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牢獄

「失礼する、陛下」  褐色(かっしょく)の男は再びそう言うと、腕力溢れる両手で私の両脚を造作もなく押しひらいた。  私は厚手の敷布の上で仰向けに寝かされ、細くてしなやかな縄で頭上にある太い漆喰(しっくい)の柱に、両手首を重ねて縛られている。  我が王宮を囲う大海原(おおうなばら)のような一面の森の奥深くにある小さな館を一人で訪れたのは、ささやかな関心事ゆえの所業(しょぎょう)だった。今不遜(ふそん)に私を見下ろす男は、その猛々(たけだけ)しく傲慢(ごうまん)な両手で私を飾るあらゆる着衣を()ぎ取り「失礼する、陛下」と慇懃(いんぎん)無礼(ぶれい)に床へ押し倒した。私は(あらが)おうとした。しかし振り上げた手首を掴まれ、頭上へ両腕を押し上げられた。歯向かう敵には容赦なく剣を振るう手が、私の自由を奪い、さらには肉体を犯そうしている。 「このような真似が許されると思うか」  私は下卑(げび)た男へ、低く言った。私の口先からもたらされる言葉は、神のごとく人々を従わせる。従わねば、罪となるからだ。 「恐れることはありませぬ、陛下」  罪深き愚か者は、私の言葉に従わない。私の脚を抑えつけて、恥ずかしい姿を露わにしている。  このような(はずかし)めを受けたことなどかつてない。例えようのない屈辱感と羞恥心(しゅうちしん)が全身を焼き尽くしている。心臓が早鐘を打ち、胸を破壊してしまうかのようだ。 「其方には罰が下る」  このような狼藉(ろうぜき)は許されない。必ず激しい罰を与えねばならない。地に伏して(ひざまつ)かせ、(ぬか)づかせ、涙を流させて許しを()うような激しい罰を。  狼藉者は残酷(ざんこく)に深紅の瞳を(きら)めかせた。それはまるで獲物を狩る(けだもの)のような貪欲(どんよく)さだった。 「陛下」  尊大な声は私を見下(みくだ)すものだった。この国の王である私を。 「俺を恐れますな」  私は言葉をなくした。  つい数日前に和議を結ぶために現れた敵国の将軍。我が国に大いなる破壊をもたらした者が和議の使者として、玉座に座る私の前で膝をついて(こうべ)を垂れた。 「偉大なる陛下におかれましては、ご機嫌麗しく」  空々(そらぞら)しい口上が恐ろしく気に障った。その同じ男が、王である私を見下ろし、王のように振る舞おうとしている。 「其方に罰を下す」  私の言葉は真実となる。必ず。  愚か者は狡猾(こうかつ)()んだ。 「では、陛下から罰をいただきましょう」  (けが)らわしい口から馬鹿げた言葉が吐き出された。私は鼻で笑おうとした。だが、怖ろしい力が私の身体に触れた。  私は呻いた。敵国の男は私の足の間に下劣(げれつ)な身体を入れて身動きできなくさせると、屈強な手で私の性器を浅ましくも掴んだ。  私は身体をねじり抗おうとした。しかし無駄であった。  男は前へ屈み、私の恥部(ちぶ)に顔を近づけた。 「……やめよ」  威厳をかき集めて命じた。私はこの国の王である。王が命じているのだ。  しかし男は従わなかった。私の性器を鷲掴(わしづか)みにした手で、卑猥(ひわい)に私を揺さぶった。  私は荒ぶる声を呑み込んだ。  このような辱めに屈してはならない。私は束縛されていない足で抵抗しようとした。だが容易(たやす)くねじ伏せられ、男は私の恥部に顔を(うず)めた。  おぞましい接触に腰が浮いた。生々しくも荒々しいもの。舌だ。男の汚らわしい舌が蛇蝎(だかつ)となって舐めている。  鳥肌が立ち、身体が強張る。忌まわしき振舞いを断じて許すわけにはいかない。  やめよ。命令は鞭となって厳しく男を打ち据える。が、あろうことか声が出なかった。   私は口を固く結んだ。下劣な舌触りが忌ま忌ましい。征服者のように舐め回している。私は奴隷ではない。喜悦(きえつ)の声を発して男を悦ばせてはならない。  そのうちに薄汚い行為は止んだ。男は私を辱めるという使命を果たしたのか、顔をあげて、手も離した。  身体から力が抜け落ちる。愚か者は私が王であるとようやく思い出したのか。さらに思い出させてやらねばならない。 「――其方は」 「陛下」  敵国の男は手で口元を拭うと、私の言葉を無視して言った。 「お伺いしたいことがあります。ぜひ、お答えください」  (うやうや)しい言い方ながら、私をいやしくも見下ろす目には肉食獣のような野蛮な欲情を(はら)ませている。 「陛下は、処女でございますか」   私は男を睥睨(へいげい)した。両手が自由であれば、指先をひとつ動かし、その醜怪(しゅうかい)な口がある首を(ほふ)るよう命じていた。だが今は頭上で両手首を縛られている。私に出来うることは、内なる怒りに引き()られないよう冷静に(しょ)することだ。 「まずは其方を処刑し」  男の顔色が微妙に変わった。薄笑いを浮かべたのだ。 「荒野にその身を投げ捨て、鳥や(けだもの)に食い荒らされた(のち)に、其方の知りたい僥倖(ぎょうこう)がもたらされるであろう。其方ではない者に」  王を犯すという狂った男へ告げる。敵国の将軍などという身分は私には何ら価値はない。私を辱めたことは万死に値する。首を()ね、敵国の王へ送り返す。再び(いくさ)が始まるだろう。その責めを負うべきは、目の前にいる褐色の男だ。 「(かしこ)まりました、陛下」  男は顎を上げて、ふてぶてしく私を見つめた。 「では、陛下のお身体にお答えいただきましょう」  そう口にすると、私の恥部に何かが鋭く押し入った。  私は呻き、背筋が()り返った。  私の体内に入ったものは硬かった。硬くてきつい。指だ。男の指が私の奥へねじ込まれ、身の毛もよだつ行為をする。  私は歯を噛み締めた。女人があげる声を王の口から発してはならない。たとえ邪悪な振舞いで(はずかし)められようとも、(からだ)が悲鳴をあげようとも、私は耐えねばならない。それは王としての務めだ。  躰が屈辱と汚辱に(けが)される。聖なる王の身を辱めようとする(やから)(よろこ)ばせてはならない。  私は目を閉じ奥歯を噛んで耐える。四肢は身動きが取れない。男の(たわむ)れに感じてはならない。  男が、くっくと喉で嘲笑うのを感じた。  勢いよく指が引き抜かれた。恥部が解放された。だが荒らされた爪痕を感じる。ひどく生々しく濡れている。  私は小さく息をついて、うっすらと両目を開け――息を呑んだ。  男は衣服を脱いでいた。  生き物が皮を()ぐように、忌まわしい肉体が衣服の中から生まれ出た。虫唾(むしず)が走るほどの精悍で肉感的な躰。下劣(げれつ)にも、私へ覆いかぶさってくる。 「偉大なる王よ」  私の目を見つめる男は、戦争を指揮した冷徹な敵国の将軍であった。 「今からが、和議を結ぶための協議でございます」 「……何を」  申しておるのだ――言葉は激しい行為にかき消された。  男は私の両脚を存分に押し開くと、私の恥部に自らのおぞましいペニスを押し入れた。それから私の腰を両手で掴むと、強く引き動かした。  味わったことのない激しい刺激で背中がのけ反る。秘部に押し入ったものは繰り返し貫き、荒々しく乱し、犯していく。 「……ああ、あ……」  気がつけば、口から声が洩れていた。 「やめよ……やめ……ああ」  男は私の腰を動かして、秘部の奥を傲慢に征服していく。私は抵抗もできずに、されるがまま凌辱(りょうじゅく)される。王が身体の自由を奪われ、肉体を蹂躙(じゅうりん)されている。敵国の将軍の手で。 「あ、あ……あ、あ、あ……」 「陛下も愉しんでおられますな」  男は私の両足を左右の肩で軽々と担ぐと、身を屈めて秘部を愉しげに突いていく。まるで渇きを癒そうとするかのような執着だ。 「ああ……ああ……」  感じてはならない。私が少しでも男に犯されている卑劣さに身体が感じてしまったならば、もはや私は王ではない。ただの奴隷である。  だが全身が熱い。汗が匂う。匂うのは男からもだ。恥部が濡れて(けが)らわしい。 「あ……う……うう……」  絶え間なく男のペニスが私を貫いている。男の力で揺れ動く身体はもはや私のものではない…… 「陛下、まだ協議は終わりではありません」  男も息を乱しながら口元に冷酷な笑みを刻む。(いや)しい下郎(げろう)め。だが私の口から溢れ出るのは峻烈(しゅんれつ)な罵倒ではなく、恥ずべき嬌声(きょうせい)だ。 「どうやら処女のようですな、陛下」  男は声をあげて笑った。  私は男を睨みつけようとした。だが私の意思は秘部を犯され続けて消えた。  やがて男は敷布の上に私の両足を下ろした。そして、仰向けだった身体をうつ伏せにした。両手が頭上で縛られているため、手首は動かない。しかし男にはどうでもよいことであった。  うつ伏せになった私の腰を両手で持ち上げ、臀部(でんぶ)を浮きあがらせると、荒く激しく奥を貫いていく。 「ああ! あ! あ!……ああ!」  唇から唾液が洩れる。頭が朦朧(もうろう)としてくる。  いつこの悪夢は終わるのだ……いつ……  ……かすかに鐘の音が聞こえてくる。 「陛下が無事に崩御(ぼうじょ)されたようですな」  私の頭をのせて膝枕をしている男が、不遜に言う。  男によって恐ろしいほど(なぐさ)み者にされた身体は、死んだように重たい。全身が汗と生臭い匂いで汚れ、手足や腰は力が入らない。ひどく痛む。眩暈や嘔吐もする。口を開くこともできない。  だが、あの鐘の音の意味は承知している。王が亡くなった知らせである。  ――なぜ。 「次の王は、陛下の従弟殿とお聞きしました。行動のお早い方ですな」  男は冷笑している。 「無事に和議も結ばれ、陛下は偉大な王として歴史に刻まれるでしょう」  まるで他人事(ひとごと)のようだ。だが他人事なのだ。  全ては仕組まれていたのだと、私は乾いた笑いが出た。愚かにも私は知らなかった。従弟も、側近たちも、私を裏切ったのだ。和議の代償として王である私を敵へ差し出したのだ。 「それでは、我らも参りましょう」  男は私の濡れた髪に指先で触れる。 「今から、陛下をリオンとお呼びします」  リオン。違う。私はレイリオンだ。 「俺の名はラウルス。貴方の主人となる者です」  ラウルスと名乗った男は、胸を屈めて膝上にいる私を覗き込む。血のような色の瞳が不気味に色濃くなり、口の端が狡猾(こうかつ)にあがった。 「主人に従え、犬のようにな」  私の頭に手を置く。まるで飼い犬を(しつ)けるかのように。  ああ……  己の視界がおかしくなってきた。輪郭がぼやけ、色彩が薄まっていく。私を見つめる男の姿も(おぼろ)げになってくる。  ああ、意識を失おうとしているのだ……  ……悪夢はいつ終わるのだろう――

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