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第二話 旅館②

 二人で部屋を抜け出した。消灯後であっても、廊下は明るい。カーペット敷きの廊下を抜けて、突き当たりにあるトイレへ駆け込もうとした時だ。角の向こうから足音がした。  背後からも声がする。もう夜更けは過ぎていると思うが、こんな時間まで見回りをしているのか。  完全に追い詰められた。袋のネズミだ。こうなったら、言い訳を考えておくのが吉だろう。七瀬が催したのでついてきてやったという筋書きにしておくか。部屋のトイレだと音が響いて恥ずかしいから、とか何とか、理由はいくらでもつけられるだろう。  などと、七瀬が恥ずかしいだけの言い訳を考えていた時だ。ぐいと腕を引っ張られた。  引きずり込まれたのは、階段下の納戸だった。畳まれた布団が積まれている。古めかしい箪笥や屏風といった調度品が置かれている。少々埃っぽくはあったが、整頓された物置部屋だった。  扉の前を足音が通り過ぎる。背後に聞こえていた声は、いつの間にか遠ざかっていた。見回りの先生ではなく、一般の宿泊客だったのかもしれない。  廊下がしんと静まり返るのを確認し、ようやく息を吐いた。七瀬も同様だった。ほっと胸を撫で下ろして、畳の上へ腰を下ろす。  真っ暗だと思っていたが、天井近くに明かり取りの窓があった。ちょうど光が差している。今宵は満月だ。  瞬介は、七瀬を抱きしめて押し倒した。ちょうど、折り畳まれて積まれた布団が背後にあり、寄りかかるような姿勢になる。ふかふかの布団に体が沈む。七瀬は、やはり咎めるような目で、瞬介を見た。   「……ここでか」 「トイレよりマシだろ?」 「っ……かもな」    体操着の下を指が這う。たくし上げれば、毒になりそうな白い肌、薄い胸が露わになる。秋の夜に冷えたのか、二つ並んだ突起が固く尖っていた。思わずしゃぶり付くと、七瀬はびくんと体を撓わせる。   「っ、ふ……赤ん坊かよ」    頭を抱かれ、抱き寄せられる。腰の辺りに、七瀬の足が絡んでいる。   「お前こそ、こんなとこ勃起させちゃって……そのうち母乳でも出るんじゃねぇの」 「そうなったら、味見くらいはさせてやるよ」    そんな軽口を叩いて、けれども、決して母乳は出ないのだ。それはまるで、この行為の不毛さを物語るよう。   「んッ……おい、そっちは……っ」 「そっちって?」    乳首に舌を添えたまま、瞬介は七瀬の下着の中へと手を入れる。背中側から忍び込み、谷間に沿って奥へ進んで、秘められた蕾に指を触れた。軽く突ついてみると、七瀬が腰を浮かすので、手首の可動域が広がり、難なく指を入れることができた。   「最後までする気かよ」 「だって無理。抜き合いだけじゃ、絶対足りねぇもん」 「それになんか、ぬるぬるする……」 「気づいた? 使い切りのローションってやつ、一個だけ持ってきてたんだよね。持ち物検査でもバレなかったし、ラッキーだったな」 「てめぇ、最初からそのつもりかよ。やっぱ煩悩の塊──ッ……!」    くりくりと前立腺をほじくってやれば、七瀬は声を押し殺してビクビク震えた。まるで枕に顔を埋めるみたいに、瞬介の頭に顔を埋める。七瀬の息に髪が湿っていくのを感じる。頭が熱い。   「ッ、ん……ふ、っ……んぅ……っ」    声は押し殺すことができても、甘い吐息はどうしても零れてしまう。その温度を間近に感じる。吐息だけでない。七瀬の唇までが、瞬介の乱れた髪に絡んでいる。  自然と、瞬介の息も上がった。くちゅくちゅと指を動かし、ローションを撫で付けるようにしてナカを掻き回しながら、乳首を啄み、吸い上げる。七瀬に快楽を与えるための行為で、瞬介も快楽を得ている。   「な、ぁ……」    ふと、七瀬が顔を上げた。まだ、もっと、抱きしめていてほしくて、瞬介は乳首に歯を立てる。ぽかっと頭を小突かれた。   「ってーなおい」 「痛てぇのはこっちだ。痕つけんなっつってんだろ」 「別にいいじゃん。どうせ明日には帰るんだし」 「そういう問題じゃ……」    七瀬は口籠り、それから、何か言いたいことがあったのを思い出して、口を開いた。   「お前、ポケットになに入れてんだ」 「ポケット?」 「でこぼこして気持ちわりぃんだよ」    言われて、ジャージのポケットを弄った。出てきたのは、小さな鈴。毬を模した、小さな鈴のお守りだ。小さく揺らしてみれば、澄んだ音色を奏でた。   「乙女だな」 「ちげーよ! 自由行動で一緒だった子が……」    何も違わないのに、言い訳めいたことを口走ってしまう。   「なんか、記念におそろいで買おうって。だからまぁ、そんだけ」 「へーェ。そろいでねェ」    紅葉の葉をあしらった毬に透かして七瀬を見る。怒っている様子ではなかったが、咎められているようには感じた。   「気に入ったんなら、お前にやるよ」    そう言って、七瀬のポケットに鈴をねじ込むと、七瀬は信じられないという風に顔を顰めた。   「てめぇ、ふざけてんのか」 「あ? なにが」 「これは、てめぇが女と買ったもんだろうが。なんでおれに横流ししてんだよ」 「だって、もういらねぇし。それに、お前のが似合うだろ、こういうのは」 「また適当ほざきやがって……」 「いいからさ、持ってろよ。あの子には悪いけどさ、やっぱお前に持っててほしいの」 「……意味が分からねぇ……」    もっと素直になれたなら。最後の修学旅行、七瀬と二人で歩きたかった。お前と二人なら、紅葉の色も、渓流のせせらぎも、もっと違ったものに見えただろう。お前が女子に誘われたと聞いて、くだらない意地を張っただけなのだ。違う。本当はただ、お前が俺の元を去っていくのが怖かっただけだ。  そう、言えればよかったのに。瞬介は七瀬の体を引っくり返す。畳の床に膝をつき、積まれた布団に身を預ける。   「……彼女は? いいのかよ」    七瀬が言う。瞬介はジャージを脱ぎ捨て、七瀬の服にも手をかけた。   「いいんだよ。つか、彼女じゃねぇし」 「捨てたのか」 「あのなぁ、そもそも始まってすらいねぇの!」    柳腰を両手で掴む。剥き出しの先端を擦り付けると、迎え入れるように七瀬が腰をくねらせた。   「んっ……ンン……ッ」    ぬぷぷ、と控えめな音と共に、ゆっくりと沈み込む。根元まで埋まり、とん、と腰がぶつかった。七瀬は口元を押さえて、挿入の衝撃を受け流す。   「ッはぁ~~……やっぱ気持ちい、七瀬ン中」 「はっ、ンぅ……っ」 「一週間ぶりくらい? こんなにしなかったの初めてじゃね?」 「まだ、そんなには……」 「んだよ。最後にいつしたか覚えてんの? スケベだな~」 「ちがっ、ン……しらね、っ……」    瞬介だって覚えている。最後にいつしたか。どんな風にしたか。あれから一週間は経っていないが、数日ぶりに体を繋げた。その割にはすんなり入った。  押し殺した、囁くような喘ぎが、月明かりの差す小部屋に響く。しがみつくうち、どんどん崩れて乱れた布団。衣擦れの音に、微かな水音が入り混じる。  七瀬のジャージは脱がしたが、白い体操着はまだだ。裾から手を入れ、たくし上げると、七瀬が肩越しに首を振った。全部脱いだら、いざという時言い訳できない。それは分かっている。分かっているが、欲望に抗えなかった。  露わになった白い肌。艶めくような柔い肌。秋の夜に冷えていたはずが、仄かに火照って色づいている。月明かりに濡れ、煌めいて見える。しっとりと汗ばんでいる。  腰から首筋にかけて、背中をついと撫でてやった。七瀬はびくりと体を仰け反らせ、何か言いたげに後ろを振り向く。   「くすぐったい?」 「ったりまえ……」 「けど、それだけじゃねぇだろ」    七瀬が身を捩る度に、肩甲骨や背骨のラインが、美しい陰影を描く。月明かりに照らされると、それは一層神秘的に思え、まるで完璧な彫刻のようにさえ思えてくる。  この美しいものを、己の好きにしているのだ。思うがままに組み敷いて、燻る欲望をぶつけている。そう思うと、後ろ暗い高揚感が込み上げる。   「ッひ、ぁ゛……」    挿入を深くし、体を密着させた。悲鳴じみた声を上げた七瀬の口を手で覆う。掌の下で、七瀬の唇が動く。濡れた吐息、熱い舌が蠢いている。苦しいかと思い、僅かに隙間を開けてやる。薄く開いた唇に指をねじ込んだ。   「やッ、う゛、やぇ……っ」    気を遣っているのか、瞬介の指を噛みはしない。ただ、ふにゃふにゃの舌で指を追い出そうとするので、逆に捕まえてやった。逃げる舌を引きずり出し、指の間で擦りながら揉んでやる。とろとろと唾液が溢れて、手首まで濡らした。  ガクン、と七瀬の体から力が抜けた。ぎりぎりで保っていた姿勢が崩れ、深く布団に沈み込む。   「や゛、ァ、やらっ……」    指先に舌を絡める。溢れる唾液を撫で付けるように、上顎を擦る。頬の内側をくすぐってみる。しなやかな肢体を撓わせて、まるで月明かりの中を泳ぐ人魚のようだ。布団なんかはもうぐしゃぐしゃで、波打つ浅瀬のようにも見えた。  月明かりのせいだけではない。汗に濡れた首筋に噛み付いた。がぶりと歯を立てる。血の味がする。うなじに張り付いた黒髪が口に入った。舌に絡ませ、舐めてみる。ただ汗の味がするだけだった。   「やぇ゛、や゛…ッ、んっ、ンン゛っっ────!!」    七瀬の口内にねじ込んだ指に、いよいよ歯を立てられた。かぶりと食い付かれ、噛み千切られる勢いだ。ぷつっと皮膚に穴が空く。唾液が滲みる。血が滲んで、七瀬の舌を赤く染める。瞬介の血の味を、七瀬は感じてくれただろうか。  瞬介を受け入れている蜜壺が、リズミカルに収縮する。搾り取るような激しい収縮を繰り返した後、おそらく余韻によって、小刻みな痙攣を繰り返す。精は飛ばしていないが、達したのだと分かった。  七瀬を仰向けに引っくり返した。紅葉が色づく秋なのに、真夏みたいに汗だくだ。股間のものは、固く張り詰めて天井を指したまま、透明な粘液にまみれていた。ぜえぜえと胸を喘がせ息をする。唇を伝う唾液の味が知りたかった。   「や゛ッ、ア、ああ゛ッ……!!」    一旦抜いた自身を、再び沈み込ませる。七瀬は髪を振り乱して悶えた。白の敷布に、黒い髪がはらはらと散らばる。  唇を噛む七瀬の口をこじ開けて、血の滲む指をねじ込んだ。七瀬は舌を絡めて吸い付いてくる。まるで、指を性器に見立てるように。唾液を纏わせ、柔い舌に包み込まれる。この指が、己の舌であったなら、どれだけいいだろう。そんなことを思いながら、瞬介は、胸の尖りに吸い付いた。  舌先で転がせば、飴玉のようだけれども、やっぱり汗の味がした。唇を離せば、唾液が銀の糸を引いた。月明かりに照らされて、いやらしく光っていた。真っ白な肌の上で、二つの突起だけが赤かった。一際赤く色づいて見え、その赤がいやに生々しく思えた。  瞬介に揺さぶられながら、瞬介の指に吸い付いて、時には噛み付いて、七瀬は必死に嬌声を押し殺す。その声がもっと聴きたくて、瞬介は口をこじ開ける。  最初のうちは、音を出さないよう気をつけていた。僅かな振動でさえ、廊下に響いてはならないと、注意して動いていた。だが、今やそんなものはどこ吹く風だ。締め付ける蜜壺を掻き混ぜて、濡れた最奥を突き上げて、快楽の果てを目指している。  七瀬だって、きっと同じだ。涙を浮かべた瞳に瞬介の影を宿し、縋り付くようにしがみついて、爪を立てて引っ掻いて、快楽の果てへと誘うように腰をうねらせる。   「っ、くッ……」    低く唸り、七瀬の胎内で射精した。どくどくと心臓が脈打つ。どくどくと精が溢れ出る。そのリズムに誘われて、七瀬も二度目の絶頂に至った。蕩けた肉襞が甘く痺れて吸い付いてくる。それはまるで、次を誘うような甘やかさだった。  七瀬の瞳を覗き込む。月影が落ち、水面に揺らいでいた。  濡れた唇。指を引き抜くと、唾液が銀の糸を引いた。赤い唇のその奥に、もっと赤い舌が覗いた。そこにもまた、月影が落ちていた。  どさりと身を横たえた。七瀬の隣、畳の上へ横になる。大きく息を吐いて、明かり取りの窓から見える満月を見上げた。蒼く冴えた月だった。   「……月がきれいだな」    七瀬が呟いた。それはまるで、寝入り端のうわ言だ。「……うん」と瞬介は小さく頷いた。    翌朝、当然のように寝坊した。幸いなことに、あのまま納戸で寝落ちしたわけではない。七瀬が先に起き、瞬介を叩き起こして、諸々の片付けと気休め程度の換気をしてから、部屋に戻って布団に潜り込んだのだ。とはいえ、寝不足の体で起床時刻に起きられるはずもない。  せっかくの修学旅行最終日。自業自得とはいえ、終日眠気と闘った。時には睡魔に完敗した。移動のバスでも、坊さんの有難い説法中も、何度かうたた寝してしまった。帰りの新幹線では、誰も彼もが疲れ切っていたようで、静まり返った車内でぐっすりと熟睡した。  こうして、最後の修学旅行は幕を閉じたのだった。

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