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第1話 声だけで、君とつながる夜
金曜の夜。
今日も物件トラブル対応でぐったりの俺、橘 涼太(27)は、ようやく自宅にたどり着いた。
――はぁ、今日も一日フル回転だったな。
午前中は定期点検で三件ハシゴ、午後は空調トラブルの緊急コール。
築十五年のマンションで、エアコンから変な音がするという連絡が入った。
「すみません、お待たせしました。設備管理の橘です」
「どうも。よろしくお願いします」
玄関を開けてくれたのは五十代くらいの女性。ちょっと困った顔で俺を見つめてくる。
「しっかり見させていただきますね」
エアコンのカバーを外してフィルターやファンをチェック。
なるほど、原因はこれか。
掃除して動作確認すると、異音はピタリと止まった。
「これで大丈夫です。定期的にフィルター掃除してくださいね」
「ありがとう! 助かったわ。それにしても丁寧な仕事ね……あ、よく見たら可愛い顔してるのね」
思わず赤面する俺。27歳なのに、まさか顔まで褒められるなんて。
「うちの娘に紹介したいくらいだわ」
「いやいや、そんな……」
慌てて笑ってごまかすも、心の中では小さくガッツポーズ。
仕事褒められるのも嬉しいけど、顔まで褒められるとツンデレモードが暴走する。
夕方には別の物件で給湯器の点検。オーナーさんも立ち会ってくれて、感謝の言葉をいただいた。
「橘さん、君に任せてると安心だよ」
「はい、ありがとうございます」
こうして褒められたり信頼されるのは嬉しいけどね。
……よく考えたら、俺って仕事場だと“いい人”キャラで固定されてないか?
「……まぁいっか」
誰もいないのに声に出すあたり、疲れは本物だ。
シャワーで汗と埃を流す。湯気の中、ついため息が漏れる。
髪をタオルで拭きながら部屋を見渡す。
築浅で防音もバッチリ。掃除も行き届いている。
窓際にはお気に入りの観葉植物、ポトス。今日も元気に葉を伸ばしていて、思わず笑ってしまう。
「よしよし、お前たちもお疲れ」
……って、俺、一人で植物に話しかけてる……?
いや、疲れてるからセーフだ。
独身男の静かな夜の癒しって、こんなもんだよな。
でも、俺にはもうひとつ――誰にも言えない秘密がある。
ノートパソコンを立ち上げ、いつものライブ配信サイトへアクセス。
ハンドルネームは――“リョウ”。
普段はちょっと照れ屋の俺。
でも配信になると、自然と素をさらけ出してしまう。
もちろん本名は出さない。顔も映さない。
映すとしても、ぼかしか、口元から下だけ。
雑談や、ちょっとHなサービスもライブ配信してみたり……。
最初は小遣い稼ぎのつもりだったけど、気づけばもう生活の一部だ。
「こんばんはー、リョウです。今日も一人でまったりしてるよ。みんな、お疲れ様」
チャット欄が瞬間に賑やかになる。
『リョウくん、かわいい!』
『声、癒される~』
『今日もお疲れ様!』
「……いや、かわいいって歳じゃないんだけど、俺」
照れ隠しにぼやくと、コメントはさらにヒートアップ。
『かわいいよ~』『むしろ大人のかわいさ!』
「そんなこと言われたら……調子に乗っちゃうよ?」
『乗って!』『かわいいー!』
……なんで俺、27歳で“かわいい”コールされてんだ?
内心で苦笑しつつ、悪い気はしない。
なんか、ちょっとドキドキしてる自分がいる。
「まずは雑談ね。疲れたときのリフレッシュ法、教えて!」
『ゲーム!』『漫画!』『散歩!』
「なるほどね、俺も真似しようかな」
『リョウくんは?』『知りたい!』
「え、俺? ……うーん、ストレッチしたりハーブティー飲んだりして寝るのが定番かな」
『健康的ー』『真似する!』
「それとね……こうやってみんなと話してる時間も、俺にとっては元気のもとなんだよ」
コメント欄が一気ににぎやかになる。
『わかります』『リョウくん、もっと癒やして』
――そして、コメント欄の一部がちょっと過激になりはじめる。
『リョウくんの裸見たい!』
『オナニーして!』
「ちょ、急にハードル上げすぎ……」
『お願い!』『見せてー!』
――なんか、妙にドキドキするな。
「俺、普通に雑談って言ったよね? でも、みんながそこまで言うなら……」
画面越しに求められるのは、やっぱり妙な快感だ。
「……じゃあ、見てて?」
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