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影が伸びる時

翌日、煉はいつもより少し早くに登校した。 昨日理央から借りたDVDの感想を早く伝えたかったからだ。教室に入ると、まだ数人の生徒しか来ていない。 (まだ来てないか⋯) 煉は自分の席に座り、理央が来るのを待った。普段なら、空虚な気持ちでただ窓の外を見つめて時間を潰す煉であったが、今日は違った。 理央に会って、彼の好きなものを共有するという期待が彼の心を温かくしていた。 やがて廊下から賑やかな声が聞こえてきた。理央が友人たちと連れ立って登校してきた。 煉は思わず顔を上げ、教室の入口に視線を向ける。理央は友人たちと談笑しながら教室に入ってきた。 煉を見つけるとぱぁっと顔をさらに明るくして、近づいてきた。 「黄泉坂!あれ見た?」 「う、⋯うん、見たよ⋯ブレイブマン」 そう言うとさらに嬉しそうな顔を理央はする。 「どうだった!」 「えっと、あ、あの⋯敵にも救いの手を差し伸べるヒーローなんだね、ブレイブマンって」 「そう!そうなんだよ!!」 理央は机に両手をついて、身を乗り出した。煉は思わず肩をびくりと震わせた。 その瞳はキラキラしていてまるで子供のように純粋であった。 「自分を攻撃してきたやつなのにそいつが助けてって言ったら迷わず手を差し伸べる⋯そこがかっこいいんだよ!⋯って、ごめん、熱くなりすぎたよな」 照れたように笑う理央に、煉は首を振った。 「だ、大丈夫⋯僕は全然気にしないから、えっと、もっと話したい――ブレイブマンのこと、理央くんと⋯」 その瞬間、後ろから気怠げな声が聞こえてきた。 「理央〜お前、またブレイブマンのこと話してんのかよ。無理矢理押し付けんなよ」 理央の友人で幼なじみの黒崎悠斗(くろさき ゆうと)が立っていた。 「あ、悠斗⋯別に押し付けていないし、黄泉坂楽しんでくれてるじゃん」 「そうかよ」 悠斗は肩を竦めた。 「黄泉坂、嫌なら嫌って言えばいいんだぞ」 「だ、大丈夫、です⋯ブレイブマン本当に、面白かった⋯から」 そんな煉の言葉に悠斗はふっと鼻を鳴らした。 「そうかよ」 気のない返事をしながらも彼の視線は煉に向けていた。 「ほら、黄泉坂もこう言ってるじゃん!俺にもようやくブレイブマンメイトが出来たんだ!」 「なんだよ、そのブレイブマンメイトって⋯」 悠斗は呆れたようにくすりと笑う。 その笑顔にぎゅうっと煉の心が締め付けられた。 先程まで自分に向けられていた笑顔が誰かに向けられている。 たったそれだけなのに、――どうしようもないほど胸が痛くて仕方がない。理由なんてわからない、ただ理央が遠くに行ってしまったように感じた。 「あぁーー!!理央〜!!数学の宿題写させてくれ!!」 その時、理央の友人がそう叫びながら割り込んできた。 「またかよ、雪。これで何回目だよ」 「えへへ、⋯⋯三回目?」 「五回目だぞ、これで」 理央は呆れたように眉を顰めながらも、笑みを浮かべていた。 「わかったよ、その代わりジュース奢れよ」 「奢る奢る!!何杯でも飲んでくれ!!」 「ったく、調子いいんだから⋯あ、黄泉坂ごめん!またあとで話そうな!あとで続き貸すから!」 「⋯⋯⋯うん、またあとで」 そのまま理央の背中を見つめる。あんなに楽しく会話していたあの短い時間が愛おしくてたまらなかった。 あの瞬間だけ、彼の笑顔が自分のものだけになったのだと錯覚するほど甘美なひとときだった。 でもその時間はもう終わってしまった――彼の友人によって (羨ましい⋯) 僕だってもっと話したかった。あの笑顔をもっと見たかった。それに、それに⋯⋯彼の「好き」なものをもっと知りたかった。 (そうか、これが''妬ましい''って感情なんだ) 初めて知った。――自分にもこんな幼稚でみっともない感情がまだあったなんてと心の中で笑ってしまった。   ――笑えないよ、こんなの   理央に視線を向ける。 友人たちに囲まれながら楽しそうに会話をしている。   (あんなふうに、輪の中に自分が入れたら⋯) ――――いや違う (僕が欲しいのはそれじゃない、そんなんじゃない) 唇を噛む。血の味がしても、構わなかった。 (あの笑顔を、僕のものだけにしたい!!) それができるなら、僕は   ――どんなことだってしてみせる。

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