1 / 16

プロローグ:冬の再会

大学を卒業して就職した俺――桐生 冬馬(きりゅう とうま)は、ちょっとした事情で数年ぶりに地元へ戻ってきた。 「……懐かしいな」 車を降りて、目の前にそびえる屋敷を見上げる。 何度も来たことのある場所なのに、一人で立つと不思議と緊張する。 ――朝比奈(あさひな)家。 このあたりじゃ知らない人がいないほどの名家だ。 政財界に顔が広く、屋敷の中もまるで美術館みたいだった。 高い塀に囲まれた広い敷地、重厚な門。 門から玄関まで続く長い石畳の両脇には、バラがきれいに咲いている。 その光景に足を止めた瞬間、胸の奥に懐かしい記憶がよみがえった。 白と淡いピンクの花びらが、冬の冷たい空気の中で静かに揺れている。 ――こんなに寒い冬でも咲く品種があるんだな。 「おう、冬馬! 来たのか」 庭の方から知った声が聞こえて、驚きつつホッとした。 「誠」 「久しぶりだな」 俺の幼馴染、森永 誠(もりなが まこと)だ。 誠はこの朝比奈家で家事全般を任されているが、自分を“使用人”と呼ばれるのは好きではないらしい。 「なぁ誠、冬でもバラって咲くんだな」 俺はさっきから気になって見ていたバラを指さして尋ねる。 誠は庭の手入れや剪定もするから、詳しいはずだ。 「あぁ……それか。ほんとは切らなきゃいけないやつなんだ」 「そうなのか?」 「うん。春に綺麗な花を咲かせるために、冬は葉っぱや蕾を落とすんだよ」 じゃあ、なんで咲いてるんだろう。 「でも、(りつ)が『切ったら可哀想だろ』とか言って、そのままにしてるんだよ」 誠が苦笑いしながら言う。 「あぁ、律か……」 その光景、容易に想像できるな。 俺と律――朝比奈 律(あさひな りつ)は、年齢は7つ離れているけど、親同士が知り合いで、小さい頃はよくここに来ていた。 庭で虫を見つけては「冬馬くん見て!」と駆け寄ってきたのを覚えている。 「……で、その律は今どこにいるんだ?」 「いやそれがさ」 誠が玄関の方を見ながら、また苦笑する。 「冬馬が来るって話したら、部屋から出てこないんだ」 「は?」 「恥ずかしがってるのか、なんなのか」 恥ずかしいのか? 律が? そんなこと想像もしていなかった俺の前に―― ガチャッ 玄関のドアが開いて、一人の青年が出てきた。 「ちょっと誠さん、そんなんじゃないから。っていうか、冬馬……本当に来たのかよ」 俺をじとっと見つめる、爽やかな青年。 朝比奈家の一人息子、朝比奈 律。18歳。 いわゆる御曹司で、俺とは年の離れた幼馴染。 整った顔立ち、すらりとした体型。 全体的に色素が薄く、さらさらした髪が冬風に揺れている。 そして、先日発情期を迎えたばかりのΩらしい、初々しい雰囲気。 でも、その表情は――昔とは違って、どこか冷たい。 たしか最後に会ったのは、大学合格して下宿が決まったときだ。 律はまだ中学生で、「冬馬くん行っちゃうの? 寂しい」なんて言ってたっけ。 「律、久しぶりだな」 「……久しぶり」 視線を逸らす律。 おい、なんでそんなに素っ気ない? 「冬馬……大人になったんだな」 「お前もな。随分と綺麗になったな」 律の顔が一気に赤くなる。 でもすぐに、また冷たい表情に戻った。 「……別に」 そっぽを向いて言う。 昔の無邪気さはどこに行ったんだ。 今の律は、まるで壁を作っているみたいだ。 やりとりを聞いた誠が、隣で笑っている。 「ほら、二人とも、中で話そうぜ。寒いし」 「ああ……」 律が先に玄関に入っていく。 その背中を見ながら、俺は心の中で思った。 本当に、綺麗になったな。 でも――変わったな。 そして――これから、こいつの教育係か。 少し、不安になってきた。

ともだちにシェアしよう!