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第1話 小さなチャレンジャー

私が司っているこの『聖騎士の塔』に、とてもとても小さなチャレンジャーが姿を現したのは、何十年かぶりにこの『聖騎士の塔』を完全攻略し、聖騎士の称号を得た者が出た記念すべき年の事だった。 聖騎士が現れた年は、塔に挑戦する者が飛躍的に増える。 常では伝説のように言われていた事象が目の前で現実になれば、ましてやつい先日までは己と同等、若しくは下だと見ていた者が聖騎士の称号を得たならば、自身もその称号に手が届くのではと夢見る者が増えるのであろう。 いかに強くとも、条件を満たさねば聖騎士にはなれぬ。 夢破れる者も多いが、多くの個性と人生の一端を垣間見る事ができるこの時期は、私にとってとても興味深く、楽しみな期間だ。 「聖龍様、いまちょっとよろしいですかぁ」 「うむ、なんだ?」 今日も数名の挑戦者が塔に入った昼頃の事だ。私の塔の門番を務めてくれているコーダとトマスから連絡が入った。何か判断に困るようなことがあった時のために通信用の魔具を渡してはあるが、これが使われることはごく稀にしかない。 最近では聖騎士の称号を得た者が番いを連れて挨拶に来てくれた時くらいだ。 「いや、今ちょっと、年端もいかねぇ獣人のちびっ子が入りましたんで、念のために伝えとこうと思いまして」 「魔力は規定値超えてますんで、問題ないっちゃないんですが」 「どうも体のいい厄介払いにこの塔に送り込まれたようでして」 「ああ、分かった。私が様子を見よう。知らせてくれてありがとう」 彼らが知らせて来たくらいだから、よほど小さく儚げな命なのだろう。この塔の一層ですら、危ぶまれるような。 私は基本的には塔に入った者を憐れんで助力したりはしない。彼らは自ら選び、プライドを持ってこの塔に挑むからだ。その結果命を落としたとしても、彼らは本望であろう。 けれど、稀にではあるが自身の判断力すらも覚束ぬまま、本来保護すべき者が役割を放棄するがために、幼き命をこの塔に送り込むことがある。 雛のように幼き命を毟るのは、私が作った塔の役割ではない。 意識を集中して塔の一層を探ってみると、入口からさほど進まぬ場所で、まさに交戦中の小さく弱い命があった。 目に意識を集中すると、ぼんやりとその場の様子が見えて来る。 ああ、やはり。十にも満たぬ年ではないのか。 小さく未発達の体はすでに傷だらけになっていた。 この塔では最も弱く、挑戦者や他の魔物の糧になることが多いフィートラビットにさえ苦戦している。強力な後ろ足で蹴られ、壁にでもぶつけたのだろう、頭からは血が流れていた。 それでもその瞳は強い光を放っている。真っ直ぐにフィートラビットを見据え、小さなナイフを振りかざして踊りかかった。さすがに子供とは言えど獣人だ。本能がそうさせるのだろう。 フィートラビットもそれなりに傷を受け、動きが鈍っている。私はすぐにも手を差し伸べたい気持ちを抑え、戦況を見守った。 見事なスピードで間合いを詰めて、自分とさほど変わらぬ大きさの魔物の喉笛を的確に引き裂く。反撃を恐れたのか大きく飛びのいた動きは、なんとも力強いものだった。 ついにフィートラビットを仕留めたことを理解した子供は、ヘナヘナとその場に崩れ落ちる。しばらくそのまま放心していたけれど、やがてポロポロと泣き出した。 「ふえ……っ、こ、怖かったよぅ……」 真っ黒な犬耳がぺしょんと垂れて、同じく真っ黒なしっぽも力なく石床にへたりと落ちている。さっきまでギラギラと光っていた銀色の瞳は、今は涙で濡れて溢れ落ちてしまいそうだ。 次から次に溢れてくる涙を拭う小さな手は細くて折れてしまいそう。服はボロを纏っていて、大切に育てられたとは言い難い。髪も汚れてボサボサだけれど、手入れをすればきっと黒龍のように綺麗な黒だろうに。 「これ、食えるのかなぁ……」 ひとしきり泣いたあと、腹が減っているのを思い出したのか、子供は恐る恐る自分が倒したフィートラビットを持ち上げる。その体からボタボタと血が滴り落ちるのを見て、子供は真っ青になって獲物を取り落とした。 血の抜き方も肉として捌く方法も知らず、倒したとてどうやって食すればいいのかも分かっていない。やはり、ひとりでこの塔に挑むにはあまりにもか弱き命だ。 私は決意した。 この子供が望むなら、せめて冒険者として暮らせるくらいまで、この塔で養って行けばよい。 すでに前例はある。この塔の三階で宿屋を営む獣人の姉弟は、同じような経緯で私が保護した子らだ。今や宿を切り盛りするまでになったが、あの子らも、この塔に来た時は小さくてすぐにもなくなってしまいそうな命だった。 今はあの子らに叱られてしまう事も多いけれど。 人も、獣人も、命が儚いものほど、力強い輝きを見せるものだ。今泣きじゃくっているあの子供は、育てばどんなふうに輝いてくれるものか。 期待を胸に私は念じる。 あの子供のそばへ、ゆっくりと光となって転移した。 「なぁに……?」 突然現れた光に目を丸くし、子供が私の方へと手を伸ばす。子供らしく恐れよりも興味の方が勝っているのだろう。 「わぁ!? 人になったぁ!」

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