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第4章 永遠に交わらない平行線4
「なんだよ、それ……」
力の抜けた情けない声で返事をするのが、やっとだった。
「カイトのことは忘れろ。五年、十年経てば彼と過ごした時間が美しい思い出になる。初恋は、そういう問題だ」
何も知らない子どもに戻って、涙が尽きるまで、わあわあ泣き出したくなる。
現実には、三十手前の大の男が父親にすがりつき、「この恋を成就させたいんだ。見逃してくれ!」なんて懇願することはできない。
腹の辺りでぐるぐる回っている、どす黒い物体が、血のにおいを嗅いだ猛獣のように暴れたがっている。そいつが身体の外へ出てしまわないよう、精神力で強引に押さえつける。
しかし俺の意思を無視して手足や唇が勝手に、わなないた。
「おまえも、カイトも生きている。石を投げつけられることも、いじめられることもない。寝食困らずに済んでいる。それだけでだけも御の字だと思え」
「父ちゃん……」
「おれがあの子や母ちゃん、おまえに忠告しなかったら、みんな不幸な目にあっていたんだぞ。ヒロ、嘘をついて隠しても、いずれは白日のもとになる。嘘をつき通すことはできないんだ。人を欺き、自分の心を騙し続けていれば必ず、その代償を払う日が来る。報いを受けるんだ」
肩を落とし、放心していると父ちゃんは馬や牛を引くみたいに俺の手を取って、家へ連れ戻したのだ。
ドアを開けたら母ちゃんが抱きついてきて、何か言ったけど、よく聞き取れなかった。適当に首を振ったり、相槌を打ったりして食卓につく。
出されたスープを口にしたけど熱いのか、冷たいのか、しょっぱいのか、甘いのか、わからない。口の中でゴロゴロしているものを噛み砕き、液体を流し込む。単調な作業が終わったら、台所のシンクで皿を洗い、すぐさま屋根裏へ行って自分のベッドに身を沈めた。
頭ではカイトや母ちゃん、父ちゃんの言いたいことを理解できている。
だけど心が追いつかない。
好きでもない女と結婚なんてできないし、したくなかった。
こんな形でカイトと引き離されて終わるのは、いやだった。
そうして声を押し殺し、朝まで泣いたのだ。
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