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 ――王になりたかったのだ、と言ったら、きっと誰もに笑われるだろう。  そんな資格はおまえにはない、と。  ユルフェンド王国を滅ぼしたのは、ほかでもない民の意思だ。愛され慕われる王様どころか、「この国に必要ない」と切って捨てられたのが、ユルフェン家なのだ。  母様の部屋の立派な肖像画の裏には、狭い隠し通路がある。  あの日、そこへと押し込まれながら、城内に響く民の怒号を聞いた。「ユルフェンの血を絶やせ、悪魔の血など一滴たりとも残してはならぬ」と。……そこまで厭われた王の血を、自分の後へと残すつもりもない。  どうかおまえだけは生き延びろ、とあらゆる手を尽くして逃がされたことは知っている。  けれど、生きる目的なんてとうになかった。  ただ、ひどい戦火の中、必死に自分の手を引いてくれたザムエルとジェラルドのために――彼らの哀しい顔は見たくないと、その気持ちのためだけに息をしていた。 (赤い星が、墜ちて) (ぜんぶぜんぶ、消えるんだ)  みんなを巻き込みたいなんて思わない。でも、もしも自分が――自分一人だけが、恐竜たちといっしょに星に呑まれて消えられるのなら。  本当は、それが良かった。  そんな密かな願いさえ抱きながら、あの庭を作り上げたのだ。  だから。 『俺は、王になります。――父様の後を継ぎ、この国の王に』  その言葉を、当たり前に言えてしまう彼が――その決意を、間違いなく国中から望まれているだろう彼のことが、あまりにも眩しかった。  重たい瞼をそれでも持ち上げると、視界はひどく眩しい。おそらく、寝台の帳が上がっているのだ。  ルーンハルトは片手をかざそうとするが、意に反して、腕は持ち上がらなかった。誰か……厚く温かい体が自分の上にのしかかっていて、自分の腕はその下に閉じ込められている。まだ像を結ばない視界の中に、ぼんやりと相手の顔が見えていた。 「ルー」  アイゼンの声がする。ふわりと優しく、唇を塞がれた。  知っている温度の指が、頬を撫でる。 「おまえを愛している。……七つの頃から、ずっと」 「……それは、ずるいです」 「ん?」  アイゼンが体を起き上げて、ようやく顔が見えた。 「私があなたへの恋に落ちたのは、十二の時でした。けれど、七つの時に出会ったあなたを忘れたことは、一日だってありません。ずっと、また会いたかった」 「俺を恋しく思ってくれていたなら、それが恋でいいと思うが」 「恋しく……。そう、だったんでしょうか」  お気に入りの恐竜図鑑を開くたびに、傍らにアイゼンの笑顔を思い描いていたのは確かだ。 「というか、十二の時になにがあったって?」 「ガーデニングコンテストの優秀賞をいただきました」 「それは知ってる」 「王城に私たちの庭を再現させていただいている期間、何度かメンテナンスに伺っていたんです。その時に偶然、あなたとオリヴィア王女殿下の会話を聞きました。……そして、私はあなたに、私の星を預けようと決めたんです」  あの庭に弔うはずだった星を、あなたに。  ――いずれ王となる、あなたの未来に。 「だから、士官学校の奨学生制度を知った時は、もしかしてこんな私でも直接お仕え出来るのかもしれないと、ひどく奮い立ちました」 「あれは、おまえのために用意した椅子だ」  アイゼンはどこか嬉しそうに解けた唇で、ルーンハルトにキスを落とす。ちゅ、と小さな音が立った。ルーンハルトはじんわりと震えた指先を、アイゼンの黒髪に埋める。  縋るようにして、その舌を吸った。 「……ん、」 「まんまとおまえがあの椅子に座ってくれて、俺がどれほど沸き立ったかわかるか?」 「アイゼン」  名前を呼ぶと、アイゼンはルーンハルトと額を合わせてくれる。お互いの顔が見える、ぎりぎりの近さ。ルーンハルトはふわりと微笑んだ。 「好きです。あなたのことを、ずっと……お慕いしていたんです」 「ようやく言ったな」  許される恋ではないと思った。  学友として再会することが叶ったとて、彼の未来を思えば、身勝手な懸想で足を引っ張るわけにはいかない。何より、将来は臣下にとまで見込んでくれた、その期待に応えたかった。  そして、卒業の年。――そうだ。決定的に、彼を変えてしまった。  由緒ある王家の証。エーベルライトが火の精霊からいただいた、あかあかと燃え立つ彼の炎。それを、闇の色に穢したのだ。 「!」  どうして――夢見心地に溺れて、忘れてしまえたんだろう。 「アイゼン、私、……私は」 「おまえのすべてを愛している」  アイゼンを押しやろうとした腕は、やんわりと捉えられ、シーツの上に縫い止められた。ルーンハルトはなおも起き上がろうともがく。 「あなたは、……っ僕を、私を選んでは、いけない」 「なぜだ」 「私では、あなたの未来には、なれません……っ」  その証拠に、髪も、おそらく瞳も、色を変えている。  これはダスクの色だ。――ルーンハルトと一体化した、闇の精霊。彼が持つ色。彼の特徴(もの)。  死を纏う色だ。 「離して、くださ……っ」 「なぜ厭う? おまえの持つ色は、すべて美しい。おまえがおまえであるからこそ、すべて、俺の心に愛しく響く」 「……そんな、こと」  言わないで。  心臓が、嵐の海のように揺れる。 「なにを恐れる? この唇は、ルーのものだ」  アイゼンのキスが、再び唇を塞ぐ。「舌もな」と付け加えて、キスは深くなった。 「気持ち良くなると、とろりと潤む。この瞳も、間違いなくおまえのものだ」 「ん、ん……ぅ」 「首も、鎖骨も、胸もだ。どこもすべて、おまえだ。おまえの命だ。三年前も、今日も、おまえがいなければ俺はいない。何より――十二の時、俺にあの庭をくれた。そんなルーを、なぜ俺が愛してはいけない?」  衣服を剥ぎながら、アイゼンの唇はルーンハルトの身体のあちこちに触れた。柔らかく啄み、舌先であやして、ルーンハルトをあえかに喘がせる。 「不安だと言うのなら、それこそよく感じてみろ。そうすればわかる。俺がどれほどおまえに救われ、生かされているのか。……俺の未来には、おまえしかいない」 「ぁ……っ」  ルーンハルトの胸の先を弄るアイゼンの指が、ちりちりと光る黒色のもやを纏っているように見えた。闇の魔力だ。小さな雷に似た見た目のそれを、わざと、こちらの敏感な場所に押し当てる。  ぴん、ぴん、と小さく弾かれるような刺激を受けて、ルーンハルトは喘ぎながら背を反らした。  そんなふうに魔力を使うのは、ずるい。  けれどどこに触れられても、あたたかな水に触れるような安堵があった。……そのずっと奥からは、徐々に官能の火が燃え立とうとしている。 「おまえだけだ……。ルーンハルト――ルー・エヴァン――ルー」  すべての名前を掬い上げて、アイゼンの愛がもう一度、ルーンハルトの唇に落ちてくる。  それを受け止めると、じんわりと深く、心臓が震えた。  もう、拒むことなんて出来ない。 「俺は、おまえさえいればいい」  彼の愛に絡め取られて、いっしょに、(そら)の果てへと落ちて行きたかった。

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