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第1話 俺のトラウマ
あの日の事は、忘れられない。
深く心を抉られた日を。
中学二年の時、俺は童貞を捨てた。
相手は当時大学生だった、俺の家庭教師だ。
美少年と美青年の間……つまりイケメンな俺は、女の誘惑にあっさり負けて、母親が買い物に出掛けた隙に筆下ろしをして貰ったのだ。
前戲10分、本番5分。
早漏と言われても仕方ない。
そりゃ早すぎるけど、初めてなんてそんなもんだろう。
特に好きな相手でもないし、奉仕したい訳じゃない。
女の穴にペニスを突っ込むという、セックスをしてみたかっただけ。
俺の裸体を見たヤリマンであろう女は、呟いた。
行為が終わった後、俺をまじまじと見て、顔をちょっと背け、口元を覆って──
「ちっさ」
そう、女は俺のペニスが小さいと……短小である事を、嘲笑った。
「付き合って下さい!」
「あー、俺、今勉強に集中したいから」
それなりに可愛い同級生? の告白を、嘘の理由であっさり振る。
他に好きな子いるから、と言えばしつこく相手を探られるし、付き合ってる子いるから、と言ってもやっぱり相手を聞かれる。
だから高校三年になった最近はこう言って振るんだけど、「じゃ、じゃあ……邪魔しませんから、一緒に勉強しちゃ駄目ですか?」ときたもんだ。
隣にいるくらいならいいか?
それなりに可愛い子、というのもあって、少し言葉に詰まった時だった。
「……こいつ、マジで志望校ギリだから勘弁してやって?」
自分の両肩に、ノシっと重みを感じた。
「甲斐君!」
「國臣 ?」
「……ほら、早く行かないと……今日はカテキョの日だろ?」
「あ、ああ……」
確かに家庭教師が来る日だ。
因みに、男の現役T大生様。
「そういうわけで……ゴメンね」
笑顔で断る國臣。
いやいや、なんでお前が話を締めるんだ。
「あ、その、いえ……」
けどまぁ、そのまま便乗させて貰う。
「悪い。じゃあ」
「あ、うん……話聞いてくれて、ありがとう」
話聞いてくれてありがとう、なんて。
結構、良い子だったのかもしれない。
少しぐらつく俺に、國臣は容赦のない情報を投げつけた。
「あの女、三日前に二組の伊達と別れたばかりのヤリマンな」
「……マジかー」
相変わらず、俺は見る目がない。
正直、俺の周りにいる野郎 どもは國臣をはじめマジで気の良い奴ばかりなのに、女運だけはない俺。
中学二年生で童貞を捨て、その後何人かの女と付き合った。
付き合ったけど、初体験の「ちっさ」がトラウマ過ぎて、キス以上には進めなかった。
年上彼女は自分が迫っているにも関わらずヤろうとしない俺に「情けない小心者」レッテルを貼って一方的に別れを切り出し、同級生や年下彼女は「私ってそんなに魅力ない?」と泣き出した。
気付けば彼女は悲劇のヒロインになって、何故かその子の女友達からギャーギャー言われる始末。
男より女の方が性欲強いんじゃねーの? って呆れるくらい、なんで皆、そんなに俺とヤりたがるのかわからない。
女コエーってんで、男とつるんでた方が楽しいし、しばらく女は要らないや、と三年生になってからは女の告白は全部断ってきた。
「何で女って、そんなにセックスしないと不安がるんかね?」
國臣と帰宅中、俺がポツリと呟けば、國臣はうーん、と考える。
「……セックスしないと不安なんじゃなくて……セックスする事で相手を自分のものだと感じたいんじゃないか?」
「男なんて、彼女以外の女とだっていくらでもセックス出来んじゃん」
「……まぁ、そうだね。それにしても、さっきの台詞って……」
國臣がクスクス笑うので、俺はちょっとムッとして「なんだよ」と口を尖らせる。
國臣は高校に入ってからの親友で、なんでもドーン! と受け止めてくれるから、俺もつい子供っぽい反応をしてしまう。
クラス皆の兄貴分、って感じだ。
「……いや、普通さっきの言葉は……女子が言いそうだなって……」
「はぁ?」
不満を一言ぶつけて、確かに、と思った。
普通セックスしないで不満タラタラ欲求不満になるのは、男の方だ。
「……なんで、希翔 はしないで平気な訳?」
國臣から問われ、俺はしどろもどろに言葉を紡ぐ。
「しないで平気っつーか……心の傷が癒えてないっつーか……トラウマが」
「……トラウマ?」
ヤバい、これ以上の会話は俺のコンプレックスまで國臣に暴露する羽目になる。
國臣がその話を聞いても誰かに話す事はないだろうけど、不憫そうな目で同情なんかされても立ち直れない。
俺は慌てて話題転換した。
「お前こそ、すげーモテるのに彼女作らねーじゃん」
「……まーね」
國臣が、さっと視線をそらす。
因みに國臣の振り文句は「好きな人がいるから」らしい。
「お前の好きな人って、もしかして友達の彼女とかなん?」
「違う」
「じゃあ、両思いかもしれねーんだし、大学で離れたらおしまいなんだから、いい加減告 れば?」
「いや、絶対片思い」
「そーなん? 相手にも好きな人いるとか?」
「いや、いない」
「意味わかんねー! まぁ、告って振られたら俺が慰めてやるから」
俺がそう軽口を叩くと、國臣は足を止めた。
「……え?」
これ以上國臣のプライベートに口を挟むのはナシかな。
そう見切りを付けて、目の前のゲーセンを指さす。
「あ、ゲーセン寄ってく?」
國臣はクスっと笑って、「そんな時間ないだろ」と、言った。
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