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違うだろ!?

「よ……、よん、ひゃく……?」  あまりの年数に対応も思いつかないのだろう、項垂れたエストの前に俺はしゃがみ込む。 「……もっと早く助けてあげられなくて、ごめんね」 「い、いいえ……、あの、あのっ、アヤカ様は今どちらにいらっしゃるんですか!? アヤカ様を早く助けに行かなくては!」 「彩華ちゃんがいる場所はわかってるし、もちろん助けるつもりだよ。だけど、今彩華ちゃんは結界を支える外周の結界柱にされてるんだ。だから、そこから彩華ちゃんを取り出すと、結界が崩れてフロウリア全土が瘴気に侵されてしまう」 「そん……、そん、な……まさか……。そんな、事って……」 「次々に辛いことばかり知らせてしまって、ごめんね……」  俺は震える彼の肩にそっと触れる。  彼は今、知り合いの1人もいないフロウリアで、とんでもなく孤独な存在になってしまっている。  唯一繋がりのある彩華ちゃんですら、結界柱の中に閉じ込められていて、いつ助けられるかもわからない状態だ。 「エスト、よく聞いて。彩華ちゃんの事は、俺が必ず助け出すよ」 「……聖女様……」  一瞬であらゆる物を失ってしまったような、虚ろな瞳が俺を見る。 「俺のことは圭斗って呼んでくれたらいいからね」 「ケイト、様……?」  俺はようやく俺の名前を呼んでくれたエストに優しく微笑む。 「そうだよ、俺は今年も来年も聖女を務めるつもりだから、エストは俺をいつでも頼ってね。俺でよければいくらでも話を聞くよ」 「ケイト様……」  彩華ちゃんが宝石のようだと言った緑色の瞳が、俺をじっと見つめてくる。  ああ、綺麗な目をした人だな。  彩華ちゃんにも教えてあげないと。  エストは無事だったよって。  俺はエストの不安を少しでも溶かせるように、エストの手を取って、なるべく柔らかく話しかける。 「エストにはしばらくこのキャンプに留まってもらうことになるけど、衣食住は保障するから心配しないでね。エストが護衛騎士として働く事を望むなら、俺から騎士団長に頼んでみるから、いつでも遠慮なく言ってほしい」 「……っ、は、はいっ!」  エストはほんのりと頬を染めて、ようやく初めて、小さな笑顔を見せてくれた。  俺はエストの肩を励ますように撫でてから、よいしょと立ち上がる。  俺が立ち上がると、エストは膝をついて騎士の礼の姿勢をとった。 「改めまして護衛騎士エスト、ケイト様のご慈悲に心より感謝致します。ケイト様にお救いいただいたこの身、アヤカ様をお助けするその日まで、どうぞ如何様にもお役立てください」  えーと、それは、護衛騎士としてじゃなくてもいいから俺の都合の良いように使ってくれって事か。  それに返事をしたのは蒼だった。 「そんじゃ、そいつにはここで護衛の仕事をやってもらうか」 「蒼」  いつの間にこっちに戻ってきたのかな?  蒼の後ろにはロイスもついている。 「ケイト様……この方は……?」  目を丸くしているエストに俺は蒼を紹介する。 「この子は俺の弟の蒼、元聖女だよ、口と態度は悪いけど……」 「だからそーゆー紹介はやめろっつってんだろ!?」 「あはは、ごめん、つい……」 「ったく、ついじゃねーよ」  蒼は、はぁ、とひとつため息を吐いてから、腕を組んで話し始める。  背筋を伸ばして堂々と話す蒼は、背の高さの割に妙な貫禄があるんだよな。 「今日だけでここには護衛の必要な人が2人増えただろ?」  ああ、モンドベル司祭様とドリュトリーさんの事か。 「こっちも護衛の人数にはあんま余裕がねーからな。そいつは見たとこまだ若そうで腕も微妙そうだが、その辺はまあロイスが鍛えてくれんだろ」 「俺かよ」 「ロイスは葬式も出されてんだから急に家にゃ帰れねーし、今はこいつの面倒を見てろ。いいな?」 「アオイは相変わらず人使いが荒ぇなぁ……」 「返事は」 「かしこまりましたぁ!」  ヤケクソ気味に叫ぶロイスに、蒼がニヤリと満足そうに笑う。  そんな蒼を見て、ロイスもまた楽しげに口角を上げている。  蒼はロイスとも仲が良いよなぁ。  俺は、ポカンとした顔をしているエストに視線を戻して、優しく尋ねる。 「エスト、ここのキャンプは人手不足で、護衛が足りないんだ。しばらくの間、ここで護衛の仕事をお願いしてもいいかな?」 「はっ、はいっ」 「俺は普段はこの麓の教会にいるけど、蒼に言ってくれればいつでも連絡してくれるからね。ここでの指示は蒼か、向こうに正座してる俺の父さんに仰げば大丈夫だからね。一応この現場の責任者は父さんだよ」 「ケイト様の、お父上様ですか……?」 「そうだよ、蒼の父親でもあるね。ただあの人は研究に夢中になるとたまに人道に反した事をしがちだからね、いざという時は蒼を頼る方が賢明かも知れないね」 「は、はぁ……」 『はい』とも『いいえ』とも言い切れない様子のエストが、困った顔のまま頷く。 「エストって言ったか、俺もお前と一緒で今日柱から出されたばっかなんだわ。あ、俺はロイス、護衛騎士を終えたとこだ、困った時はなんでも相談してくれよな」 「は、はい、ロイスさんですね、よろしくお願いします」  エストが素直に頭を下げる様子を見て、俺は一安心する。  ここには蒼もセリクもロイスもいるし、モンドベル司祭にマリーもついている。  エミーとシルヴィンもちょくちょく顔を出しているみたいだし、そう心配はいらないだろう。  そう判断して、俺は父さんの方へと足を向けた。  父さんは俺が示した場所にまだ正座している。  俺が歩いてくるのに気づいた父さんが慌てて背筋を伸ばしている。  その様子はまるで母さんに叱られている時の父さんのようだ。  俺はチラとリンを振り返った。 「リン、さっきは父さんを助けてくれてありがとう。お礼が遅くなってしまってごめんね」  リンは静かに答えてくれる。 「いえ、心得ております」  そっか、リンはわかってくれてるのか。  俺の、どうしようもない葛藤も。  ……ああ、本当に有難いな。  こんなに俺をわかってくれている人が、こうやっていつでも俺のそばにいてくれるなんて。 「いつもありがとう」  俺の感謝の言葉に、リンは当然だとばかりに優しく微笑んだ。  父さんの前まで進んだ俺の影が父さんにかかると、父さんはぎこちなく俺を見上げた。 「いやその、圭斗。先ほどの行動は私が浅慮だった、申し訳ない」  ……これって、父さんは何を謝ってるんだろう。 「父さんは、俺が何に腹を立てていると思ってる?」 「私が死んで安全装置が作動したら、私は一度向こうへ戻るだろう。そうしたら次の儀式の日には新しい聖女が呼び出されてしまう可能性が高い。ケイトはあと2回巡礼に行く予定だったのに、その計画が……」 「違うだろ!?」 「……違うのか」 「俺は、目の前で父さんが死ぬとこなんか見たくない!! 父さんは、俺が父さんの目の前で痛い目に遭って、血まみれで息絶えても平気なのか!?」 「……、そ、それは、確かにちょっと……ご免被りたいな……」  父さんはそこでようやく俺の気持ちを理解してくれたのか、顔色を青ざめさせた。  よかったよ。  父さんがここで、別に平気だって平然と言ってしまうような人じゃなくて。  なんというか父さんは、決して血も涙もないような人じゃないんだけど、そういうのにちょっと……いや、大分……鈍感な人なんだよな……。 「分かったなら今回はもういいけど、今度また同じような事をしようとしたら……、母さんに、言いつけるからね……?」  俺の最大級の脅し文句に、父さんはもう一度背筋をピンと伸ばして「心に刻んでおこう」と答えた。  本当に大丈夫かなぁ……。  くるりと背を向けようとした俺に、父さんが「待て待て」と声をかけてくる。  振り返ると、正座で足が痺れたのか、俺を追おうとしたまま四つん這いになっている父の姿があった。 「いててて、いてて……、いや、ほら、圭斗は奥の結界柱の中の者と会話をしてきたと聞いたぞ? 詳しく聞かせてくれ。結界柱の中というのはどんな空間なんだい? そこへ入るための条件は? 私も蒼も浄化は試したが、結界柱の中とやらには入れなかった。何か特別な方法があるという事だろう?」  熱の籠った視線を向けられて、正直めんどくさいなぁと思う。  けれど、気づけば周囲には、詳細を聞きたいという顔をしたリヴァルド陛下にマークレーさん、レポート用紙を構えているセリクに一応聞いとくかという顔の蒼、分野は違うだろうに興味津々のドリュトリーさん。  さらには私兵の人達までもが答えを知りたそうに集まってきていた。  これは根こそぎ話すまで帰れないか……。  俺は空を見上げる。  夕方まではもうあと少しか。  俺は人垣の中からクロイスの姿を探した。  クロイスの隣には、ピッタリとヒアッカが寄り添っている。 「皆に全部話してもいいかな?」  俺の問いに、一年前ならきっと首を横に振っていただろうクロイスは、チラとヒアッカと視線を交わしてから、微笑んで「はい」とハッキリした声で答えた。

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