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第五話 嫌いなんです
手続きを済ませ、二階の一番奥の部屋へと案内される間、陽 は途切れることなく質問をしてきた。
「お嬢さんとお兄さんの瞳の色、すごく珍しいですよね。どこから来たんですか?」
「····ここからずっと遠い場所」
「俺、今までこの村から出たことがないから、旅とか羨ましいです」
久々の客人というのもあるだろうが、ふたりに対しての興味が尽きないようだ。翠雪 はもはや訂正する気力もなく、ただふたりの後ろを歩いていた。
階段を上り終え部屋に辿り着くと、陽 は「ごゆっくり」とふたりに言い残して扉を閉め、下の階へと戻って行った。
部屋はふたり部屋で、案外広かった。奥に簡易的な寝台がふたつあり、椅子と丸い机、衝立が置いてあるだけの部屋だったが、飾られている小物や提灯は店主のこだわりが見られた。
天雨 は外套を脱いで衝立に掛けると、窓の方へと歩いて行った。窓からは村の様子がある程度見え、先程よりも大粒の雨が降り注いでいた。翠雪 が言った通り、本当に数日降り続くかもしれない。
「外を散策するのは難しいかもな」
こんな雨の中、村の人間ではないよそ者が歩き回っていれば不信感を与えるだろう。しかし今はそんなことよりも、天雨 はあの件を蒸し返したくて仕方なかった。
「それにしても····"お嬢さん"って。子供って素直で面白いな」
「そんなに私に破門されたいんですか?」
「なんで怒ってるんだ?」
天雨 はもちろんわかっていて、とぼけた口調で肩を竦めてみせた。まあ、知らない者が翠雪 を見たら、そう思ってしまっても仕方がないのかもしれない。
それくらい彼の第一印象、つまり外見だけで判断すると、五人に三人は迷うことなく女性と思い込むだろう。ちなみに残りの二人は、「もしかしたら····」くらいの気持ちで男性と答えるかもしれないという低い確率だ。
初めて彼を見た時、天雨 も素直にそう思った。だが見た目の印象というのは、所詮ただの思い込みでしかない。彼と共に数日生活してみれば、その印象もがらりと変わるだろう。
実際の彼は、あの書物だらけの埃臭くて散らかった部屋に、一日中平気で籠っていられるような変わったひとだった。
「私はこの顔が嫌いなんです」
「なぜ? せっかく綺麗な顔に生まれたのに、もったいな········、」
言葉が途切れ、急に真剣な顔つきになって自分を見下ろしてくる天雨 を不思議に思ったのか、翠雪 は首を傾げて名前を呼ぶ。
「天雨 ?」
見上げてくる翠雪 をじっと見つめていたら、一瞬だけなにか思い出せそうな気がしたが、それはすぐに引っ込んで行ってしまう。
曖昧な記憶。
あの不思議な夢も。
雨の音に搔き消されて、なにもなかったかのように失せてしまうのだ。
******
ひらひら。
ゆらゆら。
紅蝶 が一頭、少女の細い指の上で翅を休める。揚羽蝶くらいの大きさの紅い蝶は、大人しいだけでなく人懐っこいようだ。
「どうしたの? なにかあった?」
顔が黒い霧にでも覆われているかのようにはっきりとは見えず、肩にかかるくらいの長さの柔らかそうな茶色の髪の毛と、表情豊かな口元だけが夢の中の少女の特徴だった。いつもと違う夢なのに、不思議とこの先の会話に覚えがあった。
「私、この顔嫌い」
「どうして? すごく可愛いのに」
褒めたつもりなのに、少女はむぅと頬を膨らませて無言で訴えてくる。どうやら彼女の地雷を踏んでしまったようだ。普通なら嬉しいはずなのに、なぜか少女は「なんでそんなこと言うの?」と声が震えていて、今にも泣き出しそうだった。
「そんなこと言う天雨 なんて、大っ嫌い!」
大っ嫌い! と言われたこともさることながら、自分が良かれと思って言った言葉で少女を泣かせてしまった事実に対してものすごく落ち込み、彼女が走ってどこかへ行ってしまうのをただ見ている事しかできなかった。
紅蝶が彼女を追って行ったのでどこへ行こうと見失うことはないが、どうやってもしばらく立ち直れそうにない。
夢はそこで途切れ、いつものように目が覚める。
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