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最後の入学式

 4月の7日。今日は俺の人生で最後の入学式だった。  成人年齢が下がったこともあってか、大学の入学式は親が見に来ない家庭も多いようだったけど、俺は距離的にもそう遠くない大学だった事と土曜日の式だったこともあり、当初から母は見に来てくれる予定だった。  そこへ、父もついてきた。  入学式以前に、学校の行事に父が来てくれるなんて事は珍しかったので、年甲斐もなく嬉しく思っていた……んだけど……。  結果的に、父は式の開始前には会場外へつまみ出されていた。リンと一緒に。  係の人が再三注意しても、あのお喋りが止まらなかったので。  ごめんね、リンまで巻き添えを食って……。  ちなみに母は最初から離れたところに座っていた。  おそらくこうなる事を見越していたんだろう。  それなら事前に止めてほしいとも思ったけど、父の研究欲がそう簡単に止まるなら、会場から追い出されることにはならかったはずだしなあ……。  母は、式の後で俺に苦笑いで謝った。 「ごめんね、騒がしくって」 「ううん。皆で一緒に写真が撮れて嬉しかったよ」  そう、式自体は見てもらえなかったけど『入学式』という看板の前で、4人で写真を撮ったんだ。  父さんが、写真の順番を待っていた人に気安く声をかけてシャッターボタンを押してもらった。  俺は幼稚園の頃からずっと母さんか蒼と一緒に写っていて、父さんと一緒に撮った写真は無かったので、嬉しかった。 「もーっ。圭斗は昔っから本当にいい子なんだからっ。蒼みたいに文句とか我儘とかも言っていいのよ!?」  母さんは腕を伸ばして俺の頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。  うーん。蒼のあれは……我儘というのとは、ちょっと違う気がするんだけどね。  それに……。 「我儘なら言うよ、これから」  うん、俺はすごい我儘を言うつもりだった。 「え、なになにどんなの? ディアリンドくんと二人暮らししたい。とか?」  母さんの言葉に俺は目を瞬かせる。 「いや……そういうのはまだ、考えてなかったけど……」  俺の斜め後ろにずっと控えながらも、父の質問に延々と答え続けていたリンがこちらの話に入ってくる。 「私は歓迎だが、その場合資金は私が出すので、ケイトの我儘になるのだろうか」 「えっ。何それ、リンが俺のこと養ってくれるの?」 「もちろん、そのつもりだ」  えええ。何それ嬉しすぎる……。  顔が熱くなってしまいそうで、俺は意識的に呼吸を深くする。 「いやでも、してもらってばかりじゃ悪いし、俺も働くからね」  話の逸れてしまった俺に、母が尋ねる。 「それで、圭斗の我儘っていうのは?」 「えっと、まだ時期は決まってないんだけど、俺……、またフロウリアに行こうと思うんだ」  驚かせてしまうだろうと思った俺の言葉に、母は平然とどころか、笑って答えた。 「なあんだ。そんな事なら、父さんもそのうち行くって言い出すわよ」 「ええっ!?」  驚いたのは俺だった。 「当然、聞き取りの後は現地調査に決まっているだろう」  父までが、さも当たり前みたいに言う。 「本気で!?」  いやだって、向こうは本当に危ないよ!?  銃刀法とかないんだよ!?  魔法が使える人も普通にいるんだよ!?  俺の訴えに、父さんはそんなこと知ってるみたいな顔で鼻を鳴らす。  いや、知ってるのは知ってるけども!!  そんな俺達の横で母がリンに尋ねる。 「ディアリンド君は、せっかくの土日なのに向こうに戻らなくていいの?」 「ふむ、君が来たのは2日の19時なのだから、もう10年が経っていることだろう」  父までそっちの話題に乗ってしまうのか。 「10年……。本当に、あっという間なんですね……」  こちらに来てまだ5日目の、リンの言葉が春の風に溶けて消える。 「リン……」 「気にならないと言えば嘘になりますが、今はまだ私達が安全にこちらとフロウリアを行き来できる方法を模索している最中なので、向こうへ渡るのはもうしばらく後になりそうです」  リンは母をまっすぐ見つめて真摯に答えた。  10年かぁ……。  ロイスは42歳でエミーは38歳になるんだな。  リンも本来なら34歳になってるはずだったのか……。  俺は、俺の隣で24歳のままでいてくれているリンを見上げる。  リンは俺の視線に気づくと、春風にさらりと前髪を揺らして小さく微笑んだ。  うっ、カッコイイ……!!!  そのまましばらく春の陽の中で輝くリンにすっかり見惚れていたら、リンに声をかけられてしまった。 「ケイト……?」  こんな白昼堂々リンに見惚れていたなんて言えなかったので、俺は尋ねる。 「あー……そういえば騎士団って何歳で退役になるの?」  俺の質問に答えたのは父だった。 「確か10代から騎士団に所属していた者へは40歳から退職金が満額出るんだったな。40過ぎからアーリーリタイアが始まり、45歳が定年だ」 「父さんそんなことまで把握してるの?」 「もちろん。聞ける話は全部聞いておきたいからなぁ」 「そんなに色々一気に聞いて、よく全部頭に入るね……」 「すごいだろう?」  父が自慢げに胸を張るので、俺は素直に拍手を送る。 「すごいや父さん」  胸中では、もしかしてその分俺達との時間を忘れてってるんじゃないのかな……。などという考えがチラッとよぎったりもしたが。 「じゃあロイスはもう42歳だよね、退役してると思う?」  歩きながら後ろを振り返ると、やはりリンとは目が合った。 「どうだろうな……、彼なら体が動く限り騎士団に残りそうな気がするな」 「うん、……そうだね。皆元気にしてるといいんだけど……」  エミーはまだ今も教会で聖女のサポートをしているんだろうか。  シルヴィンはロイスより3つ年下だったし、39歳ならまだ教会にいるだろうか。  俺は遠いフロウリアを想いながら空を見上げる。  淡い水色の春空は、フロウリアで見上げた空と同じ色に思えた。  ***  兄ちゃんの入学式なぁ……。  オレも見に行きたくなかったわけじゃねーんだけどな。  セリクを置いて行きたくなかったんだよな。  父さんはディアの話をまだ聞き取り中だとかで、ディアが行くとこならどこにでもついてってるけど、これでもしオレが入学式に行くなんて言えば、セリクの方を狙ってこねーとも限らねーしさ……。  兄ちゃんの入学式の翌日、日曜の夕方。  オレはそんなことを取り留めもなく思い返しながら、スマホを両手で掲げつつ、ベッドでゴロリと寝返りを打った。  いつものようにフロウリアコミュを巡回していたオレは、その内容に指を止めた。  それは、4820年になる年を担当した聖女が戻ってきた後の、初めまして兼フロウリアの現状報告書き込みだった。  定年間際の金髪碧眼の騎士が彼女を庇って命を落としたそうだ。  明るくて優しい人だったのに、遺体を連れ帰る事もできなかったと彼女は悔やんでいた。  その年は例年に比べて魔物が多かったと護衛騎士達が言っていたらしい。  返信には、元聖女達から彼女を励ます言葉や慰める言葉が、いくつかの同じ経験を交えて綴られていた。 『0の年だからしょうがないよ』という書き込みに、0の年について知らない元聖女が尋ね、それにまた別の元聖女が答えたりしている。  ……ああこれ、死んだのはロイスか……。  オレはなぜかそう直感した。

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