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第3話
周囲には花畑が広がり、泉も湧いている。絵画や絵本で見るような世界だ。
「きれい」とシファは、しばし見惚れる。「いい場所を見つけましたね」
リヴェラが溜息をつき、頭上を見上げると、切り取られたような青空が見える。
ぽっかりと大きな穴があいて、きらきらと梯子のように陽の光が降りてきて吹き抜けになった場所で、心地よい風が流れ込んでくる。
「参ったな、こんな場所に落ちてしまって」
大変なことになった。どうしようかと途方にくれてしまいそうだったが。
そうだ、ふたりだけで散策していたテイで、しっかりと離れた場所で近衛騎士が護衛しているはずだ。
「おい、すぐに救出してもらおう」応援を呼ぼうとすると、リヴェラの口元にみずからの人差し指をあてて押しとどめる。
「しばらく、いいではありませんか。せっかくこんなに素敵な場所を見つけたのですから」
「えっ、でも」
「なかなかありませんよ、こんな機会は。リヴェラ様は日頃ご多忙であらせられるので、たまにはごゆっくりされては如何 でしょうか。私はここにいたいです。しばらく私に付きあう名目でここにいてくれませんか」
と、説き伏せられ、このまま寛ぐことにした。
眼の前で突然ふたりが消えたので今頃近衛騎士は大慌てで捜索しているはずだ。
そんな監視の眼を盗んでこっそりと過ごすひととき。
ひそかに、ふたりだけのひみつの場所を見つけたみたいで、心が浮足立つ。
頭上に流れゆく雲。ゆったりと時間が流れゆく。
普段、政務に勤しんでいるリヴェラにとってこんな時間を過ごすのは久しぶりだ。つかの間の休息だ。
花畑に寝転がって空を仰いでいると、傍らでシファが花で何かをせっせと編んでいた。
「よく似合っていますよ」
花冠をポスッと被せられて、余計なものを載せられたとリヴェラはふてくされる。
「………………」
そのまま会話をするでもなく、しばらく無言の時間が流れる。
いくら見ていても飽きないくらいの自然の造形美。ここでなら何時間会話がなくとも気詰まりな空気にはならないだろう。
隣でリヴェラと同じ目線になるようにシファがゴロンと寝っ転がってみる。
白い法衣が汚れるからやめた方がいいとリヴェラが忠告すると、もう汚れているから構いませんよ、と取り合わない。
「リヴェラ様の子供の頃はどんな子供でしたか?森へよく遊びに行かれましたか?」
「そんなことを聞いてどうする?」
「知りたい。私と出会う前のあなたがどんな風に過ごして、何を思っていたのかが知りたい。私の知らない十八年間のあなたが知りたいのです」
「どうだっていいだろう……そんなこと」
熱烈なアプローチだ。まだ出会ってそれほど時間も経っていないはずの相手の何がそんなに気になるのか。
何をそんなに自分に対して興味を持ち、はたらきかけているのか見当もつかない。
「剣の鍛錬や勉学が忙しくてあまり覚えていない。子供ながらに周囲の期待にこたえようと懸命で、めいっぱい遊んだ記憶がない。馬の早駆けでたまに森に行くことはあった」とリヴェラは渋々答える。
「幼い頃から頑張っておられるのですね。それはそれは大変でしたね。今はどうですか、どうお過ごしになられているのですか?」
「多分あなたと同じようなものだ。公務と政務で毎日忙しい」
「私の方はそれほどではありませんよ。気ままなものですよ。お忙しくされているのですね、リヴェラ様は。きっとお忙しくて余裕をなくされているだけなのですね」
ふ、とシファは微笑む。まるで包容力のある母親のように。
分かったような口を利くなとリヴェラは思う。
「これからはご遠慮なく私に寄りかかられてもいいんですよ。そうされると嬉しいです。むしろそうしてほしいぐらい」
さっきから度々おかしな言動が気にかかっているが、やり過ごすことにする。
いちいち気にしていたらキリがないからだ。
溜息をつきつつ、時折風が吹いてきて、リヴェラは思い立つ。
「なぁ、そろそろ……戻ろうか」
云いかけたときにもぞもぞと腰を下ろした場所で何かが動いた。叢に覆われていてよくわからなかったが、「もしかして……」
気付いたときにはもう遅い。ガサガサと草が触れあい、叢 の下に何かいる。隠れていたものの正体が露 になる。
ふたりはいつの間にか巨大な生き物の背に乗っていた。
その正体は上半身が鷲で下半身が獅子のいでたちをしていた生き物___________グリフォン。鋭い嘴 と鈎爪を有する猛禽類と猛獣のキメラはなかなかに迫力があった。
グリフォンの寝床だったのか、と驚く。リヴェラとシファを乗せてもまだ余裕がある。あと二・三人乗せれそうなデカさだ。それは宙に浮きだした。
「……わっ!!」
グリフォンが鋭く啼 くと、翼をはためかせ飛び立つ。
振り落とされないように必死にしがみつく。
「おろせ、おろせ」
上空何メートルか、地上からどんどん引き離されてゆく。危機感を憶える。
その上、グリフォンはただでさえ獰猛で予想のつかない動きをしていて、こちらの云うことを聞くとは思えない。
すごいスピードで上昇する。
風が強く、足元から見える建物が小さくなってゆく。
「ねぇ、すごい景色がきれいですよ」
こんな状況なのにシファが呑気に景色を楽しむ余裕がある。
まずいことになってしまったと、リヴェラの方は当然景色を見ている余裕なんてない。
「見てくださいよ」
「見れるわけないだろ!」
この状況を考えろ、と声に出そうとすると、ガクガク足が震えてしまう。
「もしかして、高い場所が苦手でしたか?」
「そういう問題じゃない、あなたはもっと危機感を持った方がいい!」
「鳥のように空を飛ぶことって、子供の頃から夢だったりしませんか、ねぇ」
「いいから、今そんな話している場合じゃないだろ、落とされたらどうするんだよ!」
云い合いをしているうちにいつの間にか大きな木の天辺まで行ったところでグリフォンに落とされてしまう。
「……うわッ!」
リヴェラ様、とシファの悲鳴が上がる。
急降下し、もうダメだと思ったときに運よく木の枝に引っ掛かり、何とか持ちこたえる。
無事だったものの、これから自力で何とかして降りなくてはならない。
太い幹を伝ってここから下へと向かう相当高い。
まずいな、といやな汗がじっとりと流れてくる。
苦心して何とか下に辿り着いた頃にはすっかり汗だくになっていた。
はーはー肩で息をする。だが、まだシファがグリフォンに乗っている。
つぎは落下するシファを受け止めようと両腕を拡げて待っていた。
が。支えきれず下敷きになって、みっともない体勢になってしまってしまった。
「……あの、大丈夫ですか?」
「いいから、はやくどいてくれ」
「えっ、あの……すみませんっ」
背中に乗っていて下敷きになってしまっていることに気付いて慌ててシファは飛び退く。
やっと退いてくれてよかったのだけれど、ああ、背中が痛いし、重かった。
攻撃されなかっただけまだマシだったのかもしれないが散々な目にあってしまったというのが正直なところだ。
あーあ、なんて一日だ。
時間が経つのは早く、いつの間にか日が暮れようとしていた。太陽が溶けゆくように西の空に沈みゆく。
まだ夕焼けには少し早い。このまま時間の経過を感じつつじっくりと眺めたい。
空は翼の拡げる雲が無数にあり、貫くような放射線状の光を帯びる。
淡い水色だった空が濃いブルーが混じり、鮮烈なコントラストを生み、そのうちオレンジ色のグラデーションが広かる。
目に染みるような美しい夕焼けが、もうすぐに現れる。
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