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君と写す未来5
「……ごめん。急に。明日海が綺麗だったから」
キスのことをイジュンが謝る。それに対して俺は黙って首を振った。びっくりしたけど、嫌じゃなかったから。するとイジュンはパーッと花が咲いたように笑った。嫌なはずないじゃないか。
でも、俺はずっとわからなかった。イジュンの笑顔が好きなことも、一緒にいて楽しいことも、一緒にいるとドキドキすることもなんでだろうって思ってた。でも、イジュンに告白されてわかったんだ。俺も好きなんだって。どうして今まで気づかなかったんだろう。いや、気づかなかったんじゃない。気づかないようにしてたんだ。俺もイジュンも男だから。
だけど、お互いの気持ちがわかっても、明後日にはイジュンは帰国してしまう。そうしたら会えない。せっかくのこの気持ちもなかったことになってしまわないだろうか。そう思ったら寂しくなった。今、ここにある気持ちは本物なのに。そう思ったらいてもたってもいられず、俺はポケットからスマホを出した。そして自撮りモードにして、イジュンのすぐ隣に行く。写真は好きじゃない。でも、今のこの瞬間の俺たちを残しておきたかった。
「今の俺たち、ちゃんと残したいから」
イジュンは一瞬驚いたみたいで目を見開いたけど、すぐに破顔した。
「そうだね」
そう笑ったイジュンに肩を抱かれて、恥ずかしくて、体中の熱が頬に集まったみたいで熱くなる。でも、嬉しいから離れはしない。
カシャッ。カシャッ。
二枚連続で撮る。すぐに確認すると、ほんとに俺は赤い顔をしていた。でも、うん。2人とも幸せそうでよく写ってると思う。
「俺も撮りたい」
今度はイジュンがスマホを撮り出す。
カシャッ。
そこに写った俺たちは、さきほどと同じく、幸せそうな顔をしていた。
「写ルンですはいいのか」
「撮る!」
「でも、スマホと違って確認出来ないぞ」
「失敗したらしたで、それも味があっていいんじゃない?」
味がある……。そっか。そんなふうに考えたことはなかった。カメラもデジタルになってからしか知らないから、アナログは不便だなってマイナスにしか取れなかった。でも、そうか。プラスに考えることもできるんだな。それは多分、イジュンだからできることだ。
「明日海! ほら!」
俺がそんなことを考えていると、イジュンは写ルンですをバッグから取りだして、すでに構えていた。いつもと違うアナログだと思っただけで、なんだか緊張してしまう。
「明日海? なんで緊張してるの?」
当然それはイジュンにもすぐにバレる。
「いや。アナログって慣れないなと思って」
「デジタルもアナログも撮ることに変わりはないよ。ただ、その場で確認できるかできないかだけの違いだよ」
「うん……」
「だから、ほら。笑って。こういうとき、日本ではなんて言うの? 韓国では笑って撮りたい場合、「はい、キムチ」って言うんだけど」
「キムチ? それはほんとに笑っちゃうな」
「そう? キムチのチの発音のとき、口が横に広がるんだよね。だから笑ってるように見えるから。日本はそういうのってない?」
「あるよ。「はいチーズ」って言う」
「チーズ?」
そう言ってイジュンはチーズのときの口を動かしている。
「そっか、こっちの”う”なら横に広がるのか」
こっちの”う”? なんだ、それは。
「韓国語で”う”って2つあるんだ。口をすぼめた”う”と、横に広げた”う”」
「”う”がふたつもあるのか?」
「うん。”お”もふたつある」
何気に始まった韓国語講座に俺はびっくりした。同じ母音が2つもあるなんて。日本語ではひとつしかない。2つもあったら紛らわしくないだろうか?
「でも、チーズって”チ”で伸びるからじゃないかな」
「それなら、キムチの方がいい気がする」
カメラ前で笑うときの言葉ということで論争(?)になる。
「まぁ、チーズって言われたら笑うってしておけばいいのか」
イジュンがそう結論づけた。でも、チーズとキムチ。全然違うものだけど、どちらも食べ物なんだな、と俺は馬鹿なことを考えていた。
「明日海?」
「あぁ、ごめん。面白いなと思ってさ」
「そうだね。国の違いが出て面白い」
そんなことでひとしきり笑ったけれど、ふと笑顔が途切れてしまう。せっかく2人の気持ちが重なっているのに気がついたのに、ここで別れなければいけない。もちろん、明日にはまた会うのだけど、その数時間が寂しいと思ってしまう。そう思って俯いてしまった俺の手をイジュンが握ってきた。
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