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第1話
俺は人生の勝ち組だと思う。
有名大学に進学、大手企業に就職、とんとん拍子に出世、若くしてまわりから羨ましがれるような地位と名誉を築き、社長をはじめとしてお偉いさんがたに目をかけられ、半ば将来が約束されたような立場に。
が、人を蹴落としてのしあがるのを屁の河童と思えるほど俺には精神力がなかったよう。
ある日、目覚めたら金縛りにあったように身動きできず、そのまま引きこもり。
とくに、なにがあったわけではないものを「俺なんか生まれてこなければよかったんだ・・・」とひたすら鬱々として、日常生活もまともに送れず。
なんとか食事をとって窓の向こうに見える霧がかった山々を見つめ、ふと祖父母の家を思いだした。
「ぽつんとなんやら」という番組に取りあげられそうな、山奥にある家だ。
祖父母が亡くなってからも家はのこしてあり、俺を含めた親戚がちょくちょくと足を運んでいる。
人里離れた山深いところで、交通の便はよくないが、ガス、水、電気が通っていて、なんと携帯もインターネットもつながるから。
というのも、そういったインフラの設備が近くにあり、祖父母がそれらの土地を売ったことで、便宜をはかってもらったらしい。
つまり、俗世から距離を置くことができて且つ、不自由なく現代的な生活を送れるわけだ。
おまけに大工だった祖父が何回も建て直した家は頑丈、内装はリフォームして間もないとあり、家のなかで過ごす分には、快適さは都会と遜色ない。
大自然を味わえつつ、ネットサーフィンし放題、SNS使い放題、オンラインでゲームし放題とあって、祖父母が存命だったときもは親戚がよく遊びにきていたし、亡くなったあとも土地や建物はそのまま、別荘のように活用。
おかげで山奥の空き家ながら、さほど建物が痛んでないし、庭や畑も荒れていなく、もし俺がこれから住むことになっても問題なさそう。
そう、都会ジャングルでの弱肉強食の争いに疲れはてた俺は、リアルジャングルで自給自足の田舎暮らしをすることを夢見るようになってしまったのだ。
子供のころ、ほぼ自給自足で暮らしていた祖父母の手伝いをしていたから、その記憶を掘り起こしつつ、畑仕事などについてあらためて学んだり、猟をするための免許をとったりすれば、いけるのではないかと。
田舎暮らし計画を立てるうちに浮き浮きして「この世から消えたい・・・」とさめざめとする暇はなくなっていった。
瞼を閉じれば、蝉時雨を浴びながら、全身汗まみれになって山を走り回っていたやんちゃ坊主の自分が思い浮かぶ。
なかでも脳裏に焼きついているのは、祖父でも祖母でも親戚でもない、がっしりとした巨体の男に肩車をしてもらっているという記憶の断片。
相手がだれだったのか、どんな顔をしていたのか思いだせないが、暑かったせいか、肌が真っ赤でそんじゃそこらでない筋肉量だったような。
思いでに浸りつつ、山奥での自給自足生活を実現できないものかと具体的に考えるようになり、とりあえず両親にお伺いを。
二人とも俺の仕事の激務ぶりを心配してたから、若くして隠居生活を送るような真似をすることをむしろ歓迎。
「親戚たちが遊びにくるといっても、やっぱり人が住んでいないと家は廃れていくからな。
できるだけ、あの土地や家は後世にのこしたいし、お前が住みながら建物や土地の管理をしてくれるといなら一安心だ」
親戚もだれも反対せずゴーサインをだしてくれ、都会生まれ都会育ちの俺がもたつくのに助言したりフォローしたり、引っ越しを手伝ってくれたり。
辞表届けをだしたなら希死念慮は吹っとび、意気盛んに準備に追われる日々を送った。
あれよあれよと月日は過ぎ、自給自足体制が整い、完全な引っ越しが完了し、ほっと一息ついた俺は、でも居ても立ってもいられず、猟銃を担いで山の中へと。
猟をするつもりはなかったが、免許とりたてで浮かれていたのもありつつ、一応、護身用に。
準備期間中、家周辺を歩き回ったから、おおよその地理を把握。
そのはずが、気がついたら右も左も分からない迷子に。
せっかく携帯がつながるというのに、スマホは不携帯。
「まいった・・・」と頭をかいてあたりを見回し「そういえば、幼いころに似たような目に遭ったな」と思う。
当時の俺は、本能で動くような野生児だったから迷いはしなかったものを、木の根っこに引っかかって足をくじいてしまい、その痛さに泣いてた。
立ちあがると足に激痛が走り、なかなか歩けず、そうしてもたもたしているうちに’夕日が沈んで、あたりに広がってく闇。
祖父には「夕日が沈んでからは絶対、山にはいってはいけない」ときつく注意されていたし、実際、光が失われていく山にいたら絶望感を味わわずにいられなかったし。
幼いながらに死の危険を覚えて、震えあがりお漏らしをしたら、近くの藪が蠢いてなにかが出現。
猪や熊の類いかと思い震えあがって目を瞑ったら「なんだ子供か」と重々しく響く声が。
祖父でない、身内や親戚でもない、遠い近所の人でもない、聞き覚えのない声だったから、瞼を閉じたままでいると「腹が空いてないで幸運だったな」と話しかけられ、手を差しのべられた。
思わず見てしまった手は真っ赤だったもので。
また瞼を閉ざし固まった俺を「しかたないな」と相手は抱きあげて、歩くことしばし、土の上にもどされたなら「じゃあな」と去っていく足音が。
おそるおそる瞼を開けて目にしたのは祖父母の家。
俺を探しにいった祖父母がもどってきたら、こっぴどく叱りつけ、なにがあったのか問い詰めてきたとはいえ、こちとら決して口を割らず。
助けてくれた相手の存在をまわりに知られてはいけなように、なんとなく思ってのこと。
それに俺にとっては不気味な体験だったようで、熱く太い腕に抱かれたときの胸が締めつけられるような思いが忘れられず、割りと美しい思いでになっていたから、大人たちに文句をつけられ台なしにされたくなかったのだと思う。
「また助けにきてくれないかな・・・」と目印にした岩のところに再三、もどってきて途方に暮れていたら、近くの高い藪が揺れてまさかのまさか。
息を飲んで見守っていたら、藪から跳びでてきたのは狸。
反射的に猟銃をつかんだ手をおろしてため息をつくも、ふっと足元の地面に影が落ちる。
狸に気をとられて、反対側の藪からでてきた(影からして)巨大ななにかに気づかなかったのだろう。
相手は背負う猟銃を見てか、すぐには動かず、俺も息を飲んだまま、硬直してしばしの膠着状態。
そのうち意を決してふりかえると共に、猟銃を引きぬいてかまえたものを巨大で肉厚な手に弾かれた。
そう、その手は真っ赤、子供のころ見たのと同じように。
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