートでも食べるみたいに俺の股間を舐め、もうひとりがよこから胸をまさぐった。
「あうっ……あっ、はぁん……」
きっと何もかも魔物の体液のせいだ。でも俺の口からは喘ぎが止まらず、体は彼らがくれるものを求めている。快楽に煙った視界のなか、騎士が厳かな顔つきでベルトをゆるめ、ズボンを下げた。堂々と上を向いた太い雄に俺の喉がごくりと鳴った。魔物のあれのせいでひくひくと疼いていたところにそれが入ってくると、待ちかねたように中がきゅっと締まった。
「お、おお……」
騎士が感極まったような声をあげ、俺を揺さぶりはじめる。野太い声をあげながら激しく打ちつけられたとき、すぐ近くで狼の咆哮が響いた。
「―――!!」
緊張とぞっとするような沈黙のあと、俺はまたどさっと地面に放り出された。俺を組み敷いていた騎士と兵士が蜘蛛の子を散らすように駈け出すむこうに、野獣の眸がふたつ光っている。
またか、と俺は思った。魔物、盗賊、騎士たち、狼。つまり今度こそ……。
俺はずり落ちた下着をあげたものの、獣に喰われるのなら無駄なことだった。狼は焚火の炎もかまわず俺の方へ近づいてくる。巨大な銀色の狼だ。
俺は不思議と恐ろしいと感じず、美しいと思った。いや、あらためて考えると魔物に遭遇したときも盗賊に襲われたときも、俺はまったく恐怖を感じていなかった。
俺は両足を投げ出して座っていた。巨大な狼の前足がすぐそこにある。狼は口をあけ、舌をハァハァと垂らしている。
俺はふとその股間をみた。そこには騎士のあれよりずっと大きな、赤くそそり立つものが――
魔物の誘惑香は獣にも効くのか。
そう思ったとき、狼の足が俺を蹴飛ばした。獣の牙が腰にまとわりついた下着を引き裂く。俺は地面に両手をつき、獣の姿勢で狂暴な陽物を受け入れていた。狼のそれは魔物のそれとも騎士のそれともちがっていた。
「はっ、あっ、あうっ、はぁっ、あんっ、あんっ、」
どのくらいそれが続いたのか。気がつくと真っ暗な中で俺はまたひとりだった。いつのまにか気を失っていたのだ。素っ裸で、狼はおらず、灰の中で赤い熾火がちらちらしていた。
なんだかやけに頭が軽く、すっきりしていた。魔物に遭遇してからというもの、霧がかかったようにぼうっとしていたのだと、やっとわかった。体からは異臭がするし、あちこち汚れている。
俺はため息をついて立ち上がった。耳をすますとかすかに水の音がする。野営地に選ばれた場所だから、水場が近いのかもしれない。
耳を信じて歩いていくと泉があった。どうにでもなれと思いながら俺は水の中に入った。腰までの深さで、息が止まりそうなほど冷たかったが、頭もつけてごしごし洗った。
雫を垂らしたまま泉を出る。俺はこのまま凍えてしまうのかもしれない。
すぐそこにぽかりと空が開けた場所があった。震えながら見上げると満天の星だった。チカチカと瞬く様子は、まるで見られているようだ。俺は両手を広げ、犬のように頭を振って雫を飛ばした。すこしあたたかくなったような気がしたが、気のせいにちがいなかった。俺は空をみあげ、するとまた星がきらきらとまたたいた。
どこからか鳥の羽ばたきのような音が聞こえる。あるいは手拍子。それとも拍手。
上から何かが降ってくる。これはなんだ? 銀貨?
それはたしかに銀貨で、拍手だと思ったのは銀貨が俺の周囲に降りそそぐ音だった。空の高みから俺のつまらない一生を見物している連中が投げたのか。音がだんだん小さくなり、空に夜明けの薄明かりがさしてくる。
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目を覚ましたヴァイゼは明るい場所にいました。朝日のように美しい男神が彼を抱きしめていました。
実はあの森は天の神々のストリップ劇場だったのです。ヴァイゼの周囲に降ってきた銀貨は星の神々が投げたものでしたが、彼をもっとも素晴らしいと思い、もっとも価値のある金貨を投げたのは、いま彼を抱いている太陽神で、夜明けとともにヴァイゼを空へ連れ去ったのでした。
ヴァイゼは天で太陽神に溺愛されて幸せに暮らしています。
めでたしめでたし。
(おわり)
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