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第4話 暴かれた中の人③
黒部は、以前に染谷に副業について尋ねた際、彼がこの件をはっきりと教えなかったことを思い出した。提出してきたサンプルは熟女もので、一瞬見えたユメミに似た絵のデータも隠しがちだった。今振り返れば、その内容が内容だったからに他ならない。当然の行動だったと言える。
この様子から見て、正攻法で尋ねたところで、染谷が逃げる可能性は大いにあった。
それでも確かめる方法はただ一つ。染谷が配信をしている最中に、彼の部屋に行ってみればいい。
黒部は鍵を持っている。
というよりも、染谷に鍵を持たせていないのだ。勝手に外を出歩かせないためである。彼のパソコンなどの私物や、その中に入っている組の職務上の情報などを置いたまま、鍵を開けっぱなしで出て行くことは、染谷の性格上できそうになかった。何より、この建物のエレベーターは鍵がなければ動かない。非常出口の外階段を、身一つで七階分も勝手に出入りする体力も染谷にはない。
鍵さえあれば、住人の許可など基本的にはいらない。エントランスのオートロックも、玄関の扉も問題なく開けられる。わざわざいつもインターホンを押すのは、それがカチコミではない訪問の礼儀だからだ。
内鍵をかけられていたら問題だが、ここまで出入りが厳重なシステムで、さらに内鍵までかけなくてはならない理由は逆にない。かけていること自体が怪しいということになるだろう。
黒部は時計を見た。いつもの時間になっていた。ごそごそと胸元を探り、スマートフォンを取り出す。慣れた様子で操作し、いつもの配信サイトを開いた。
「みんな~こんばんわ~」
いつものケモミミ、眼鏡、巨乳の3Dアバターの女の子が、笑顔で手を振っている。
「こんばんわ!」
黒部は「おとうふさん」の名前で五千円を投げる。
「わー。こんばんわ、おとうふさん。今夜もよろしくお願いしますね」
「よろしく」
さらに五千円を投げる。投げた後、いつもの染谷を思い出して、黒部は思わず笑いがこぼれた。
身長百八十六センチの大男。根暗で、がりがりで、ぬぼっとしている。
もしユメミが染谷だとして、どんな顔をしてこれを言っているのだろうか。
スマートフォンの画面はそのままに、黒部は地上七階建ての最上階を見上げた。画面の中ではコメントが流れる。それに適当に、時には投げ銭で対応しつつ、黒部はエントランスへと向かった。
最上階直通のエレベーターをカードキーで動作させる。誰かが先に使ったのだろうか、見上げた階数表示の数字が一つ一つ下がっていくのを黒部は見つめた。
チィンと小さな音を立てて扉が開いた。それに乗り込み、再びカードキーを通す。扉が閉まったエレベーターの中は静寂に包まれ、かすかな空調と低いモーター音だけが小さく聞こえていた。
1,2,3,4……順々にカウンターの電子掲示が変化して少々の圧と共に止まる。小さな鐘の音を響かせて扉が開く。しんとした廊下にコツコツと小さく靴音を響かせながら、黒部はまっすぐ廊下の一番奥の部屋を目指した。
カメラ付きのインターホンに、いつものように指をかけそうになってやめた。
手にしていたスマートフォンの画面を見る。
いつもユメミと「おとうふさん」の関係に割り込もうとしている他のリスナーが、「おとうふさん」が静かなのをいいことに、ひっきりなしにユメミに絡んでいた。
もし、染谷であれば、今はこのリスナーに意識を取られているはずである。
黒部はドアのキーモジュールにカードキーをかざした。
カチン、と音を立てて鍵が外れる。
そっとノブを回すと、扉がゆっくりと開いた。内鍵はかけられておらず、静かに扉は黒部を受け入れた。
「えー、そうなんですかぁ」
三十三歳成人男性の、鼻にかかったオネエ口調が聞こえてくる。足音と気配を極力消しながら、黒部は部屋の中へと入っていった。
リビングにつながる扉を開いても、染谷は耳をすっぽり覆うイヤホンをつけているせいか、全く気がついていない。
黒部が後ろに近づいて画面を見る。染谷がコンデンサーマイクに話した言葉を、ユメミが話していた。
「『さすがユメミちゃんだな』」
フリック入力ではなく、マイク入力で、黒部は心持ち声を張ってコメント欄に入力した。
一万円付きでそれを投げた。染谷が一瞬、体をこわばらせ、イヤホンを外しながら振り向いた。
すべての動作がゆっくりとおどおどしていて、染谷の顔は驚愕のために真っ青になっていた。
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