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Act1.帝光学園 アンチ王道学園2

『おまえが外部入学した金剛家の人間だな。ようこそ、帝光学園へ』  桜の花が満開に咲いた木の下で会長と出会った。  大人っぽく頼りがいがある見た目、紳士的なやわらかい物腰でありながら堂々とした立ち振舞い。自信に満ちあふれた姿に憧れずにはいられなかった。  こんな人になりたいと心から思い、手を取ったんだ。  世間知らずで頭でっかち。要領が悪く、人と話を合わせられない貧困層である俺にも分け隔てなく接してくれた人。生徒会メンバーの中で一番の常識人。  そんな彼が……どうして職務放棄などという愚かな選択をしてまで、いち生徒を構い倒しているのだろう?  会長と会計に初めて出会い、生徒会に勧誘された日のことを思い出して、目を開ける。重い身体を引きずるように身を起こし、紺色の縁ありメガネを外して、胸ポケットに常備している疲労回復効果のある目薬をさす。  目をしばたたかせ、ポケットティッシュで頬を伝う液体をぬぐう。  そうして、ひと際高く資料の山ができていた副会長の机まで歩いていった。  しわひとつない状態のA4用紙だけ、仲間外れにされているみたいに、ぽつんと一枚置いてある。  その紙を手に取り、目を凝らして、じっと見つめる。  ――桐生(きりゅう)(あや)()。  黒く長い前髪を七三にわけ、右の顔半分を髪で隠している、黒縁メガネを掛けた色白な男。本来なら俺よりひとつ年上だが病を患い、長期入院をしていたために留年して同学年となっている。  年上とは思えないほどに幼い顔立ちをして背も低い。身体つきは(きゃ)(しゃ)で、小等部の制服を着ていれば、小学生でも通りそうだ。四月の終わりに転校してきたばかりの転校生。  一生徒に生徒会の男女は彼に魅了され、学園は禍根の渦に飲み込まれた。  桐生彩都の超能力は、『糸使い』。手芸を行うのに適した能力だ。  彼は、人の心を(つか)む『魅了(チャーム)』や人を操る『洗脳(マインド・コントロール)』の超能力者ではないのに俺以外の生徒会メンバーから一目置かれている。  幸いにも俺の親衛隊は、桐生が会長たちから特別視されていても、これみよがしに悪く言う人間はひとりもいない。  月に一度、俺が剪定しているバラの温室で行われる親睦会でも、「生徒会の存亡について」を議題にし、親衛隊のメンバーである生徒たちの率直な意見を聞きたかった。が、彼らはいつも通り、お茶やコーヒーを飲み、茶菓子を口にしながら、桐生の容姿が「サブカル系でクールだ」とか「ゴシックな感じでかわいい」、「ミステリアスな雰囲気があって、すてき」と脳天気なおしゃべりをしていたくらいだ。  一方、生徒会メンバーを盲目的に信奉する親衛隊の過激派や、今回の騒動をよく思っていないファンクラブの連中、ごく一部の一般生徒は桐生をすでに目の敵にしている。  連中は、地味で目立たない容姿をしている桐生を「薄気味悪い幽霊」と呼び、露骨に嫌っているのだ。  桐生は「アンチ王道転校生」などと裏で言われる人物だが、ブラックリスト入りするような問題児ではない。  むしろ、その逆だ。人畜無害でおとなしい性格をして口数も少ない。派手な行動や目立つことを苦手としている普通の高校生。  もっとも桐生を気に入り、恋人にしたいと願っている副会長の猛烈アプローチにも困惑し、やんわりと告白やデートの誘いを断っている姿を俺の親衛隊も目撃している。  桐生に悪気はないのだろうが、結果的に学園のアイドル的存在である生徒会のメンバーを独り占めし、学園の風紀を乱している。  だから過激思考の連中は、断罪や制裁といった私刑を行わなければ気がすまないと豪語しているのだ。  ところが桐生の周りには、必ずと言っていいほどに会長や会計を始めとした生徒会メンバーが四六時中引っついている。彼らがいないときはつき人である(もり)()()()か、ルーカス・ミハイロヴィチ・(ゆう)(ぜん)が周りを固めているので、連中は桐生に指一本触れることすら、かなわない。そうして(うっ)(ぷん)を晴らせないまま、フラストレーションが溜まっていく。  対処せずにいれば、いずれ、やつらは大きな事件や事故を起こしかねない。  江戸の敵を長崎で討つように、渦中の人物である桐生本人でなく、関係のない一般生徒に手を出すなどという暴挙に出る可能性だって大いにある。  頭の痛い話であること、この上ない。  高等部の堕落しきった現状を生徒の保護者や外部の大人たちに知られ、ミズホの国随一の高校と称される帝光学園の情報が、SNSを介して世間に発信されるのも時間の問題だ。国で一、二を争う名門中の名門、帝光国立大学の付属高等部が、教育困難校になってしまったと動画サイトで全国配信されるヘマは、なんとしても阻止したい。  荊棘切として選ばれた者が学園の問題ひとつ、まともに解決できなければ、金剛家のあの女が図に乗るのは目に見えている。俺を助け出してくれた荊棘(いばら)(ぎり)家の方々にも迷惑が掛かり、申し開きをする余地もない。  そんなことを考えていたら廊下を慌ただしく駆ける音が外から聞こえてくる。どんどん足音が大きくなり、木の扉が勢いよく開け放たれた。 「頼人さん、おっはよーございます。おなかにやさしく、しかもおいしい。あっつあつの朝ごはんを、お届けに参りましたー!」

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