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未来を探す歩幅3

 カロスキルを歩いた後は漢江を渡り、|弘大《ほんで》へと行く。弘大に着いたあたりで空腹を感じた。 「イジュン。お腹すかない?」 「すいた。なにか食べようか? 新村に美味しいビビンバのお店あるから、そこでもいい? もう少し我慢できる?」 「大丈夫。じゃあここを見よう。ここって大学があるんだよね?」 「そう。だから学生街ではあるんだけど、おしゃれエリアで学生以外も多い。観光客も多いし、週末は20代くらいのカップルや女性客でいっぱいだよ。可愛いカフェやお店が多いからね。で、夜は華やかだよ。クラブとかあるから」 「学生街だけど、学生以外も多いのか。若い人に焦点をあてるならいいね」  そんなふうに話しをしながら緩い坂をくだり、歩く。帽子や古着のディスプレイが軒先で喧嘩するように並び、路上の若者が笑いながら歩いて行く。バンドのチューニング音、誰かが練習しているギターのコード。東京でいうと下北沢あたりだろうか? あそこは劇場街だけど、古着店があったりするのは似ている。  そして、どこからかホットクの甘い香りがする。ごちゃごちゃしているのに、それが心地よく感じるのは、街が生きているからだろう。  イジュンは目を輝かせて店のショーウィンドウを覗き込み、まだ決められていないアイデアをポツポツと口にする。その隣で俺は2人で歩いた浅草を思い出していた。あのとき、抹茶味のクレープを食べたんだった。あれがイジュンのクレープ屋という考えに火をつけたのかもしれない。クレープ屋をするのなら、東京でしっかりとクレープを食べ歩く必要があるな。若い人向けなら原宿に行くのもいい。あのときは時間がなくて明治神宮には行ったけれど原宿は歩いていない。原宿には有名なクレープ屋もあるし、モデリングには最適だ。それをイジュンに話してみる。 「原宿か。若い人と観光客が多いってガイドブックに書いてあった気がする。そうか。有名なクレープ屋があるのなら、お店をやる前に行ってみたいね。そこはイートインはあるの?」 「確かテイクアウトだけだった気がする」 「そうか。じゃあそこは要アレンジだね」  俺たちが通りで話しているそばでは日本人女性が周りを見てはスマホを向けている。弘大は「見せる街」だ。映えるもの、新しいもの、音のあるものがすぐに波になって広がる。クレープなら見た目の工夫で目を引けるし、歩きながら食べられるというのはポイントが高いだろう。それに、観光客が多いなら日本人はクレープを食べ慣れているから火をつけやすいかもしれない。だけど、賑わいの裏側のノイズも目に付く。可愛いカフェが多いということは、競争はそこそこ激しいと思う。特色を出さないと埋もれる。イジュンはマーケティングやSNSの話しを楽しそうにしているけれど、俺は現実的な数字を思い浮かべる。賃料と人件費、そして仕込みの手間。いいねで終わらせないために、どれだけ準備が必要かを漠然と感じていた。  通りを進むうちに俺は、あるカフェの窓ガラスに映った俺たちを見る。イジュンがなにか話して笑っている横顔。こういう瞬間が好きで、同時に怖い。店を持つとすると、2人の時間は「仕事の時間」になる。それでも一緒にいたいか。胸に熱が差す。 「1回、ここで小さめのテイクアウトとイートインの両方をやってみるのはどう?」  イジュンが提案する。俺はメニューを考える。クレープ生地を丸めて、日本風のきめ細かいホイップ。抹茶や小豆の和風トッピング。あえて和を演出するのもいいかもしれない。 「賃料はどんな感じ?」 「江南よりは断然安い。それでも学生街にしては高めかな。それでも勝負するのもいいと思う」  俺たちが狙うのは長く愛される店か、それとも一気に注目を集める店か。答えはひとつじゃない。俺はスマホにメモを取る。そのときイジュンが肩を叩いて「次は新村に行って食事もしよう」と言う。弘大はなかなか面白い街だった。

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