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クソデカ感情ラブレター

ラブレターなんて自分には縁がない。そう思っていた。 冬休みが明けて学校にも慣れてきた頃、ある日の放課後だった。 これから起こることを誰が予想できただろうか。見ない方が賢明だったかもしれない。 ◇◇◇ 下駄箱を開けると白い手紙が入っていた。通学用の靴の上にポンと置かれていたのだ。まさか違う人のを開けたかと名前を確認するが、自分の下駄箱だった。 これは俗に言う、ラブレターというものなのか。それとも果し状?しかしこの手紙は差出人の名前が書かれていない。恐らくイタズラの手紙だと思う。それに今から用事があるから急いで帰らないといけないし、こんなことで悩んでいる時間はない。だから近くにあったゴミ箱に捨ててしまった。心の中で、見知らぬ誰かすみません。と謝ってゴミ箱に入れた。それから俺は急いで学校を出たのだった。 用事が終わって、夜に課題をしている頃にラブレターのことを思い出した。ラブレターなんて自分には縁がないものだと思っていたから嬉しかったのが本音だ。どこの誰かは知らないが。 翌日、学校に来ると下駄箱には昨日捨てたはずのラブレターが入っていた。シンプルに怖い。しかも名前を見てさらに驚いた。 須藤さんは俺と同じクラスで、笑顔がとても可愛い女子だ。そして俺は須藤さんに密かに思いを寄せている。だがしかし、悲しいことだが同じクラスになってから接点なんて一度もない。実は両思いだったことがこの手紙で証明されてしまったのでは…?手紙の内容だが「大好き」で埋め尽くされた便箋3枚が封筒に入っていた。文末には今日の放課後話せないかと書かれていた。中々に圧倒されたがこんなに思われて嬉しくないわけがない。 「おはよー 山田」 自分の席に着くと友達の八木が声をかけた。 「おはよー」 「今日、席替えするらしいぜ」 「昨日聞いたー」 一、二ヶ月に一度うちのクラスは席替えをする。担任曰く新鮮な気持ちで取り組むため、クラス内での交流も兼ねてみたいなものらしい。 だかしかし、俺は今の席がすごく気に入っている。窓際の一番後ろの席。隅っこだし、授業中にあんまり当たることはない。それに天気がいい日は日差しがいい感じに当たって心地がいいんだ。だから今の席から離れたくない。 「今の席、気に入ってたんだけどなぁ…」 「この席いいよな 俺はここを狙う」 「いや、次も俺がこの席だ」 キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴って各々席に着く。 そのうちに担任が来て声をかけた。 「おはよー チャイム鳴ったぞ、席つけー 今日は席替えするぞー」 ◇◇◇ あぁ…すごい。大変な事態が起きた。ラブレターの送り主、須藤さんの隣の席になってしまった。 だけど一番前の席でこれだと隠れて居眠りができない。けど嬉しい。 「山田くん、よろしくね」 きらきらスマイルで挨拶をされた。ラブレターをもらう前だったらなんて事ないのに貰った後だからすごくドキドキする。アレを本当に須藤さんが書いたんだろうか。改めてギャップが凄すぎる。好きです。 「よ、よろしく…」 次の席替えは恐らく一ヶ月くらい先。このままの席でいいよ、もう。 次の授業の準備をしていると数学の教科書がないことに気づく。昨日家で課題をしていたときにそのままにしてしまったらしい。隣のクラスの友達に借りに行ったが同じく家にあるらしく借りられなかった。 「最終手段 須藤さんに見せてもらう」ができればいいのだが緊張してすごく頼みづらい。前の席だから教科書がないのはまずいと悩んでいると隣から声をかけられる。 「山田くん、教科書見る?」 「いいの…?」 「もちろん」 「ありがとう!助かるよ」 「どういたしまして」 須藤さん優しい…。こんな陰キャにも普通に声かけてくれるし可愛くて性格も良くて最高じゃないですか。 「…や、山田くん?私の顔、なんか着いてる?」 「へっ?…ごめん、なんでもない!」 気づいたら顔をみていたらしい。意識せざるを得ない。 授業中、案の定指名されて答える羽目になったが別のことを考えていて先生の話を聞いていなかった。 「すみません、聞いてなかったです…」 「しっかりしろよー ここテストに出すからなー」 周りからブーイングが上がる中、指名された須藤さんは黒板の前に立った。スラスラと迷いなく黒板に書かれた綺麗な文字が走る。 あの手紙の字もすごく綺麗で見惚れてしまった程だ。 正解。と先生の声が響いてクラスのみんなが声が上がった。 「…須藤さんすごいね あんなムズイ問題解けるなんて」 席に戻った須藤さんに小声で声をかける。 「偶然、予習してた所が当たっただけだよ」 少し照れた表情が俺にとって新鮮に映った。話す前は雰囲気がおおらかという印象を持っていたがそんなところも好きだなと思った。 ◇◇◇ そして、あっという間に放課後になってしまった。他のクラスメイトは俺以外いなくて教室内はしーんと静まり返っている。手紙に書いてあった通り教室に残っているが須藤さんの姿はまだない。 スマホゲームをしているが緊張しているせいでミスを連発しまくっている。集中できなくて家に帰ってからにしようと思いアプリを閉じた。 同時に教室の扉が開いて、振り返ると予想外の人物が現れる。 「…山田」 「須藤…?」 「残ってくれてありがとう…その、話があって」 「うん…?」 なんだろう…この違和感。ざわざわとした感覚。 「手紙に書いた通りなんだけど、俺山田のこと好きなんだ。付き合ってほしい。」 「…」 …書いたのアンタかよぉぉぉ!!! 今日一日のドキドキ返せぇぇぇ!!! 「なっ…」 「急にびっくりするよな、ごめん。こんなこと言って…山田のことずっと好きだったんだ。」 イケメンが真剣な表情で告白をしている。相手はまさかの俺。 頭の中が真っ白だ。 「返事はいつでもいいから、考えてくれると嬉しい」 「うん…」 空返事になってしまって何が起きているのかよく分からなくなった。 今日はゲームをやらずに早く寝よう。きっと疲れているんだ。 うちのクラスには須藤が2人いる。 須藤美咲(女子)と須藤碧(男子)だ。共通していることと言えばすごくモテること。だから、2人ともお似合いだねなんて噂をされるほどだ。俺は女子の方の須藤さんに密かに片想いをしている。下駄箱にラブレターが入っていて席替えも隣になったし、舞い上がっていたらまさか男子の方の須藤だったとは誰が思うんだ。別に同性愛を軽蔑はしない。世の中いろんな人がいて良いと思うけどそれが自分の身に降りかかると意味は少し違うのかもしれない。 須藤はクラスの中心的な人物でいわゆる陽キャだ。男女ともに好かれる性格をしていて周りの人はほっとかない。それなのにどうして俺なんだ?接点なんて今までないのに… 「結人ー!少しは部屋片付けなー!」 「今やろうと思ってたんだよー!」 母と俺の声が部屋中に響き渡る。 部屋に入って洗濯物をテーブルに置いてくれた。その横に3枚綴りの例の手紙を見つけられた。 「あんたこれ、すごい熱烈な手紙ね〜書いたの?」 「ちょっ…!勝手に!……もらったんだよ…」 「へぇ〜!」 手紙と俺を交互に見てもう一度、手紙に目を向けた。 何が言いたいんだ、この人。 「こういうのは早く返事した方がいいよ」 「…分かってるよ」 ◇◇◇ 「そっか…そうだよな、気持ちは分かってた 返事ありがとうな」 「ごめん、でも気持ち伝えてくれて嬉しかったよ…」 須藤の気持ちには答えられないこと、他に好きな人がいることを告げた。人を振るのってこんなに苦しいとは知らなかった。 「じゃあ、これからもクラスメイトとしてよろしくな」 「こっちこそよろしく」 振ったくせに何を言っているんだと思うがいつもと変わらぬ様子で言った須藤にチクリと心が痛んだ。 懐かしい夢を見た。今、彼はどうしているのだろう。 あれから時が経って俺は社会人になった。こんな夢を見たのはきっと今日、地元で行われる高校の同窓会だからだ。 高校生のとき、須藤に告白をされた。当時、女子の方の須藤さんが好きだったから断ったんだ。でも結局、須藤さんには告白できないまま卒業をしてしまったんだけど。須藤とも卒業してから会っていない。クラスが一緒だったのは一年生のときだけだったし、元々関わりがなかった。「これからもクラスメイトとしてよろしく」と言われたときの笑顔が脳裏に焼き付いていまだに離れない。あまりにも綺麗だったから。まるで呪いのようだと思う。 ◇◇◇ 「山田だ!久しぶりだなぁ!お前変わってねーな」 「お前もな!最後に会ったの4、5年前か?」 久しぶりの友達との再会にテンションが上がった。周りも容姿が変わってる人、変わってない人。人それぞれだった。 一番盛り上がっているグループがある。須藤たちのグループだ。 大人になっても相変わらずリア充集団だと思う。聞き耳を立ててみれば、「ダブル須藤」という言葉が聞こえて何とも懐かしい響きだなと思い出した。当時、2人が並ぶと目の保養になるとか言われていたものだ。 だが、今は時が経って女子の方の須藤さんは結婚したらしい。相変わらず可愛くて綺麗な人だなと思った。 彼女を見ると何とも言えない気持ちになるのはあの手紙と席替えがあったから。須藤さんから貰ったと思っていたからてっきり両思いだと勝手に勘違いしてよく話しかけたりしていた。それも同窓会の知らせが来てから思い出したのだ。もうただの苦い思い出だ。 少し息苦しさを覚えて外の空気を吸ってくると八木に伝えて外に出た。 外は程よく風が吹いて心地が良かった。やっぱり大人数の飲み会は苦手だ。社会人になって少しは慣れたが定期的に1人になる時間を確保しないと身がもたない。 喫煙所に入り、タバコを吸う。どうもストレスが溜まると吸いたくなる。もうやめようという弱い意志ほど無意味なものはない。 「すみません、ライター貸してもらってもいいですか?」 俺の後に入ってきた人でガサゴソと探し物をしていた。 「あ、はい。……須藤?」 「山田。久しぶり」 「久しぶり…」 久しぶりの須藤に呆気に取られているとあの頃の笑顔を見せた。 「山田、吸うんだね。ちょっと意外」 「ストレス溜まるとつい…みたいな」 「ははっ分かるわー仕事って何してんの?」 「営業。須藤は?」 「あぁ、それは大変だわ。俺は書道教室やってる」 「へぇ〜!すご!須藤に似合うな あのときの手紙もめっちゃ字綺麗で…」 ここまで言いかけてやめた。自分からこの話題を振るとはなんたる失態。 「懐かしいな、あのときはただ伝えたいって気持ちが大きかったから…てか、普通に考えたら大好きで埋められた手紙って引くよな」 「…っそんなことない。俺、手紙もらったのなんて初めてですごい嬉しかったんだよ!字が綺麗でずっと見てられるくらいだったから」 酒の力もあってスルリと言葉が出た。須藤が目を丸くして驚いて、タバコを吸って煙を吐き出す。 「じゃあ山田に渡してよかったな。あのさ、同窓会終わってから時間ある?飲み行かない?」 「うん、いいよ」 ◇◇◇ 「…ん…ここどこだ」 見慣れない天井、部屋、家具。昨日は同窓会があって終わってから須藤と飲んで…まさか須藤の家? 廊下から足音が聞こえて扉が開く。 「あ、山田起きたのか。おはよー」 「おはよう、ここ須藤の家?ごめん迷惑かけたな」 「全然 それより結構飲んでたみたいだけど大丈夫?」 「うん、大丈夫」 飲みすぎて寝てしまうなんて20歳くらいのとき以来だな。 「朝メシ作るけど食べれる?」 「じゃあ、お言葉に甘えて…俺も手伝うよ」 「美味い 須藤料理上手いな。特にこの炒め物」 「そうか?昨日作ったやつなんだ。まだあるから食っていいよ」 「ありがとう」 高校の頃から思ってたけど勉強、運動もできるし。料理も上手い。逆に何ができないんだろうか? あのさ。と、須藤の声が聞こえてそっちに顔を向ける。 「今日って時間ある?あったら出かけない?」 「大丈夫だよ、どこ行く?」 ◇◇◇ 自分の希望で水族館に行くことになった。幼い頃から生き物が好きで見ていて癒されるから。大きい水槽の中でゆらゆらと泳ぐ姿は自由で何者にも囚われない。 「やっぱり海外の魚は綺麗で、日本の魚は美味そうだよな」 須藤が吹き出すと続けて言葉を紡ぐ。 「ふっ…や、山田。腹減ってんのか?」 「イヤイヤ、ソンナコトゴザイマセンヨー」 「片言ですけど」 館内にイルカショーの時間のアナウンスが鳴り見に行くことにした。 お客の歓声がある中、ポツリポツリと須藤と言葉を交わす。 「イルカは迫力あるなー」 「な。俺、小さい頃からイルカが一番好きなんだよなー」 「人気だよなークラスの子でも何人か好きな子がいるよ」 頭がよくて社交的でありながら海の遠い場所や深い場所まで泳げるなんて羨ましい。野生のイルカは群れで生活している。そんな群れに強い家族の絆があってホイッスルやクリックなどの音を使った「言葉」を通じてコミュニケーションをしている。 人間とそう変わらないんだなと思う。 水族館を出て少し離れた展望台に来た。高い所から見る地元は、離れる前とあまり変わらない。地元を離れて気づいたことがある。この景色が好きなんだと。 「須藤って、ここに戻ってきたのっていつ?」 「えーっと…2年くらい前だな、それまで県外いた」 「結構、最近なんだな」 「教室やるなら地元がいいなって思ってて」 「すごいなー…俺は夢とかはないよ、教室開くきっかけとかあったの?」 長年の夢を叶えた須藤とただ漠然と生きている俺では住む世界が違いすぎる。 「…実は、小学6年生のときに書道教室に通ってたんだけどその帰り道に交通事故に遭いそうになったんだよね。そこで出会った子に助けられてさ、教室で書いた紙を道路に落として拾うのを手伝ってくれたりしてそのときに字が綺麗だねって言われたのが嬉しかったんだ。同い年くらいの子に言われたのは初めてで印象に残ってるんだよね、ホントに単純な理由なんだよ」 「…っ」 俺が小学生くらいの頃、友達と遊んだ帰り道に同い年くらいの子が車に轢かれそうになるのを助けたことがある。自分にとって初めての人助けだった。 「それ、俺かもしれない……」 「…覚えてたの?」 「こんな大事なことなんで忘れてたんだろ。あれ、須藤だったんだな…よく覚えてたな…」 「だって、笑顔が変わってないから。綺麗だねって言う顔がそのままだったから…ねぇ、やっぱり俺 山田こと大好きだよ。付き合ってほしい」 ゆらゆらと揺れる瞳が水族館で見た魚を何故か思い出して、優雅に泳ぐ魚のようだ。 「俺なんか、須藤に釣り合うのかな?」 「釣り合うとか釣り合わないとか関係ないよ。俺は山田の隣にいたい。」 唇に一つ口付けを落とした。 ◇◇◇ 肌の擦り合う音、息づかいが脳に響いて離れない。 「あっ…んぅ…ぁ」 「痛くない?苦しくない?」 「うん…だ、大丈夫」 触る手が優しくて温かい。 「ゆっくり動くね」 ちゅっ。と額に口付けをしてゆっくりと動かした。 「んっっ…!ぁ、ぁ、ふ…」 「…っきもちいい」 頭がおかしくなりそうなくらい心臓がバクバクと鳴っている。 漏れる声に恥ずかしくなって口を塞いだ。しかし、須藤の手で阻まれる。 「声聞かせて」 「気持ち悪いだろ…」 「そんなことないよ、ね、お願い」 そんな顔で懇願されては断りづらい。ズルい。 深く、深く口付けをしてプツリと糸が切れる。 「あっっ!!」 「一番、いいところ当たったかな?」 「ひ、ぁ…だ、だめっっこれ、」 「大丈夫だよ…ただ気持ちいいだけだから」 さっきよりも少し激しく、だけど気遣ってくれて快楽に身を落とす。 「あっあっ…!んんっっぅん」 首筋や胸に紅く咲いた花が散らばった。突かれるたびに快感が押し寄せる。 「ふ…んっ…あぁ、もぅ、須藤…だめっっ!」 「イく?イっていいよ…好きだよ、大好きだよ」 「あ、ぁっっ…!!」 ◇◇◇ ふぅーと煙を吐き出すと夜空に広がるのを見届ける。 ガララと後ろの戸が開いた。 「ちょっと寒くない?」 「そうかな?丁度いいかも」 「…体、平気?」 「うん、大丈夫」 指と指を絡ませればそこがじんわりと熱を持つ。 「火、ちょうだい」 ライターを手渡すと、そっちじゃなくてと言われて咥えてるタバコの方を言われる。 「ん」 タバコからタバコへ火が移り、紅くなる。 「明日、帰るんだよね?」 「うん…」 握っていた手が強くなり、離れられない。 ずっと言おうと思っていたことを言わずにはいられなかった。 「須藤…俺、今の仕事辞めてこっち戻ろうと思うんだ。」 「山田…」 「須藤のこと、大好きだよ。ずっとずっとそばにいたい」 「俺も大好きだよ」 口付けを交わしてタバコの味が混じる。少し苦かったけど慣れる日が来るのもそう遠くはない。 「…部屋、戻ろうか。コーヒー入れるよ」 「ありがとう」

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