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短編
パチパチ、と火の爆ぜる音が木々もひっそりと眠る闇夜に響いた。
ひとつの豪華な天幕の前でふぁ、と欠伸をしそうになった新兵は、音もなく近寄った影に気づいて居住まいを正す。
「……ご苦労」
ピシッと背筋を伸ばした新兵の前に姿を現したのは、彼を含めた魔獣討伐隊の副隊長、ゲルトだった。
自国の第四王子であり隊長でもあるツヴァイの天幕の見張りをしていた新兵は、緊張しながら小さく返事をする。
時刻は深夜。
他の隊員たちは、すっかり寝入っている時間だ。
「は!……ゲルト様、こんな時間にお呼ばれですか?」
不思議そうな顔をした新兵にゲルトは、一切の感情を顔に出すことなく、内心苦笑する。
「ああ。朝まで俺がここにいるから、もうこの場を離れていいぞ」
「え……っ」
その新兵は、一瞬喜色を顔面に滲ませたあと、本当にいいのかという問いを瞳に浮かばせておずおずとゲルトを見た。
まだ若いその新兵に、ゲルトは忠告をする。
「新米か。いつものことだから気にしないでいい」
「わ、わかりました。それでは失礼して……」
いそいそと自分のテントに戻ろうとする新兵の背中に、ゲルトは「ああそうだ」と声を掛けた。
「は、はい」
振り向いた新兵を、ゲルトは真っ直ぐに射貫くような眼差しで鋭く見ながら忠告する。
「いいか。もし何か聞いたり見たりしても、絶対にツヴァ……隊長には何も聞くな。他言無用だ」
「は、はい」
「もし何か聞いたら、俺にその耳を斬られるか目を抉られると思え」
「はいっ」
目の前の人間が、その暴君ぶりから血濡れの狂犬という異名で呼ばれことを思い出したのか、新兵はぶるりと震えた。
そして、言われた言葉の意味もわからないまま、ゲルトの圧に押されるようにしてあたふたとテントへ戻っていく。
その後ろ姿が無事にテント内に入ったことを確認すると、ゲルトは慣れた手つきで「俺だ。入るぞ」と天幕の入り口の分厚い布をそっと持ち上げた。
ゲルトの腕が、中から伸びた手に掴まれ、強く引っ張られる。
「……っ」
目と鼻の先に、金髪碧眼の眉目秀麗な天使が、微笑みながら立っていた。
「今日は遅かったね、ゲルト。僕より優先するものなんて、ないはずだけど?」
「遅くなって悪かった」
魔獣につけられた傷が悪化した隊員の治療にあたっていた、という理由は言わずにゲルトは素直に頭を下げる。
下手なことを口走れば、明日にはその隊員がどんな目に遭うのかわからない。
「ふふ、これからは気を付けてね。それにしても、まだ僕が耳を斬ったり目を抉ったりしたのを、気にしているの?」
天幕の主、ツヴァイは美しく微笑みながら、首を傾げる。
「……当たり前だ」
美しい顔からは想像もつかないが、ツヴァイは加虐趣味のある狂人だ。
血を見ることが大好きで、魔獣討伐では魔獣を嬉々として屠る。
そのツヴァイの狂気は、ゲルトが身代わりとなって隊員に報告していた。
そしてついた通り名が、血濡れの狂犬というわけだ。
討伐で昂ったツヴァイの高揚感を抑えるために、ゲルトは毎晩ツヴァイの天幕を訪れる。
自分の身体を差し出して、その滾りを抑え込むのだ。
討伐隊の隊員は、毎晩二人が性交していることを当然理解している。
ただし、普段は穏やかで美しいツヴァイが抱かれていると理解しているようで、強面のゲルトが抱かれているとは誰も思ってはいなかった。
「抱かれるのが好きなら、俺が相手をしましょうか」
下卑た笑みを浮かべながらツヴァイの天幕を訪れた隊員は、首を斬られて即死した。
「ツヴァイ隊長の喘ぎ声がエロくてやばかった」
他の隊員にそう言い回った隊員は、耳を斬られた。
「二人がシてるとこ、見てぇな」
こっそりと天幕の中を覗こうとした隊員は、両目を失った。
隊員たちは皆、ゲルトがやったと思い込んでいるが、全てツヴァイが笑いながらやったことである。
「僕がやったって言えばいいのに。本当に、僕のゲルトはどこまでも従順で可愛いよね。けど、ゲルトが気にするのは僕のことだけで、いい」
ツヴァイがどれだけ乱暴に抱いても、ゲルトは壊れない。
むしろ、その乱暴さですら包み込むように応えるのだ。
「……っ、ひ、うぅ……っ♡」
「そんな立派なペニスを持ってるのに、残念だね。使う前に雌にさせられちゃって、可哀想なゲルト」
可哀想だなんて微塵も思っていない笑顔を浮かべ、ツヴァイはゲルトの胸に歯を立てて噛む。
「く……っ♡」
「痛くしているのに感じるなんて、ゲルトも変態だなぁ」
体格のいいゲルトを組み敷いたツヴァイは羞恥心を煽るように足首を持って左右に開くと、激しく自分の陰茎を出し入れする。
腰を叩きつけるたび、結合部から液体が飛び散った。
ツヴァイはご機嫌で何度もゲルトを蹂躙する。
まさか、狂犬のゲルトがツヴァイに抱かれるために、いつ何時でもツヴァイを受け入れるために後ろの穴の準備を怠らないでいるなんて、誰も考えていないだろう。
それを知っているのは、自分たち二人だけ。
それはツヴァイの気分を高揚させた。
ゲルトがどれだけ献身的で、孤高の人であるか知っているのも、ツヴァイだけ。
それも気分が良くなることだった。
歯型のついたゲルトの乳首の周りを、指先でやさしくなぞる。
「ん……っ♡」
途端に、ゲルトの口から甘い声が漏れた。
きゅう♡ とゲルトのアナルが締まったことを、ツヴァイの陰茎が感じる。
「気持ちいいね、ゲルト」
紅潮した顔を両腕で隠していたゲルトは、ぷいとそのまま横を向いた。
「ゲルト、手を退かせて、こっち向いて。キスしよ」
少し不機嫌さを滲ませながらツヴァイがそう命令すると、ゲルトは鋭い眼光でツヴァイを睨みつけながら、それでもツヴァイの唇が近付けば逃げることなく、そのまま受け入れる。
きゅう♡ きゅう♡ とゲルトの穴がツヴァイの陰茎を、もう一度強く締め付けた。
激しく舌を絡ませながら、ツヴァイは瞳を閉じる。
ゲルトがツヴァイの相手をするようになったのは、ツヴァイが天幕を訪れる女性たちを再起不能にするまで乱暴に扱い続け、とうとう人の口には戸が立てられないような状態に陥る直前のことだった。
「女性は繊細です。もっと大切に扱ってください」
ゲルトは無表情で、ツヴァイにそう言った。
「僕は人に触られることが嫌いなんだよ。そう公言しているのに、寄って来るほうが悪いと思うんだけど」
いつもニコニコとして穏やかに話すツヴァイから、まさかそんな仕打ちを受けるとは女性たちも思っていないに違いない。
ゲルトはそう思ったが、確かにツヴァイは必ず女性たちに「優しくできないよ」と前もって言っていることを知っているため、なんとも言えない気分になる。
「では、この際断ってはいかがですか」
「うーん、それだと性欲発散できなくなるからなあ。あ、じゃあ、ゲルトが相手をしてくれるならいいよ」
名案だ、というツヴァイの前で、いつも無表情なゲルトは驚きに目を見張った。
「はは、ゲルトのそんな顔初めて見たかも」
喜びで頬を緩めるツヴァイを前に、ゲルトは一度目を瞑って考える。
そして結局、自分だったらどんなに乱暴にしても壊れないから、という理由で、ツヴァイの名声を守るためだけにゲルトは自分の身体を差し出した。
ゲルトの恋愛対象は、女性だった。
ツヴァイは恋愛をしたことがなかった。
「自分から他人に触れたのって、これが初めてかも」
ツヴァイはそう笑って言いながら、ゲルトの身体を引き寄せて硬く結んだ唇に自分のそれを押し当てた。
一向に開かない唇を自分の舌で探るようにして滑り込ませ、自分から舌を差し込むのも初めてかも、と思いながらゲルトの服を脱がせる。
「俺は男だから、男の相手なんてしたことがない」
「大丈夫だよ。ローションならたくさんあるから」
女を感じさせる努力をしたことがないツヴァイは、ローションを性器に纏わせて突っ込むことしかしない。
ツヴァイから言わせれば、ただ穴の位置がやや違うだけだ。
いつも通りに突っ込めば、その穴の狭さと締め付けにツヴァイは驚いた。
後ろから獣のように身体を繋げている間、ゲルトはただ顔をシーツに埋めて、ツヴァイの律動を受け止めることしかしなかった。
今まで抱いた女たちのように、わざとらしい嬌声をあげることもない。
むしろ声を漏らさないように、耐えているように見えた。
天幕にはただ腰を打ち付ける乾いた音だけが響き、ツヴァイはずっと、ゲルトはどんな表情をしているのかが気になった。
同じ女を抱くことはなかったのに、次はゲルトの顔を見ながらやろうとばかり考えていた。
それは、単なる執着だったのかもしれない。
独占欲だったのかもしれない。
ただ、女性相手では絶対に吐精できなかったツヴァイが、ゲルトのナカで簡単に達したことだけは事実だった。
「僕の相手をしている時は、誰の相手もしちゃ駄目だよ」
女だろうが男だろうが、誰かとゲルトを共有していると考えただけで虫唾が走るような感覚に陥り、行為後にはそう忠告した。
ツヴァイがそう言うだけで、ゲルトは理解するとわかっていた。
万が一にも誰かとゲルトが性交しようものなら、相手は確実に、もしくはゲルト自身も、ツヴァイに殺されることを。
今までの女たちよりもよっぽど手荒に抱いたはずのゲルトは、次の日にはツヴァイよりも早く起きて、隊員に朝の稽古をつけていた。
そして、ツヴァイの顔を見るとごくいつも通りに挨拶をしたのだ。
それを見て、その鉄仮面を少しでも崩したいという意地が膨れ上がったのかもしれない。
討伐中は毎日ゲルトを求め、討伐から戻っても、ツヴァイはゲルトを寝所に呼んだ。
最初は固かったゲルトの後ろの穴は、すっかりツヴァイに躾けられてその形を覚えるようになった。
代わりに、ゲルトの姿を見るだけでツヴァイは発情するようになった。
女性器を舐めたことは一度もないのに、ゲルトなら全身隈なく舐めたいと思うようになった。
ツヴァイがゲルトの後孔を舐ると、恥ずかしそうに枕に顔を埋めるゲルトの仕草も好きだった。
最初の頃は自分が達せば満足していたのに、いつしか自分よりもゲルトが何回達したかのほうが気になるようになった。
射精せずともツヴァイに突っ込まれるだけでゲルトが達するようになり、その変化を心から喜んだ。
「ほら、前立腺沢山擦ってあげる。好きだよね、ここ」
「~~っっ♡♡」
先端で何度も前立腺を突くように腰を振り、ゲルトのペニスが揺れて先端から潮を吹いた。
「気持ちいいね。……もっと、良くしてあげる……っ」
「あ、うぅ♡♡」
最近、奥だと思っていた先の奥深く、ゲルトの結腸までツヴァイが貫くと、ゲルトの鉄仮面が外れてより大きな喘ぎ声を漏らすことを知ってから、射精する直前にそこを攻めるようになっていた。
「あ♡ ああ゛っっ♡♡」
ゲルトのお尻がきゅうと締まって、入り口がひくひくと忙しなく開閉を繰り返す。
ふわふわとペニスを包み込んでいた腸壁に緊張が走り、射精を促すようにきつく締めあげた。
「ああ、出る、出すよゲルト……っっ!」
ゲルトに促されてツヴァイに射精感が込み上げ、袋がぐっと持ち上がる。
ゲルトは何も言わず、ただ目尻に涙を滲ませながら、ツヴァイの舌に自分のそれを絡めて応えた。
***
「ツヴァイ!!」
普段、絶対に自分からツヴァイに触れないゲルトに背中を押され、ツヴァイは驚いた。
ツヴァイが背中を預ける相手は、ゲルトただひとりだけだ。
焦ったようなゲルトの声。
力強く押され、突き飛ばされる感覚。
あり得ない状況に、焦燥感に駆られて後ろを振り向く。
ゲルトの右肩の下あたりから、魔獣の扱う槍の先端が飛び出ている光景が目に入った。
刺し貫かれたのだ。
「ゲルト……!」
一瞬で状況を理解したツヴァイは憤怒の形相を浮かべ、魔獣の中でも人間と同等の知能を持つ、奇襲をかけた敵に咆哮をあげながら向かって行った。
襲い掛かる、という言葉が一番適切だったのかもしれない。
それは魔獣よりも、獣よりも、暴力的で残虐な反応だった。
怒り狂ったツヴァイを前になすすべもなく、ゲルトを刺した魔獣は八つ裂きにされ、死したあとまで、何度も何度も長剣で大地に縫い付けられた。
その狂気を目の当たりにした他の魔獣たちは、本能的な恐怖を覚えたのか散り散りに逃げて行く。
「副隊長!」
「ゲルトに触るな! ……僕が運ぶ」
隊員の声でツヴァイは我を取り戻し、肉片と化した魔獣を踏みつけると、血だまりの中で地に伏せていたゲルトを抱え上げ、討伐地をあとにする。
隊長と副隊長が戦闘不能で抜けても、恐怖に慄きながら散り散りになった魔獣の討伐はさほど難しいことではなく、腕の立つ隊員たちによってそのほとんどが討伐された。
ゲルトは重傷を負ったが、魔獣討伐の作戦自体は、普段以上の功績をあげることが出来た。
魔獣に右肩を貫かれてから、日常生活に支障はないものの、右腕を肩より上に動かそうとすると痺れが走る現象にゲルトは悩まされるようになった。
事務仕事は問題ないが、魔獣討伐の隊員としては大いに支障がある。
完治を医師から告げられたその日、ゲルトは退職届を持ってツヴァイの天幕を訪れた。
「私の右手は、もう思うように動かすことが出来ません。そのため、退職させていただきたいと思います」
「ゲルトにはこれから、事務仕事を任せるよ。だから、辞めちゃだめ」
ゲルトが頭を下げながら両手で差し出した退職届をツヴァイはつまらなそうな顔でその手から取り上げると、ゲルトの目の前でビリビリと破く。
「そんなこともあろうかと思いまして」
ゲルトは懐に手を差し入れると、用意していた退職届を再びツヴァイに差し出した。
ツヴァイはムッとした顔をしながらそれを奪い、再び破く。
それを三度繰り返した後、ツヴァイは肩を竦めて椅子の背もたれに寄りかかりながらゲルトに尋ねた。
「ねぇ、ゲルト。今更僕と離れて、その身体はどうする気なの?」
「……」
無表情のまま、ゲルトは自分を射貫くツヴァイの真っ直ぐな視線から目を逸らす。
ツヴァイに抱かれることに慣れきった身体は、既に後ろを弄らないと達せない身体に変化している。
しかし、それは自分の都合だとゲルトは考えた。
魔獣討伐隊にとって、討伐に参加できない副隊長なんていても邪魔なだけだし、副隊長から降格すれば他の隊員が気を遣うことになる。
「……もう、大丈夫だ」
「何が?」
「ツヴァイは、他人を優しく抱けるようになった。俺が相手をしなくても、もう大丈夫だ」
ツヴァイは顔色を失くすと長いまつ毛を下げて半目になり、立ったままのゲルトを見上げる。
「ふーん。僕に、これからは女を抱けって?」
「縁談は大量に舞い込んでいるだろう。そろそろ、国王様の心配を払拭しないと」
「僕は第四王子だよ? ひとりくらい結婚しなくても、何も言われない」
「……俺の失言だった。確かに、結婚はツヴァイの自由だ。だが、もうそろそろ……」
こんな男の尻に突っ込まなくても、ツヴァイであればどんな女だろうが喜んで相手をするだろう。
ゲルトが言いかけた言葉を正しく拾い上げて、ツヴァイはギシ、と音をたてて椅子から立ち上がる。
「ゲルトがそんなふうに考えて離れていくくらいなら、優しく抱くんじゃなかった」
一方的に腰を振るだけという閨で酷い仕打ちをしていた天使は、いつの頃からか、一晩でゲルトを何度も絶頂させるほどの床上手になっていた。
「ゲルト、脱いで」
「ツヴァイ、俺は……」
「脱げ。命令だよ」
「……」
ツヴァイからもういい、と言われることを期待しながら、ゲルトはゆっくりとボタンを一つずつ外す。
しかし結局、ゲルトが全ての服を脱いで裸になるまで、ツヴァイは何も言わなかった。
まだ新しく、塞いだばかりの傷跡を、ツヴァイは指先でなぞる。
「……っ」
「僕を庇ったせいで、僕から離れるくらいなら。あの時見殺しにしてくれて構わなかったのに」
命を懸けて守ってくれた相手に放つ言葉ではなかった。
それでも、ゲルトがあっさりと自分を見放し、なんの躊躇もなく人生の第二ステージへと向かうことがツヴァイには許せなかったし、腹が立った。
「僕を欲しがってよ」
「ツヴァイ……」
ゲルトは無表情のまま、それでも困ったような声で呟く。
ツヴァイは噛みつくようにゲルトの唇を塞ぎ、切れた唇から滲んだ血を舐めた。
ゲルトはツヴァイを愛していない。
そこにあるのはただ、実直なまでの忠誠心だ。
「お願いだから、傍にいて」
「……俺が傍にいることこそが、ツヴァイのためにならないんだ」
以前から、ゲルトはそう感じていた。
優しく隊員に声を掛ける姿は表向きだけで、ツヴァイが信頼して傍に置くのはゲルトだけ。
孤高の天使。
このままでいいわけがない。
不自由な身体では、ツヴァイの足枷になることはあっても、役に立てることはない。
「……絶対に、離さない」
ツヴァイが耳元で何度囁いても、ゲルトが頷くことはなかった。
同情ではゲルトを縛れないと気付いたツヴァイは、夢中でゲルトを抱きながらも、思考を巡らせた。
***
国王は悩んでいた。
確かに、そのメイドは模範的とは言えなかった。
ましてや、四番目とはいえ仮にもこの国の王子、それもまだ十歳という幼い王子に色仕掛けをしようとした罪はそれなりに重罪である。
しかし、命を取るまでの事件ではなかった。
王子がされたことは、手に触れられたことだけである。
確かに、王子は「勝手に触れられることは嫌い」と公言していた。
王子の口からは色仕掛けという言葉が出たが、確認する前、王子に突き飛ばされて窓から転落し、当人から話を聞くことは出来なくなった。
「確かに美しいですが、ツヴァイはどこかおかしいです!」
「血を見ることが好きなようです。魔獣討伐に送るのはいかがでしょうか」
王子たちの提案はいつも一貫していた。
自分たちの手で処罰することは抵抗あるが、離れたいと思っているようだった。
男女関係なく何度も似たような事件が起きて、国王はとうとう可愛がっていた王子を手放すことに決めた。
そして応援要員としてまだ少年のツヴァイが派遣された先にいたのが、ゲルトだった。
「ゲルト、今日の帰りは遅いのかしら?」
「ああ。今日は、獲物より行方不明者を捜すほうが優先だからな」
半年後、ゲルトはとある山の麓にある賑やかな街で、ひとりの女性と暮らしていた。
「行方不明者?」
「ああ。ここ最近、街の男たちが数人行方不明になっているようだから、俺たちでその捜索にあたるんだ」
「まあ、怖い。気を付けてね」
「……そうだな。早く見つかるといいんだが」
ゲルトは女性と別れ、狩猟仲間と合流する。
「なんだ、美人の奥さんは一緒じゃないのか」
仲間にそう揶揄われ、ゲルトは内心苦笑しながら無表情で返事をした。
「女性に山は大変だろう」
説明が面倒だから話していないが、「奥さん」はゲルトの妻ではなく、単なる同居人だ。
あの日、ゲルトはツヴァイが寝ている間に退職届を机の上に置いておいた。
荷物は元々あってないようなもので、鞄一つを背負って逃げるように討伐隊の拠点から去った。
これからどうしようかとぼんやり思っていたところ、街で女性がチンピラに絡まれている場面に遭遇してしまい、普通に助けた。
そしてどうやら訳ありだったらしいその女性は、旅の最中の護衛をしてくれないかとゲルトに話を持ち掛けたのだ。
ゲルトは特に悩むこともなく、それを引き受けた。
お礼は身体ではなく、金で貰った。
そして流れるようにして辿り着いた先、女性が気に入った街で「行く先が決まっていないなら、しばらく一緒に住まないか」と誘われ、目的もなく行き当たりばったりに行動していたゲルトはその誘いに乗った。
女性は土地を借りて畑仕事をはじめ、ゲルトは狩猟の会に加入して生計をたてた。
金銭には困っていなかったが、街に早く馴染むためにはじめただけだ。
互いに好意はなく詮索もしないという暗黙のルールで成り立っていた共同生活はゲルトにとって、とても楽だった。
また、ひとりで生きていくのだろうと思っていたゲルトは、夫婦関係という疑似的な体験が楽しくもあった。
「ただいま」
「お帰り、ゲルト」
日没まで山中を捜しまわり、土まみれで帰宅したゲルトを出迎えたのは、女の声ではなく半年前まで聞き慣れた声だった。
「なぜ」
部屋のダイニングテーブルに座って、ワインをボトルごと飲むという無礼な態度で出迎えたツヴァイは、「遅かったね」と言いながら軽やかな動きでテーブルから降りてゲルトに近づく。
視線だけ素早く動かし、部屋の中を確認したゲルトがじり、と後退ったことに気づくと、ツヴァイは肩を竦めて立ち止まる。
「感動の再会なのに、ゲルトが気になるのはあの女のことなの? 本当につれないやつだなあ」
「彼女は」
「畑にいるよ」
女がこんな夜まで畑にいたことはない。
ゲルトは駆け出し、三百メートル先の畑へと急いだ。
そこには人混みが出来ていて、その野次馬たちが近付かないように警備隊が距離をとらせている。
「すまない、退いてくれ」
野次馬を掻き分けたゲルトが見たものは、血まみれの女性と、畑から掘り起こされたとみられる男たちの遺体だった。
「……なに、が」
「簡単に騙されて、可哀想なゲルト」
説明を求めてツヴァイに視線を送ると、「その女、死刑囚なんだよね」となんの悪気もないように女性を指差してにこにこと笑う。
並んだ遺体と、美しい天使の微笑みが同じ空間にあることは、とても歪であるように感じた。
「死刑囚?」
「そう」
女は、性交後の男を殺すことをやめられないサイコキラーだった。
そしてツヴァイは、その死刑囚の女を牢屋から出す代わりに、ゲルトに声をかけることを約束させた。
女が畑も借りられるほどのお金は、ツヴァイが牢屋から出す際に持たせたものだ。
「……なぜ、そんなことを」
女を自由にしたことで、犠牲者が再び出た。
「ゲルトなら、もう僕がこんなことをした理由に気づいているんでしょう? 言っておくけど、僕がしたのは犠牲者を弔うために遺体を掘り起こしただけだよ」
ゲルトと同居していた女は様々な暴行を加えられて、死んでいた。
いくつもの違う靴跡が土に残っていることから、恐らく男たちの身内に集団暴行されたのだろう。
「なんの関係もない、人が……」
「ははは、関係なくはないんじゃないかなあ。その女も、僕と同じでさ。自分に寄って来る獲物しか殺さない。人妻だと勘違いしたまま近づくってことは、男たちにも思うところがあったんじゃないの」
「しかし」
「まあ、こんなに犠牲者が出るとは思わなかったけど。そんなに美人だったかな、その女」
ゲルトは不思議そうな顔をするツヴァイを見た。
美しい顔。
確かにこの顔を毎日拝んでいれば、他の顔なんて全て同じに見えるようになるかもしれない。
そしてそれは、十歳の頃から十五年ほど一緒にいたゲルトにとっても、同じだったのかもしれない。
「まあ、これが僕を捨てて自由を手に入れた結果だよ、ゲルト」
ツヴァイはゲルトに向かって、にっこりと笑った。
ゲルトが戻らない限り、また同じことをするとツヴァイは忠告しているのだ。
自由を手に入れたところで、これから知り合う他人をゲルトは一生疑ってかからなければならないだろう。
「死刑囚の女を勝手に出したからさ、僕とうとう魔獣討伐隊の隊長を辞めさせられたんだよね。ゲルト、拾うなら赤の他人じゃなくて僕を拾ってよ」
「ツヴァイ……」
「父上もやっと僕を諦めてくれたんだ。この街にある別荘をくれて、そこで大人しく暮らせってさ」
ゲルトの知らないとろこで、ツヴァイは隊長の任を解かれたという。
ゲルトは狂犬ではなく、忠犬だ。
そんなゲルトが、ツヴァイの話を断れるわけがなかった。
立場あるツヴァイの傍にいれば邪魔になると思って退いたのだが、ツヴァイの立場がなくなれば話は別である。
ただの人になったツヴァイを、ゲルトが守っていく必要がある。
女の犯行を暴いたツヴァイは、幸いにも街の人々から歓迎された。
ゲルトは借りていた家を退去し、ツヴァイの住む別荘へと居住を変えた。
「久しぶりだから、加減できないかも。僕さ、半年も禁欲してたんだよ」
褒めてよ、と言いながらツヴァイはゲルトに伸し掛かり、性急にその服を剝いでいった。
「ちょっと、待て……んんっ」
「待てないよ。わかるでしょ?」
ゲルトと激しいキスを交わしながら、片手でゲルトのペニスを扱き、ローションを纏わせたもう片方の手でアナルを穿る。
「ああ、随分と狭くなっちゃったね。あんなにふわふわトロトロだったのに……ひとりではシなかったの?」
「して、ない……っ」
ゲルトの言葉に、ツヴァイは満足そうに頷く。
「そう。ゲルトのココ、自分の指なんかじゃ満足できないもんね」
前立腺を刺激しながら、指を締め付けるゲルトの腸壁をツヴァイは堪能する。
「ツヴァイ、もう……っ」
「ん? 出していいよ」
そう言いながら、ツヴァイはゲルトのペニスから手を離す。
「ああ……っ」
「はは、そんな切なそうな声出しちゃって。前だけでイかせるなんて、もうさせないよ。ほら、自分を気持ちよくさせてくれるおちんぽに、ご奉仕してくれる?」
「あ……」
先端を口に押し当てられ、ゲルトはおずおずと口を開く。
「もっと強く吸って」
「んっ……」
ぐぽぐぽ、と空気を含んだ音を響かせながら、ゲルトは懸命にツヴァイのペニスを咥えて扱いた。
「そう、上手。……ああ、ストップ」
思わず達しそうになり、ツヴァイはゲルトの頭を抑えて射精感をやり過ごす。
「後ろ向いて、お尻突き出して」
「……っ」
ゲルトは素直にツヴァイが言うようにベッドに四つん這いになった。
そのまま自分のアナルを押し広げるように両手で尻たぶを押さえたゲルトを見て、ツヴァイは息を飲む。
半年も離れていたのに、ゲルトは躾を忘れていなかった。
今すぐぴくぴくと可愛らしく誘う蕾を滅茶苦茶に犯したい気持ちを抑え込みながら、ツヴァイはサイドテーブルの上に置いていた物を手に取り、ゲルトの首に着けた。
「これは?」
「ゲルトだけの首輪だよ」
首輪に繋がった紐をぐっと引っ張りながら、ツヴァイはじゅぷん♡ と蕩けたゲルトのアナルに己の男根を突き入れる。
「ぐぅ……っっ♡♡」
「ゲルトはずっと、僕だけの忠犬だよ。逃げるなんて、許さない。一生首輪 をつけて、飼い慣らしてあげる」
ツヴァイはそう言うなり、激しい律動を開始する。
受け止め方を忘れたままのまだ慣れていない穴は、ぢゅぽ♡ ぢゅぽ♡ とただ卑猥な水音を鳴らしながら、久しぶりのペニスを受け入れる。
「あっ♡ ああッ♡♡」
「もっと啼け、ゲルト」
ゲルトの性感帯を知り尽くしたツヴァイは、直ぐにその快感を呼び覚ます。
ツヴァイに貫かれ、ゲルトは早々に吐精した。
「まだまだ終わらないよ。ゲルトは雄犬じゃなくて、僕の雌犬なんだからね」
ズチュ♡ ズチュ♡ と前立腺を何度も突かれ、ゲルトはベッドの上で身悶える。
仰け反ったゲルトの両乳首をぎゅうう♡と指でつままれ、その刺激に二度目の射精をした。
「こーら、まだ雌になりきれてないの? まあ、駄犬ほど可愛いものだけどね」
ツヴァイは快楽から逃れようとするゲルトの腰をしっかりと掴み、最奥までペニスを突き入れる。
ぐぷ♡ と陰茎の先端がゲルトの結腸を犯した。
「~~ッッ♡♡」
ゲルトの身体が射精を伴わない絶頂を迎え、びくんびくん、と震える。
搾り取られるようなアナルの動きに合わせて、ツヴァイも一度目の精を吐き出す。
「ああ、気持ち良い……っ」
繋がったままふたりで湿ったベッドに横たわる。
ほんの少しだけ休憩すると、ツヴァイは再び律動を開始した。
「僕の放った精液でゲルトのナカ、ぐっちゃぐちゃだね」
「あ、ぁあ……っっ♡」
魔獣討伐が控えているわけでもない体力のある二人の性交は、それから二日に及んだ。
「……ゲルト」
久しぶりにぐっすりと寝たツヴァイは、隣の温もりに触れてホッと胸を撫で下ろす。
ゲルトと別れてから、ツヴァイは不眠が続いていた。
ゲルトはなんの不調も訴えていないという報告を受けるたびに腹が立って堪らなかった。
ツヴァイがいなくても平気な顔をするゲルトが、可愛さ余って憎かった。
「一年抱いても駄目なら、二年抱けばいい」
二年で駄目なら、三年。
三年でも駄目なら、五年、十年。
そうしてゲルトが、自分から離れられなくなればいい。
「躾は忘れていなかったようだし」
ツヴァイは綺麗な顔を寄せて、ゲルトの頬にキスをする。
「ん……」
「……てるよ、ゲルト」
ゲルトの首輪に嵌められた宝石が、ツヴァイの言葉に反応したかのように、きらりと煌めいた。
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