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6/6(完)
『──座のあなた! 魅力が異性に伝わりやすい日。お洒落をして出かけましょう! ラッキーカラーはシルバーです』
女性アナウンサーの声で目が覚めた。音のした方を見ると、銀ちゃんが慌ててボリュームを下げているのが見えた。
先に起きていたらしい。銀ちゃんは年々、起きるのが早くなっている。眼鏡のレンズにテレビの光が灯っていた。
「ごめん、起こした?」
謝ってくる声に、まだ起きられないで返事をする。
「いや、ううん……」
「氷治、さっきの占いで一位だったよ」
朝から元気な声で言う銀ちゃんは、僕に関する事をよく憶えている。そして、星座占いとかを真に受けるタイプだ。
「聞こえてた」
喉の奥が貼り付いたような感覚がある。鼻声で返事をして、寝返りを打つ。綺麗な布団の匂いに鼻を擦り付ける。
いつもに増して、寝起きが気怠かった。体が重く、頭も少し痛い。雨の音が聞こえる。昨日の夜は静かで落ち着いた雰囲気だったのに、朝の雨は空と一緒に気持ちも狂わせ、憂鬱な気分にしてくれる。
「……異性にモテても仕方がないよなぁ」
それとなく言ってみるが、返事は無かった。
ドライアイで痛む片目を開けて居室の方を見ると、部屋の隅で黙々と荷物の整理をしていた。銀ちゃんは最近、少し、耳が遠い。
「銀ちゃあーん」
声を大きくして呼ぶと、気付いた銀ちゃんが寄ってくる。
「頭痛い?」
朝が苦手な事も、気圧の変化で体調が悪くなる事も、全部分かってくれている。
「うん」
返事をして、寝転がったまま、銀ちゃんに向かって両手を広げた。
「僕のラッキーカラー、シルバーだってね」
結局、一泊二日の旅行は雨の中に終わってしまった。新幹線を少し早い時間に取り直し、休暇の残りは家で過ごす事にしたのだ。
雨が止むのは七月が終わってからだなんて、思いもしなかった。
麓に下りて帰りのタクシーを待ちがてら、少しだけ温泉街を見て回った。雨に濡れた石畳と、黒っぽい長屋の雰囲気は独特で、ここに来なければ、そしてこの天気でなければ見られなかった。何店舗かだけだが、営業していたのは救いだった。
開いていた茶屋を見つけ、入り口から中を覗くと、七十代くらいのお婆さんの店員がいた。白髪を作務衣と同じ薄紅色のバンダナで巻いている。
「ごめんください。今、よろしいですか?」
銀ちゃんが声をかけると、すぐに返事があった。
「はい、やってますよー。こんな雨の中でねー」
小柄だが姿勢がよく、ハキハキとした喋り方だ。
軒下の、緋毛氈の敷かれたベンチに通される。人がよく座る位置の生地は毛羽立って薄くなり、ところどころ黒っぽい染みが付いていた。
店員が小さなバインダーを持って注文を取りにくる。
「じゃあ僕、抹茶と、この温泉饅頭、ひとつ」
僕が注文すると、銀ちゃんの方に顔を向けた。
「お父さんの方は?」
一瞬、微妙な間が流れる。けれど、それを察知させる前に、
「ああ、私も同じので」
銀ちゃんがにこやかに答えた。店員もにこやかに承知して店の中に戻って行った。
「…………」
僕は素っ気ない息子を演じて、店員にも銀ちゃんにも背中を向けている事しかできなかった。
こんな事でいちいち腹を立て、悲しくなっても仕方ないのに。慣れなくてはいけない、でも、慣れてはいけない気もする。いつもの事だと思ってしまう自分もいて、そんな自分に自己嫌悪もしてしまう。
また頭が痛いのを思い出して、こめかみを指で押したり、耳を引っぱったりしながら遠くを見ていた。
「氷治」
銀ちゃんに呼ばれたら、振り返らざるを得ない。機嫌を直さなきゃと思った。
「ん?」
「また来よっか。今度は晴れてる時にね」
銀ちゃんは、今日も優しい。
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