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第1話
【冴えない俺と美しい彼はラストワルツを踊らない】
いわゆる社交ダンス、男女ペアで踊る競技ダンスの大会に初出場したのは十二歳のとき。
習いはじめて僕は半年、パートナーの彼女は三ヶ月。
そして組んで二ヶ月と、できたてほやほやのカップルだった。
そりゃあ、チワワよろしく震えてやまなかったものを「情けないわね!」と尻を叩いた彼女のほうが上がり症だったようで。
出番直前になって僕のゼッケンも入った鞄を持って、とんずら。
いよいよ出番となり、僕だって怯えきってはいたけど、毎日、練習に練習を重ね、やっと晴れの舞台、大会出場にこぎつけられ、はりきってもいたのだ。
直前におじゃんになっては尚のこと惜しまれて、人目もはばからず、泣き喚きそうになったもので(僕はなにかとすぐに泣くのだが、彼女に「私に恥をかかせないで!」とずっと我慢を強いられていたから、その反動もあって)。
涙をこぼしそうになったとき「まじ、あいつ、ふざけんなよ!約束やぶりやがって!」と怒声が耳を劈いた。
声の調子や口の悪さからして、同い年くらいの男子かと思いきや、見やれば、漆黒のドレスを着た女子が。
僕と同じ中学生だろうか。
年に見合わない、黒くシックなデザインのドレスやヒールを身につけながらも、背伸びした感がなく、大人っぽさが板についている。
匿名性を保って審査をしたいとの大会の方針によって「仮面舞踏会」風な装いをしているから、まともに顔を拝めなかったとはいえ、輪郭が際立つ鼻筋、薄紅の厚い唇、覗く切れ長の瞳からして、華やかで艶めいていた。
競技ダンスをしている女子の多くは大人びているとはいえ、見た目も佇まいも、指先までしなやかな仕草も、とび抜けて彼女は淑女らしく、エレガントだった。
出番直前のハプニングも忘れて、見惚れたものの、目を放せなかったのは他にも理由がある。
片手にゼッケンを持ち、地団駄を踏んでの「あの租チン野郎!」の暴言。
紳士淑女が寄り合う場にあって、中指をおっ立てんばかりに粗暴にふるまうのに、周りも注目していた。
とくに僕なんかは「まさかお仲間?」とじろじろと見やってしまい。
この場にいなパートナーを罵りつくしたら、唇を噛んで、にわかに振り向いた。
ばっちり僕と目を合わせて、とたんに距離をつめ、ゼッケンを胸に叩きつけてきて。
「あんた、なんでゼッケンつけていないの!?」
「いや、実は僕も・・・」
「だったらパートナーの代わりをしなさい!」
初めに登録したペア以外と踊るのはもちろん、ルール違反だ。
小心な僕は普段なら、決まりにそっぽを向く意気地はないのだけど、このときは彼女に命令されるまま「はい!」とゼッケンを受けとったしまった。
「パンがないならお菓子を食べればいいじゃない」とのたまう女王様ばりの強権ぶりに抗えなかったせいもあるけど、僕も僕とて一競技者として矜持があり、光り輝くボールルームを目前にして戦いもせず、負け犬のように退散したくなかったのだ。
怒髪天な彼女に感化されたせいか「失格になってもかまわない!」とやけになって、背徳感を覚えるのにも、やや興奮したほどで。
呼びだしされるまで時間がなかったから、お互い、名乗りあう暇もなく、彼女と同じゼッケンをつけ、一通り打ち合わせをして動作確認をし、さざ波のようにざわめき、陽炎のように熱気がくゆるボールルームへ。
深呼吸してから僕が腕を広げると、ゆっくり歩みよって彼女が手を添え、ワルツの優雅な音楽が流れて・・・。
「夢のようだったなあ」
磨かれた床に三角座りをして頬杖をつきつつ、うっとりするも「星野くん、何度目よ?その話」とため息を吐かれる。
受付の机に、やはり頬杖をついて、うんざりしているようなのはダンス教室の代表で講師の志那野さん。
十二歳から五年もお世話になって頭が上がらない相手だけど、初出場の件については譲れなくて「だって僕のダンス人生で最高潮だったのが、あのときだったんですから!」と拳を振って訴える。
「会ったばかりのはずなのに、ボールルームで手を取り合った瞬間、重ねた手が溶けて混ざりあったような感覚がしたんです!
血肉も神経もつながったようで、そう、四足の一つの生き物になったみたいだった!
自我を保ちつつ、名前も知らない相手の自我と衝突しないで、意識と思考が絶妙に折り合いがついて!
動きも歩幅もリズムも、寸分の狂いなくシンクロできたし、なんの雑念もなく、どこまでも伸びやかに、かろやかに、自由気ままに、ただただ踊ることに熱中ができた!
あの時以上に、ペアの一体感を覚えたことはないんですよ!」
「まあ、そうよね。
大体、カップルが組めないでいるんだから」
渾身の魂の叫びもなんのその、冷ややかに一言で片づけられて「ぐ・・・!」と肩を落とし、床に拳を叩きつける。
あれから、もう五年。
大会初出場にして道を究めたような至高のダンスをし「もしかしたら僕は天才なのか?」と調子に乗っていられたのは、ほんの僅かな間だけだった。
出番直前にとんずらした彼女は辞めてしまうは、他にパートナーを探そうとしてもフられつづけるは。
結局、あの日から五年もの間、大会出場どころか、誰ともペアを組めていない有様。
【転生してスローライフを送る俺は、愛しいあなたへ銀狼の遠吠えを捧げる】
風邪と思っていたのが、ずっと重い病気にかかったらしい。
家で適切な対処をし、安静にしたものを、三日経っても症状が緩和せず、むしろ熱の上昇がやまずに三十九度台へ。
「これは救急車を呼ぶレベルかもしれない・・・」と判断するも遅く、全身焼かれるような熱に眩んで、スマホに手が届かず失神。
マンションの住人と交流がなく、そう頻繁に連絡する友人知人もいないとなれば「ツんだ」と天に召されるのを覚悟したが、意識を落として間もなく、真っ暗な視界が眩くなって目をかっ開いた。
深夜の暗い部屋にいたはずが、燦燦と太陽が照る外に。
目に染みるように、空は真っ青で森も青々とし、そして俺が佇む向かいにはマンションでなく、煙突のある木のコテージ。
インドア派な俺には、こんな森奥に別荘を建てた覚えはないが、見覚えはあった。
オープンワールドのゲーム「ピース ワールド」でオリジナルにつくりあげたもの。
自分の体を見てみれば、ファンタジーの世界のザ・村人な装いに、一応、人型なれど、体毛や髪が銀色。
尻からは、ふさふさの尻尾が生え、頭にはぴんとした三角の耳。
種族から、体型、顔つき、体毛、瞳の色とオリジナルに組み合わせたアバター、狼族のシンバだ。
マンションの一室で孤独死したかと思えば、毎日ログインしていたゲームの世界へ。
ここが死後なのか、植物人間になって夢を見ているのか、知れなかったが、なににしろ転生先が「ピース ワールド」で一安心。
ファンタジーでも戦闘系ではなく、仮想現実でスローライフを送るタイプ。
まずは人に雇われ働いて稼いだお金を元手に、学校に行って役人になる、店をかまえ商売をする、土地を買い農業をする、世界を旅して回るなど、あらゆる選択肢から、自分のしたいことを成す。
俺が選んだのは人里はなれたところでの、りんご農園経営。
現実では人間関係に胃を痛くすることが多いので「ピース ワールド」に求めるのはゲーマーとの交流ではない。
こつこつ、りんごを育て、農園の経営に勤しむという、作業的なプレイに没頭しつつ、高画質なグラフィックの抜けるような青空、満天の星がちらばる夜空を眺めて、頭を空っぽにぼうっとするのが休日の癒しだったもので。
多くのプレイヤーがたむろするオープンワールドで、あえてディスコミュニケーションで細々と暮らすのが醍醐味。
とはいえ、生産するだけでなく、りんごは加工品も含め町に運び売りさばかないと収入は得られない。
ので、その手伝いをしてくれる詩人のドワーフ族、ピンとのみ交流あり。
俺とは対照的に「オイラのトモダチ百人!」と豪語するほど、リア充ならぬ、仮想現実充。
の割には、オープンワールドで殻に閉じこるコミュ障の面倒プレイヤーなんか、わざわざ気にかけ、親切にしてくれるあたり、リアルにはそうパーリピーポでないのかもしれない。
町から農園のある山奥まで移動に時間がかかっても、足しげく通って「売れない詩人だから助かる」と云いつつ、りんごと加工品を売りきってくれるし、収獲やジャム作りなどの手伝いも。
口の減らない、おしゃべりなれど、ゲーム進行に関わる情報と町で起こった愉快爽快なできごとだけ教えてくれ、自虐的に笑わせる以外、人を卑しめたり無責任にゴシップ的な噂を口にはしない。
なんでもござれなゲーム内で、基本的な礼儀を弁えて、こちらを尊重してくれるから、ありがたくあり、商売をして食っていくにも欠かせない存在。
分身のアバターではなく、転生した今、生身の本人として生きていくには尚のこと、必要不可欠な親友だったが、果たして、転生後も変わらず、ピンは快く手助けし、節度を持って接してくれた。
が、その日、コテージにきたピンの顔色はすぐれず。
家の中へ招き、リンゴのジャム入りの紅茶をだして事情を聞いたところ「海の向こうからヒトという生き物が船でやってきたらしい」と。
「今のところは友好的に、海の町の人と交流していると聞く。
ただ『テッポウ』っていう生き物を殺せる道具を持っているとの噂を耳にして、なんとなく不安になって・・・」
「ピース ワールド」では働かなかったり、長くプレイしなかったりすると飢える。
それか寿命を迎える、この二パターン以外、死ぬことはない。
バトル系ではないから、お互い危害を加えるのはもちろん、迷惑行為もできず、天災が起こる、病気になるなど死に至るようなイベント、仕組みはなし。
転生してから現実的に生活を送るようになっても、極力、死を匂わせない、この世界のあり方は変わらず。
はずが、ヒトがテッポウをたずさえ、ご登場となれば、ピンが懸念するのも分かる。
第一にゲームには人型をした種族がいても、ヒト自体はいない。
すくなくとも俺がプレイしていたときには、海は浅瀬までしかでれず、かなた向こうからヒトが渡来するストーリー展開はされなかったし。
そう、これまではゲームの世界観、シナリオ、設定、ルールはプレイした通りのまま、変更や上書きはされないでいた。
のが、転生して半年後にイレギュラーな事態に。
かつて人間社会に疲れて逃避していた世界にヒトがでしゃばってくるとなれば、いい予感はしない。
「海のある町は遠いから、ここまでヒトは足を延ばさないかもしれない」とピンを宥めながらも、ヒトについて噂があれば、どんな些細なことでもいいから教えてくれるよう頼んで荷台を引いていくのを見送った。
が、翌日、ピンは訪れないで代わりに伝書鳩を。
「外せない急用があり、しばらくコテージにいけない。
とりあえず、昨日の売り上げを渡して、あとのことについては追って連絡する」
ゲームをプレイしていたときも転生してからも一日も休むことなく顔を見せてくれた。
その習慣を、なんの前触れなく中断したとなれば、よほどだろう。
なにせ「海からヒトがきた」と聞かされた翌日のこと。
「関係がないといいけど・・・」と願いつつ、売りにいけないりんごをジャムにしたり、砂糖漬け、酢漬けにしたり、ドライフルーツにしたりと、せっせと加工。
りんごの収穫時期が終わるころ。
冬越しに求める人のため、保存食づくりに取りかかる予定だったから、ちょうどよかったものを、ピンの来訪が途絶え一週間後、丹精をこめたその作業がぱあになることに。
【転生した俺はハイヒールでワルツを踊る】
なんやかんやあって中性ヨーロッパ風の世界に転生し、貴族の令嬢になった俺。
そう、俺。
性別は男のまま、柔道部キャプテンとしての筋肉美を誇ったまま、ハイヒールをはいてコルセットで絞めつけ、きらびやかなドレスを身にまとい、ばっちりヘアメイクをして完全にゴリマッチョなおかま野郎。
が、もともとのゲームの設定に忠実に親も屋敷、領地の人も「かわいい」「美しい」と溺愛。
彼らの目に、柔道部屈指のゴリラはどう映っているのやら。
転生前に女装癖はなく、柔道部に所属していたこともあり、色恋もそっちのけで部活に励む、ど平凡な男子高生だったからに毎日毎日、ドレスを着せられ、お嬢様扱いされるのには、そりゃあ、困ったもので。
といって、筋肉質な巨体をしながら気は弱いので、親馬鹿全開の盲目的かわいがりをされ、屋敷や領地の人に「お嬢様お嬢様」と手放しで慕われ「俺は男だ!これを見ろ!」とドレスをまくりあげるなんて暴挙はできない。
まあ、気が弱い点ではキャラクターに通じるものがあったから、気張らなくてもよかったが。
転生したのは妹がはまっていた乙女ゲームの世界。
リビングにあるテレビを占拠してプレイしていたのを、ソファに座ってぼうっと眺めていたので、おおよそのことは把握。
俺が成り代わったキャラは、小柄で華奢、虚弱な儚げな美少女。
「落差がありすぎだろ!」と神様に文句をつけたいところだが、それはさておき。
彼女の幼なじみは貴族の爽やかイケメン侯爵令息、エルビー。
見た目からしてお似合いだし、お互い惹かれあっていたものの、年ごろになり、エルビーは皇女に目をつけられてしまい。
がめつい皇女は、つれないエルビーを己に求婚するよう仕向けるため裏から手を回し外堀を埋めるなど画策。
もちろん、幼なじみの彼女も排除しようと周りをけしかけイジメさせ、親にもいやがらせを。
それでも、なかなかエルビーは屈しずに、むしろ彼女との絆を深めているようだったので、とうとう公の場で自ら手を下そうとして。
そのとき助けてくれ、皇女にぎゃふんと云わせるのがゲームの主人公だ。
このことをきっかけに、エルビーは主人公に惹かれるようになり、幼なじみの彼女は親友となって応援することに。
妹のプレイを見ているときは「幼なじみの子の心変わりよ!」と釈然としたなかったが、いざ自分がその立場になったら、ぜひとも主人公とエルビーが結ばれてほしくそうろう。
なにせ、主人公がエルビーのルートをとらないと、すぐに幼なじみの彼女と結婚し、子だくさんの家庭を築くから。
そう、子だくさんの。
まだ転生して間もないこともあり、エルビーとは顔を合わせていない。
皇女のイヤガラセに抵抗する日々、加えて社交界デビューが近いとあり、お互い忙しかったし。
領地内では溺愛設定マジックがあっても、一歩外にでたら通じないかも。
エルビーの恋も冷めるのでは?と期待しつつ、社交界デビューを迎えたのだが、甘かった。
「まるで男がドレスを着ているみたいね」と令嬢たちには冷笑され「男みたいな女と踊ったら見劣りするなあ」と令息たちには茶化されて。
皇女が間接的にイジメてくるだろうことは分かりきっていた。
もとより「みたい」ではなく正真正銘のゴリマッチョなおかま野郎だし?
それでも、実際に白い目をむけられ嘲笑されては泣きそう。
時代設定もあって尚のこと「容姿で評価される女性は、こんな辛い思いをしているのか・・」と身が裂かれるように思い知らされたもので。
ドレスをつかみ、歯噛みして震えていたら「ねえ、そこのあなた」と頭上から高飛車な響きが。
いやすぎる予感しかしなかったものの、見上げれば、案の定、けばけばしい皇女が、俺の目の前に手の甲を。
「私をダンスに誘っていただけないかしら?」
「は?」と思った矢先「あらあ!ごめんなさい!てっきり立派なお体をした素敵な殿方かと思いまして!」と高笑いされ、周りも大爆笑。
かあっと頭に血を上らせた俺はでも、泣くのではなく、俄然、戦闘モードに。
「背負い投げしてえええ!」といきり立ちながらも我慢我慢。
親や屋敷、領地の人を巻きこみたくないのはもちろん、なにより俺のために主人公に助けてもらわないと。
子だくさんの末路が。
哄笑が響きわたるなか、羞恥心より闘争心が湧いてやまないのを堪えて、主人公の登場を待っていたところ、きんきんとした笑いが静まり、ざわめきに変わった。
「登場シーンらしくないな?」と顔を上げれば、皇女のそばに立つ幼なじみのエルビー。
乙女モードになって、すり寄ろうとした皇女を「邪魔です、どいてください」と冷ややかにぴしゃり。
俺に向きあうと、一転、顔をほころばせて、片膝をつき「私と踊ってくれませんか?」と。
「エルビーのほうが先に助けにきたか」と望ましい展開ではなかったものの、この流れ、空気では断れず。
差し伸べられた手に、手を乗せ、引かれていく途中、見かけた主人公は踏みだそうとした格好のまま、ぽかんとしていたもので。
俺らが中央に向かうと、波が引くようにペアが退き、フロアを二人占め。
ワルツの曲が流れだして、リードに合わせてステップを踏みつつ「おい、大丈夫なのか」とこそこそ話。
「あれほどの屈辱を受けて、皇女がだまっちゃいないぞ」
「分かっているよ。分かっていたうえで、どうしても、きみと踊りたかったんだ」
「いや、まあ、そりゃあ、ありがたいけど。誰も助けてくれなかったし。
お前は正義感が強いから放っておけなかったんだろ」
「助ける?正義感?そう云われると、寂しいなあ」
俺が男言葉を使っても気にせず、おまけに「寂しい」だあ?
微笑みながら、熱っぽい視線をそそぐエルビーが、気づかって嘘をついているようには見えない。
「子だくさんって、その前提をするときは、どうするんだ?」とドレスの内側で揺れるそれを意識しないでいられなく。
頭を抱えたい俺の気も知らないで「ねえ、きみがリードしてよ」と場の空気も読まない鬼メンタルなエルビーは、どこまでも無邪気。
もう、どうでもいいや。
と、悩むのに疲れて転生前は縁遠かった、きらびやかな世界をどうせなら堪能しようと、握った手をひっくり返し、ターンしてリードとフォローを入れ替わり。
逞しい足の筋肉を盛り上がらせ、ハイヒールを力強く踏みこめば、遠心力でのけ反って子供のようにきゃっきゃ。
先行きは不安でしなかったが、ドレスを着たゴリマッチョおかま野郎とワルツを踊ってはしゃく彼を、きらいにはなれなかった。
こちらは試し読みになります。
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