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君と写す未来7
話題はとりとめもなく続いた。浅草でのこと。写ルンですで撮った写真のこと。プリクラのこと。そして明日、どこへ行こうかという未確定の予定。笑って、黙って、また笑う。そんなことの繰り返しで、時間は過ぎていく。
「明日さ、明治神宮行かない?」
「明治神宮?」
「そう。明治天皇と昭憲皇太后を祀っているところなんだ」
「うん。怖いところじゃないんでしょう」
「そう。なにも怖いことはないよ」
「行くのはいいけど、なんで?」
「明治天皇と昭憲皇太后は仲が良かったって言われてるんだ。だから恋愛成就とか御利益があるんだけど」
「もう成就してるよ?」
なのになんで? イジュンの顔にはそう書いてある。
「うん。成就してるけどさ、ずっと仲良くいられるようにお参りしない?」
これを言うことはちょっと恥ずかしかった。でも、イジュンはもうすぐ帰国する。そうしたら韓国と日本の遠距離恋愛になる。もちろん、メッセージも送るし、時間があれば電話もする。それでも簡単には会えない。その中ですれ違いが起きたりもするだろうし、他の人に目がいってしまうことだってあるだろう。そんなことはないといいけれど、将来、どうなるかわからないのが恋愛だ。だから、仲が良かったと言われる明治天皇と昭憲皇太后にあやかりたかった。ずっとイジュンと仲よくいられますようにって。
「それなら行こう。ずっと明日海と一緒にいたい」
「うん」
「そのためにも、ワーキングホリデーを利用しない?」
「ワーキングホリデー?」
「そう。俺が日本に来てもいいし、明日海が韓国に来てもいいし」
「そうか。そういう手もあるね。ねぇ。俺が旅行にしてもワーキングホリデーにしても、韓国に行ったら……案内してくれる?」
「もちろん。家族にも紹介するし、友だちにも紹介する」
「ねぇ、それってすごく大事なこと言ってるよ? わかってる?」
「わかってる。だから口にするんだ」
指先が絡まる。ほんの少しのことなのに、心臓がバクバクいう。
「あとね、俺、就職するのやめようかと思って」
「え? じゃあどうするの?」
「チキン屋をやるかクレープ屋をやるか……なんか起業しようと思って。そうしたら明日海に力を貸して欲しいなって」
「お金ならないよ」
なんだか嫌な言葉だけど、口から出た言葉だった。お金目当てだとは思いたくないけど、出会って数日だ。警戒はしなくてはいけないんじゃないかと思ったからそう言った。
「お金なんていらないよ。明日海に力を貸して貰いたいのは経営について。俺も学校で勉強してきているけど、明日海は俺とは違ったことも勉強していると思うんだ。だから経営の力を貸して欲しい。それに、そうすれば、ずっと一緒にいられるでしょう?」
イジュンの言葉を聞いて自分が考えたことに恥ずかしくなる。でも、そうやって未来のことを考えてくれていることが嬉しかった。
「そんな大事な話、簡単にできるものじゃないだろう」
「じゃあ明日1日話そう。2人でゆっくり話せるのって明日が最後だから。もちろん、明日海が韓国に来たら時間はあるけど、まずは観光しないとだからね」
観光しないとという言い方につい笑ってしまった。
「うん。じゃあ明日話そう」
「あ、そうだ。住所教えて。写真送るし、手紙書くから」
「手紙?」
「うん。あえてアナログにするのも面白いと思うよ。もちろん、メッセージは送るけどさ」
韓国と日本。隣の国ではあるけれど、海を挟んでいるから近くはない。イジュンは少しでも俺たちの間を埋めようとしてくれているみたいだ。胸の奥に熱いものが広がる。俺は鞄の中からノートを取り出し、ペンを走らせた。きちんと書きたいのに、何故か手が震えている。書き終えた紙を破り取ってイジュンに渡す。イジュンはそれを受け取ると、大事そうに財布にしまった。
「ありがとう。必ず書くよ」
「うん」
未来の約束なんて、今まで誰とも交わしたことはなかった。でも、イジュンとなら――。例え、それが海を隔てた国だとしても、続けられる、そう思った。
俺はビールをグッとあおる。隣ではイジュンが笑っている。その笑顔が心の奥深くに灯りをともしてくれる。この夜を忘れない。いや、忘れてはいけない。そう思った。
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