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未来を探す歩幅8

 空港の出発ロビーは、これから海外へ行く人と見送りの人とで人がいっぱいだった。そういう俺は行く人に含まれる。日本に帰国するから。 「明日海、もし事業のことでご両親になにか言われたら言って? 日本に行って俺がきちんと話しをするから」 「わかった」 「俺、明日海がいてくれるなら死ぬ気で働ける。だから絶対に成功するよ」 「頼りにしてるよ。俺は最初は言葉がよくわからないから、数字を読むことしかできないからさ」 「言葉なら俺が教えるよ。テキストだけ買えば教えられる。トウミしたことあるから、説明ならできるよ。わからないところ教えてたから」 「とりあえず春に韓国へ来るまでに勉強してくるけどね」 「まぁ切羽つまれば嫌でも覚えるから大丈夫だよ」 「うん」  出発ロビーの隅でそんなふうに話していると、時間は飛ぶように過ぎていく。イジュンと一緒にいる時間は楽しくて、あっという間だ。 「そろそろ行かなきゃ」 「……ほんとに行くんだね」  イジュンの声は寂しげに揺れている。韓国にいたのはほんの数日だ。その数日は忙しく動いた。 「卒論残ってるし、向こうでちゃんと片付けないと。荷物も韓国へ送らなきゃいけないから、荷造りもしとかないと親に頼めないから」 「うん。わかってる」 「春には来るから」 「ほんとに? ここまで来て、やっぱりやめたとかなしだよ?」  イジュンは不安げに言う。馬鹿だな。昨日、疲れるほど候補地を歩いてまわったのに、まだ不安なのか。どうしたら安心してくれるのか。 「昨日、候補地歩いただろ。そこまで一緒にしたんだ。今さら来ないなんて言わないよ」 「ほんとに?」 「ああ。卒業したらちゃんと来るから。今度は遊びじゃなくて」  イジュンを安心させたくて、イジュンの顔をしっかり見て告げる。心の奥で何度も繰り返した言葉。”また来る”なんて曖昧な約束じゃなくて、現実としての未来を示したかった。そうすればイジュンも安心してくれるだろうと思って。実際に俺がそう言うとイジュンは表情を柔らかくして笑みを浮かべた。ほら、やっぱり。その笑顔は今までで一番穏やかで優しい。 「じゃあ俺は準備しておく」 「準備?」 「そう。明日海が暮らせる家。なんなら俺も」 「……馬鹿。イジュンは家があるだろ」 「でも、明日海と一緒にいたい」 「それは、そういうときが来たらな」 「はーい」  そう返事をしたイジュンが、そっと俺の手に触れた。空港の冷たい空気の中で、イジュンの体温だけが温かく感じた。 「連絡して? 電話も欲しい」 「うん、する。……イジュンも」 「もちろん」  昔と違い、今はメッセージアプリを使えば通話だって無料だ。東京とソウルは時差もないから、時間をいちいち計算する必要もない。そうしていると、時間だけがどんどん過ぎていく。 「ソウルではありがとう」  短く、それを伝える。それに対し、イジュンは目を細め、ゆっくりと頷く。 「こっちこそ。明日海が来てくれて嬉しかった」 「ほんとに行かなきゃ。家に帰ったらとりあえず連絡するよ」 「そうして。無事についたか心配だから」 「うん。……じゃあ春に」  そう言って俺はイジュンに背を向け、保安検査場へと進む。ここを通ったらもう戻れない。だから、入る前に1度振り返り、イジュンに手を振る。すると微動だにしなかったイジュンが笑顔で手を振り返してくれる。そして今度こそ中へと入る。もう一度振り返ると、イジュンはまだそこにいた。人の波の中、イジュンだけが動かないように見えた。その姿が小さくなるまで、俺は何度も振り返った。  ――春にまた会おう。  胸の中で、何度も繰り返した。春が来たら、俺はずっとイジュンの隣にいるから。声に出しては言えないから、代わりに胸の中でイジュンに語りかける。  春になったら、また会おう。  今度はもう離れない。俺はずっとイジュンの隣にいる。だから、今度はソウルタワーに行って鍵をかけよう。もう離れないように。  END

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