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第一話 紅蝶の夢
時々、不思議な夢を見る。
口元以外、黒い靄がかかっているせいではっきりと顔が認識できない少女を見つめ、幼い少年が会話を交わしている夢。
何頭もの血のように紅い蝶が、ふたりの周りをひらひらと舞っていた。
「俺たちの一族は、生涯の主と認めたひとを一生かけて守るんだ」
幼い少年が何の迷いもなく目の前の少女にそう告げる。
「だから、決めた。すべてを敵に回しても、必ず君を守ると誓うよ」
その場に跪き、右手を取ってそんなことを言う少年に対して、少女の口元に笑みが浮かぶ。それはどこか困ったような笑みにも思えたが、幼い少年は了承の意と受け取ったようだ。
「俺が万が一傍にいなくても、俺の分身である紅蝶 がどこにいても君を守る」
少女の顔は見えない。口元だけがその意思を示す唯一の手がかりだった。
夢の中の少女は、目の前を悠々と舞う紅き蝶を眺めながら、ただ静かに笑っている。紅き蝶たちは白い月明かりだけの闇の中で煌々と輝き、ふたりを照らしていた。
その不思議と懐かしさを覚える夢は、いつもそこで終わってしまうのだ。
******
(また、あの夢か····最近はあまり見ていなかったのに、なにかの前触れか?)
まだ陽が昇る前に、目が覚めた。今日は朝から任務のために山を下りるので、ちょうど良い時間に起きられたようだ。
ここは道士たちが数人ずつ共同で使っている相部屋のひとつで、他の者たちはその任務には参加しないため、なるべく音を立てないように部屋から出て顔を洗いに行き、早々に身支度を始める。
三年ほど前に風明 派の門下弟から道士となり、与えれた任務をこなす天雨 だが、未だに師と仰ぐ存在を決めあぐねていた。
そんな中、ある上級妖魔討伐の依頼で道士たちが数人集められることになる。それを率いるのは、自分より二つ上の十七歳という若さで『師』の肩書を持つ首席道士。名を翠雪 。
門派の中で彼の名を知らない者はおらず、ただそれ以上に彼には不名誉な異名があった。若き主席道士に付けられたその異名とは、まさかの疫病神。
疫病神の異名を持つ翠雪 が率いる討伐隊に選ばれた天雨 も、その異名はもちろん知っていたが、実際に会ったこともなく興味もなかったため、まったく気にも留めていなかった。
しかしその妖魔討伐から数日後、何を思ったか天雨 は翠雪 の前に跪き、「弟子にして欲しい」と頭を下げていた。
そんな天雨 の真意など知らない、ひと嫌いな上に引きこもり道士で有名な翠雪 は、案の定「嫌です」と即答。
それでも諦めずに毎日通い続け、その半年後。粘り勝ちした天雨 は翠雪 に半ば呆れられる形で、弟子入りを叶えるのだった。
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