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第1話 起きたらジャングル

「やめろって……っっ!! 抜けよ! 俺は男だーっっ!!」 だー、だー、だー……と、俺の叫び声が木霊する。 俺達の周りには森、森、森。 ジャングルみたいなこの場所は、当然日本ではない。 そして俺は、何でこんなところにいるのかわからない。 昨晩、VRゲームで遊びまくって、ゴーグルを外さないまま寝てしまった記憶はある。 寝る直前は確かにジャングルゾーンで、NPCが何かの儀式をしている現場に遭遇して、隠れシナリオかと思った俺はそのまま儀式を眺めていた。 で、気付いたらそのNPCが俺の身体を揺すって俺を起こしたんだ。 「……क्या आप भगवान का उपहार हैं??」 「……は?」 「क्या यह मेरा जीवनसाथी है??」 「……」 何か話し掛けられたが、俺は一度ゴーグルを外して時計を確認しようとした…のだが。 目元に手をやっても、ゴーグルがない。 存在しない。 「……は? え??」 思わず、自分の顔や頭をペタペタ触る。そこには何もない。 「え? なん……なんで??」 俺は何度も瞬きした。 けれども目の前の、褐色の肌でガタイの良い男と、ジャングルの風景は消えてくれない。 次に身体を触ってみたが、部屋着の感触はある。 目にもうつる。 靴下は履いているけど、靴はない。 「तुम मेरी ニホンジ हो」 「え? そう、日本人!」 目の前の男が俺に日本人なのかを聞いたから、俺はコクコク頷いた。 どっからどう見ても目の前の人間は日本人とは違うけど、知ってる単語が出て来て物凄く安心する。 いくら人間がいても言語が通じないって、物凄く不安になる。 ……まぁ、目が覚めたらジャングルしかなくて、この男がいなければもっと心ぼそかったのかもしれない。 「एक बार、चलो घर चलते हैं」 彼は俺の腕を引っ張って、俺を立たせた。 そして、手を繋いだまま、その場所から移動する。 俺が振り返ってもといた場所を見ると、そこは祭壇のようだった。 VRゲームで見ていた儀式の供え物とかも並んでいて、背筋がゾクリとする。 しかし、地面の感触は間違いなく石の上で、フローリングとは程遠い。 足元に気を付けなければ、怪我をしそうな程── 「痛っ!!」 思った時には、小石を踏みつけていた。座り込んで、靴下を脱いでみると足の裏の土踏まずの部分にじわりと血が滲んでいる。 「いって~……」 俺が涙目になっていると、目の前の男が俺を急に横抱きにして持ち上げた。 「お、おいっ!!」  男なのにお姫様抱っこされ、慌てる。 恥ずかしすぎたが、そのままずんずんと凄い勢いで歩かれたので、逆に恐怖で思わず男の首にすがりついた。 俺、ダサすぎる。 こんな姿、同級生に見られたら憤死ものだろう。 しかし、幸か不幸か、周りには同級生どころか日本人も、現地人すらいなかった。 まるで、この世界には俺とこの男、二人きりであるかのように。 「……」 ひとまず、移動している間に状況を確認しようと思う。 目の前の男は、昨日プレイしていたVRゲームのNPC……で、あっているとは思う。 アフリカの原住民が着ていそうな服を身に纏った彫りの深いイケメンで、俺の倍ほどありそうな筋肉と褐色の肌が色気を醸し出している。 同じ人間なのに、何この差。 俺は高校で学校に馴染めず、ほぼ引きこもりだった。 両親共働きで、お互いに他人の様な生活をしていて、俺が学校に行こうが行くまいが構わず、お金だけ置いてご飯は食べなさいねと言うような人達。 まぁ、世の中にはその日のご飯を食べるのにも苦労する人達がいるのだから、俺は恵まれているのだろう。 引きこもりになっても、誰にも文句を言われないのだから。 たまに、自分が透明人間になった気はするけど。 ともかく、そんな俺は色白でひょろひょろのもやしみたいな身体だ。 ワイルドとは程遠く、また頑張ってもなれないと思っているから、目の前の男が羨ましく、そして妬ましい。 ここは、間違いなく日本ではないだろう。 では、海外の何処かに連れてこられたのだろうか? 部屋着のまま、一度も目を覚ます事なく。 夢にしては怪我までしてるし、男の心臓の音も身体の熱さも喉の渇きもジャングルの暑さも全て感じる。 とにかく、このジャングルに俺は連れてこられて、今、この目の前の男に何処かへ運ばれている。 人質やら臓器売買やらが一瞬頭を過ったが、多分違う気がした。 何故ならこの男の瞳は真っ直ぐで、優しい眼差しに溢れていたから。 それは、両親以上に暖かみを感じたのだ。 「यह आपका घर है।」 男が何かを言い、洞窟のような場所に入っていった。どうやら男の住処のようで、軟弱な日本人にはキツいなとしか思えないサバイバル生活っぽい。 「すみません」 毛皮の掛かった岩にそっと下ろして貰い、男は木のたらいの様な物を持ってきて、怪我をした方の俺の足をその中に入れる。 そして、洞窟の奥の方へ行って、水を汲んできた。 男は俺の足に水を掛けて傷口を清めてから、そのままぺろりと俺の足を舐めた。 「ひっ!!」 びっくりして足を引っ込めようとしたが、男の力が強すぎて全く引っ込まない。 男は丹念に、続けて俺の足を舐める。 「そ、そこまでしなくて良いですっ!もう大丈夫です!!」 「क्या मेरी ニホンジ अब और बिस्तर पर जाना चाहती है?」 「そうです、日本人、舐めない、大丈夫」 何を言ったのかはわからないが、ひとまず頷いた。 日本でも、昔は唾を付けたらしいが今はそういう時代ではない。 俺の言いたい事が通じたのか、その男は舐めるのをやめてそそくさと一枚の大きな葉っぱを手に取り、俺の足の裏に巻き付けてから蔓でぐるぐると固定してくれた。 どうやら、怪我の処置をしてくれたようだ。 「ありがとうございました」 ペコリと頭を下げると、男は笑顔になる。 笑った顔もイケメンだ。 年齢は同い年くらいだろうか? 俺がこんな奴だったら、楽しく高校も通えていたのだろうか。 「あの……俺、セイヤと言います」 「अब क्या कहा?」 全く通じてなさそうなので、仕方なく自分を指差した。 「セイヤ」 「セイヤ?」 俺はもう一度頷いて、「日本人、セイヤ」と言う。 「ニホンジ、セイヤ」 「はい。……貴方の名前は?」 今度は、男の胸に人差し指を当てた。 「アルバール」 彼は答えた。

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