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プリクラの距離3

 カウントダウンの数字が「3」になった瞬間、イジュンは俺の肩にグッと寄ってきた。 「おい。近いってば」 「プリクラで離れてたらおかしいでしょ」  悪びれもせずそう言って、笑ったまま画面を見ている。  カウントダウンが「2」「1」――ピカッ。  フラッシュが一瞬、視界を白く染める。すぐに次のポーズ指示が出て、イジュンはためらうことなくピースサインを出す。イジュンだけ、というわけにはいかないので、俺もイジュンに合わせてピースサインを出す。もちろん、顔は笑顔のままで。 「最後はこうしよう」  そう言って、過去最高、イジュンの顔が近寄ってきた。距離が近い。まつげの1本1本まで見える近さだ。撮影のカウントダウンがゼロになると同時に、また光が走った。  様々なポーズでの撮影を終えると、今度は編集画面が現れた。背景を変えたり、スタンプを押したり、目を大きくしたり色々なことができる。俺は画面を前に、どうしたらいいのかわからずに立ち尽くしていた。そして、そんな俺とは対照的にイジュンは迷わずにペンを動かしている。 「こっちはハート。ここにはキラキラ。あ、文字も書けるんだ。じゃあ何か書こう」 「お前、なんかやけに慣れてないか?」 「そんなことない。初めてだよ。だから面白くて。すごいね、プリクラってなんでも出来る」  俺はほぼなにもせずに、加工はイジュンに任せる。なにもしなくていいだろう。ポーズ撮ってるんだから証明写真になることはないし。そうして出来上がった写真をプレビューで見た瞬間、俺は声をあげた。 「誰だよ、これ」  肌はやたらと白く、目は2倍くらいに大きくされ、ほっそりとした顔がそこにある。それは間違いなく俺のはずだけど、どう見ても女にしか見えないのは気のせいだろうか。 「女じゃねーか」 「綺麗だからいいじゃん。俺はどう盛っても綺麗にはならないよ」 「男なんだから綺麗じゃなくていいんだよ」 「いいじゃん。遊びだよ。遊び」 「だったらお前の顔に落書きしてやるんだった」 「明日海。落ち着いて。それにしてもプリクラって魔法だね。韓国では証明写真を撮るとPhotoshopで綺麗にしてくれるけど、そんなのよりずっと綺麗だ」  そう言いながら画面の俺と実際の俺とを見比べている。その顔は満足そうだ。俺は全然満足じゃないけど、イジュンに任した自分が悪いのだと思うとなにも言えない。あんな顔になるのも女顔なのが悪い。なんで母さんに似たかな? 父さんに似れば、そこそこイケメンに生まれられただろうに。もちろん、女に間違われることなんてない。  俺がブスッとむくれていると、小さなシール状になったプリクラが機械から吐き出された。手のひらに収まるほどのサイズなのに、つややかな表面と色彩が、さっきの不思議な空間をそのまま閉じ込めているようだった。イジュンはそれを一枚ずつ切り離し、半分を俺に渡してきた。 「はい。明日海の分」 「……いや、いらないよ」 「だーめ。俺との記念だから取っておいて」  そう言われて俺は渋々受け取った。シールを眺めていると、先ほどの撮影したときのことが思い出される。イジュンのまつげの長さ、イジュンの匂い。プリクラ一枚分にしては鮮明な記憶だ。 「これ、大事にする」  ブスくれている俺とは対照的に、イジュンは真面目な声だった。目を細めて手元のプリクラを見るその横顔は、さっきまでの茶化すような表情とは違って静かだった。 「大事にするって、こんなのただのプリクラだぞ」 「ただのじゃない。明日海と日本で撮った、最初で最後かもしれないプリクラだ。だから大事にする」  その言葉に、心の奥がかすかに揺れる。いつものからかいや軽いやりとりじゃなく、真面目な声音だからやけに重く感じる。それは嫌じゃないんだけど。ただ、むずむずして、どうしたらいいのかわからないだけだ。  イジュンはプリクラを財布のカードポケットにそっと滑り込ませた。その仕草は妙に慎重で、大事にしているのだということが見てとれる。そして、入れたカードポケットを上から撫でる。 「宝物だ」 「……宝物だなんていうほどのものじゃないだろう」  真面目なイジュンに、あえてわざといつも通りに返す。でも、イジュンは真面目なままだ。 「韓国へ帰っても時々見返すと思う」 「そんなにか?」 「そうだよ。日本に来て、明日海と出会ったことの証明だ」  そんなやり取りをしながら、俺たちは機械のカーテンをくぐった。イジュンの言葉になんて返したらいいのかわからないのだ。  外の空気は少し温かく、秋葉原の雑多な音が耳に飛び込んでくる。隣を歩くイジュンの顔を盗み見ると、先ほどの真面目な顔はどこへやら。いつものイジュンの顔に戻っていた。

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