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路地裏の夕暮れ6

「俺は秋葉原ってあまり行かないけど……イジュンと一緒なら面白いかもな」 「明日海は僕のガイドなんだから一緒に行ってよ。俺1人だと、多分途中で迷子になる」 「あそこは確かに迷子になってもおかしくないな。でも、俺が一緒に行っても迷子になるかもしれないぞ」 「大丈夫! 迷子も1人でなるより2人でなる方が楽しいから」 「迷子に楽しいもなにもないだろ」 「でも、明日海が一緒なら迷子にならない確率高いしね。迷子になっても話してたら楽しいでしょう? だから、案内して」  イジュンは少しおどけて笑う。その笑顔を見て、なんとも言えない気持ちになった。こういったやりとりもあと2日もすれば終わってしまうんだ。そう思うと胸の奥が少し痛んだ。  肉じゃがの皿は、もう空に近い。じゃがいもの欠片と甘い煮汁が残っているだけ。 「そのじゃがいもの欠片ちょうだい」 「うん。食べていいよ。俺はもう満足したから」  そう言われて残りのじゃがいもを貰う。一口食べると、母さんが作るのとはまた少し違う味だけど、それでも優しい味がした。 「肉じゃが、美味しいでしょ?」 「うん。母さんが作るのとは少し違うけど、それでも優しい味だな」 「家庭料理って、国が違っても”優しい”って感じるんだね」 「そうなんだ? 韓国でも家庭料理は優しいの? 辛いのに?」 「キムチなんかは辛くても、どこか優しい味がするよ。食べさせてあげたい」 「じゃあ、もし韓国に行くことがあったら食べさせて」 「うん。約束」  約束、と言ったイジュンの表情は楽しいような寂しいような、なんとも言えないものだった。2人で過ごす時間があと少しだと思って寂しく思ってくれていたら嬉しい。  食事を終え、会計を済ませると、空はもう暗くなっていた。オレンジ色の夕焼けの時間は終わってしまった。それでも商店街にはまだ人が結構いる。惣菜かなにかが入ったビニール袋をぶら下げて歩く人。そして、その後ろから自転車が通り過ぎて行く。商店街のどこにでもある風景だけど、その風景が優しく感じる。 「秋葉原のラジオ会館に行きたいなんて、もしかしてイジュンってアニメオタク?」 「オタク?」 「あぁ、すごい好きな人」 「うーん。どうだろう。普通だと思うよ。その、明日海の言うオタクじゃなくても、日本のアニメを好きな人なんて韓国にはたくさんいるよ。もちろん、オタクもいるだろうけどね。でも、フィギュアとかオタクじゃなくても欲しいじゃん。韓国では売ってないんだよ?」 「そんなに日本のアニメ好きな人いるのか。あー確かに、もう買えなくなると思ったら欲しくもなるか」 「でしょう? それに買わなくても、見たアニメの世界があるんだと思ったら見たいと思うよ」 「旅行者にはそうなのか」 「そう。だから、ラジオ会館、付き合ってね」 「わかってるよ。じゃあ明日はラジオ会館見た後は寿司行こうか」 「やった! 寿司だ!」  そう言えば、初めの頃から寿司は食べたいと言ってたな。確か秋葉原にも回転寿司はあったはずだ。思い出にするなら、回らない寿司の方がいいのかもしれないが、なにしろお値段がする。だから寿司は回るところで我慢して貰う。でないと俺はガイドできないから。 「回る寿司で悪いな」 「そんなのいいよ。高いんでしょう? 回らない寿司は次回来たときの楽しみにしておくから大丈夫。それに俺、今、絶賛無職だからね」  そう言って笑うイジュンに少し気が楽になる。 「じゃあ次に来たときには一緒に食べに行こうぜ」 「そうだね」  そんな話しをしながら、先ほど猫とたわむれた階段にさしかかった。猫は丸くなったり、毛づくろいをしたりと思い思いに過ごしている。 「日本の猫って、なんか穏やか」 「そうか? ここの猫が人慣れしてるだけじゃない?」 「んー。なんか、空気が違う。街も人も」  そう言ってスマホをポケットから出して、猫の写真を撮る。暗いからフィルムカメラでは無理だろう。 「帰ったら、こういう写真いっぱい見返すんだろうな」  その一言が胸にじわっと来た。きっと俺も同じことをするのだろう。この数日間を思い出して。  坂を昇りきったところでイジュンが一歩後ろを歩く俺の方へ振り返った。 「帰国するとき、空港まで来てくれる?」 「時間知らないよ」 「あとで教える」 「……考えとく」  俺がそう答えると、イジュンは少し寂しそうに笑ったけれど、それ以上はなにも言わなかった。

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